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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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94.援軍・5

 最後の一頭になった竜の怪物に、巨大な天使、オリバンが率いるロムド軍、ルルに乗ったゼン、花鳥に乗ったメールとポポロが攻撃を繰り広げていました。

 竜の怪物と言っても、セイロスに闇の血を注ぎ込まれたために、竜とは似つかぬ姿形になってしまっています。黒いうろこは一枚一枚めくれあがり、大きな翼はねじ曲がって垂れ下がり、体のいたるところが崩れかけて見える、醜悪な怪物です。

 天使は怪物を捕まえて都の外へ出そうとしましたが、逆に腕にかみつかれて、ふりほどけなくなりました。怪物に振り回されないように必死で踏んばります。巨大な天使が城下町の中で右往左往すれば、それだけでたくさんの家や建物が破壊されて、住人が巻き込まれてしまうからです。

「撃て! 天使を援護するのだ!」

 とオリバンはロムド兵に命じました。空の上の馬から無数の矢が発射されますが、ことごとく怪物のうろこに跳ね返されてしまいます。

「うろこの隙間を狙え!」

 とオリバンはまた命じましたが、兵士が見事隙間に矢を命中させても、やっぱり矢は跳ね返ってしまいました。怪物はうろこだけでなく、皮膚も非常に丈夫だったのです。

 

 一方、ゼンとメールも連携して攻撃していました。

「あいつを天使から引き離すぞ! メール、抑えてろ!」

「あいよ! 首を固定するからね!」

 ルルと花鳥はすぐに別方向から怪物に向かいました。花鳥から蔓が伸びて怪物の首を捉えると、急降下するルルからゼンが身を乗り出して怪物を殴り飛ばそうとします。

 ところが、ゼンが大声を上げました。

「やべぇ! よけろ、ルル!」

 ルルはとっさに身をよじり、きりもみしながら怪物の横をすり抜けました。怪物がゼンとルルに向かって突然牙をむいたのです。ところが、怪物はまだ天使にかみついたままでした。怪物の頭の上に、いきなり新しい口が現れたのです。

「口が二つになったよ!?」

 とメールが驚いていると、今度は花鳥が弾かれたように後退しました。怪物に絡みついた蔓が、いきなり食いちぎられたのです。怪物の首に三つ目の口が現れて、彼らを威嚇しています。

 ポポロが言いました。

「一頭だけになったから、周囲の闇の気が全部あの怪物に吸い込まれているわ。そのせいで、どんどん姿が変わっているのよ」

 ゼンは上昇しながら怪物を殴りつけようとしましたが、今度は咽元に新しい口が開きました。四つ目の口です。ルルがまた身をよじり、すれすれのところで牙を避けます。

 すると、怪物の体がぐっとふくれあがりました。めくれていたうろこが、さらに大きく広がったのです。怪物が、ぶるっと身震いすると、うろこが丸い刃のように周囲へ飛んで、オリバンたちやゼンたちへ襲いかかりました――。

 

 けれども、うろこは彼らには命中しませんでした。天使が怪物にかみつかれたまま大きな翼を広げて、うろこから守ったのです。

 その代わり、天使の翼にはたくさんのうろこが突き刺さりました。傷口から白い光が血のように噴き出しています。

 ポポロがメールに言いました。

「あれは白さんの魔力よ! 闇のうろこに吸い取られてるんだわ! 早くなんとかしなくちゃ!」

「でもさ、近づいたらまたうろこが飛んで来るよ! どうすりゃいいのさ!?」

 とメールがうろたえていると、上空からオリバンがどなりました。

「ばらばらに戦っていては、いつまでたっても勝てん! メール、ポポロ、白の魔法使いの元ヘ飛べ!」

 

 そこで彼女たちは怪物から離れて、ロムド城の南にそびえる塔へ飛びました。花鳥に乗ったまま窓から飛び込みます。

「白さん!!」

 とメールとポポロは塔の主を呼んで、たちまち目を見張りました。

 女神官は護具を握って部屋の真ん中に立っていましたが、その全身から白い光が湯気のように立ち上り、部屋の中に充満していたのです。それが部屋のいたるところで稲妻のように光って、ぴしぱしと音を立てています。

 女神官が叫びました。

「お下がりください、メール様、ポポロ様! 護具の魔力に巻き込まれます!」

 花鳥はすぐに塔の外へ飛び出しました。窓のそばからメールがまた呼びかけます。

「白さん、あたいたちはどうしたらいいのさ!? 言っとくれよ!」

「あたしがゼンとルルに伝えて、それをオリバンたちに伝えてもらいます! 作戦があったら聞かせてください!」

 とポポロも言います。

 すると、女神官は汗びっしょりの顔でほほえみました。すぐに苦痛で顔を歪めてしまいますが、また笑顔に戻ると、答えて言います。

「感謝します――。それでは、殿下たちに、怪物の注意を惹いてほしいとお伝えください。その隙を突いて、ゼン殿に天使を解放してもらえれば、後は私がなんとかしましょう――」

 脂汗に濡れた顔がまた歪みました。天使は怪物に食いつかれ、さらに無数のうろこまで体で受け止めています。苦痛はそのまま女神官にも伝わっているのです。

 

