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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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92.援軍・3

 フルートとセイロスはディーラの上空で一騎討ちを続けていました。

 フルートは炎の剣を、セイロスは闇の剣を握っています。どちらも命中すれば相手の命を奪う必殺の武器です。

 ガシン。

 セイロスが振り下ろす剣をフルートが受け止めました。重い一撃をポチの風の力を借りて押し返します。

 ギン。

 今度はフルートの剣がセイロスの剣にぶつかりました。そのままなぎ払えばセイロスの首を切り落とせたのですが、弾かれてしまいます。

 ふん、とセイロスは笑いました。

「迷いが減ったな。味方をやられて、ようやく本気になったか」

「ぼくは今までだってずっと本気だった。それに、ぼくの大事な仲間たちはみんな無事だ」

 とフルートは答えて、また切り込みました。

 ガギン。

 振り下ろした剣がまたセイロスに受け止められます――。

 

「とうとう始まりましたね。我々はどうするんです?」

 一騎討ちを見ながら、バム伯爵がギーに尋ねました。

 ギーは羽ばたく飛竜の上で答えました。

「何もしない。ここで戦いを見守るだけだ」

「見守る? でも、万が一セイロス様が敗れたらどうするつもりです?」

 伯爵は思ったままを口にしただけでしたが、ギーはぎろりとにらみ返しました。

「セイロスがあんな奴に負けると思うのか!? セイロスは必ず勝つ! それまで待っているんだ!」

 固く信じて疑わない声です。

 伯爵は心の中で舌打ちしましたた。確かにセイロスは負けないかもしれません。ですが、それをただ待っているだけでは、せっかくのチャンスを棒に振ってしまうのです。彼はなんとしても自分の有能さをセイロスにアピールする必要がありました。

 空を駆けつけてきた軍勢は、二頭に減った竜の怪物を集中攻撃していました。戦闘が激しすぎて、伯爵には手出しができません。

 一方、さっきまで目ざしていたロムド城は、いつのまにか淡い光の膜に包まれていました。ロムドの魔法軍団が障壁で城を包み始めたのです。こちらもセイロスがいなくては突破できません。

「何かできることはないのか。我々の有利になって、セイロスが私を見直すようなことが」

 自分だけに聞こえる声でつぶやきながら、伯爵はあたりを見回し続けました――。

 

 ディーラの郊外では、フルートの金の石で回復した魔法使いが、城下町に向かって走っていました。精霊使いの娘の若葉、雪男の赤錆、小柄な老婆の浅黄の三人です。

「と……年寄りにこんなに走らせるもんじゃないよ。心臓が停まってぽっくり逝ったらどうしてくれるんだい……!」

 老婆が息を切らして文句を言うので、精霊使いの娘は走りながら言いました。

「しかたないわよ。セイロスのせいで魔法の移動ができないんですもの。浅黄はここで待っててちょうだい」

 たちまち老婆は不満顔になりました。

「冗談じゃない! あたしだって隊長たちやお城が心配なんだからね! そうじゃなくて、若くて力があるのがあたしを運ぶのが筋じゃないか、って言ってるんだよ!」

 娘と雪男は思わず立ち止まりました。

「えっと……つまり、赤錆に自分を運んでいけって言いたいわけ?」

「まったく! それくらいのこと気がつかないのかい!? 最近の若い者はほんとに気が利かないね!」

 老婆に叱られて、雪男は頭を掻きながら老婆を抱きかかえました。ほら、急ぎな! と老婆が命令します。

 すると、彼らの頭上を一羽のカラスが飛び越えていきました。まっすぐディーラに向かっていきます。

 娘はそれを見送りました。いつまでも見ていたので、老婆が尋ねました。

「どうしたんだい、若葉。カラスなんかに見とれて」

 娘は我に返ったように振り向きました。

「見とれてなんかいないわ。ただ、精霊たちが一瞬ざわついた気がしたのよ」

「ふぅん? あたしは特に何も感じなかったけどね」

 二人が話し合っているうちに、カラスは街壁の向こうに見えなくなってしまいました――。

 

 ロムド城の前庭に設営された野戦病院には、負