 ポポロは女神官の話をゼンとメールに伝えました。ポポロと仲間たちは離れていても話ができるのですから簡単です。

 指示はすぐにオリバンにも伝わったようでした。銀色の兵士たちを乗せた騎馬隊が、隊列を組んで空を駆け出します。その先頭に立っているのは、いぶし銀の鎧兜のオリバンでした。怪物のすぐそばを横切って駆け上がり、また集団で駆け下ってきます。

 集団で高速移動するものに目を奪われるのは、どんな生き物でも同様でした。騎馬隊が鳥の群れのように上昇や急降下を繰り返すので、怪物が目で追い始めます。ただ、その口の一つは相変わらず天使の腕にかみついて離しませんでした。頭の上や首や喉元に現れた口も、牙を噛みならして威嚇を続けています。

 すると、オリバンと騎馬隊が怪物のすぐ目の前を通り過ぎました。馬の蹄が怪物の頭を蹴りつけるほどの近距離です。怪物が食いつこうとしますが、それを避けてまた急上昇します。

 怪物は思わずそれを追いかけました。天使の腕をくわえたままだったので、首が途中で動かなくなります。

 そこへルルが急降下していきました。怪物の首元で鋭く身をひるがえします。

 とたんに、怪物の頭が首と離れました。頭を天使の腕に残して、首が空へ伸びます。

「やったね、ルル!」

 とメールは歓声をあげました。怪物の首が動きを止めた瞬間に、風の刃で首を断ち切ったのです。

 けれども、頭を切り落とされても怪物はまだ生きていました。頭は相変わらず天使にかみついていますし、首の先には新たな口が現れて、オリバンたちへ黒い霧を吐きます。

「闇の息よ! 避けて!」

 とポポロは叫びました。闇の怪物が吐き出す猛毒の息です。

「ご心配なく、ポポロ様」

 と言ったのは女神官でした。

 部屋の中でまた白い稲妻がひらめき、都の中では天使が翼を大きく羽ばたかせます。

 すると、黒い闇の息はたちまち吹き散らされてしまいました。風にあおられるように、オリバンたちはさらに上空へ駆け上がっていきます。

 

 一方、ふと気づくと、ルルの背中からゼンの姿が消えていました。

 どこにいるのだろう? とメールとポポロは探し回り、天使の腕の上にいるところを見つけて、また歓声をあげました。ゼンは怪物の頭の目の前に立って、天使の腕に食い込んだ牙をへし折っていたのです。太い柱のような牙が、ゼンに殴りつけられるたびに、一本また一本と折れて外れていきます。

 ついに怪物の頭は口を開け、空中に浮かび上がりました。ゼンに襲いかかってかみ砕こうとします。

 ところが、その頭を天使が捕まえました。どん、と音を立てて光が弾け、怪物の頭は石ころのように地面に落ちます。

 さらに天使は両腕と翼を大きく広げました。オリバンたちを追い続けている怪物の体を抱きかかえ、腕と翼で包み込むように抱きしめてしまいます。

 同時に塔の部屋でも激しい稲妻がひらめきました。爆発するように光が破裂を繰り返し、石造りの塔が音を立てて揺れます。

 その光の中心から、女神官の声が響きました。

「ユリスナイよ、卑しき闇の怪物を平和の都から消し去りたまえ――清浄!!」

 天使は全身から光を放ちました。真夏の太陽の光のように、白々と都中を照らします。

 その光がおさまると、後にはもう怪物も天使も見当たりませんでした。激戦の痕が残る城下町の上空を、オリバンの部隊とルルに乗ったゼンが飛び回っています――。

 

 塔の中で女神官が急に膝をついたので、メールとポポロは驚きました。

「白さん!?」

 と、あわてて塔の中に飛び込みます。

 女神官は石の床に座り込み、護具を杖にして荒い息をしていました。ひどく消耗していましたが、メールたちが駆け寄ると、顔を上げてまた笑って見せました。

「ご協力に感謝します。今度こそ怪物を退治できました……。飛竜部隊も、セシル様たちの活躍で、都から追い払われました。残すは勇者殿とセイロスの決戦だけです……」

 そう言われて、メールとポポロは、はっと空を振り向きましたが、フルートたちを見ることはできませんでした。方向が違っているのです。

「ごめんなさい、白さん! あたしたち、行きます!」

「今度はフルートを応援しなくちゃ!」

 少女たちは挨拶もそこそこに花鳥に飛び乗ると、また外へ飛び出していきました。

 後に残った女神官は、護具に額を押しつけて目を閉じました。別の塔にいる仲間たちから話しかけられたので、薄く苦笑して答えます。

「気にするな……おまえたちはみんな精一杯戦って、もう力が残っていなかったんだからな……。殿下たちやゼン殿たちのおかげで、私もこうして勝てた。あとは勇者殿が勝つだけだ。私も、応援に駆けつけたいが……」

 女神官の話がとぎれました。護具を握っていた手が力を失い、体が前のめりになっていきます。

 彼女も塔の床の上にうつぶせに倒れると、そのまま動けなくなってしまいました――。

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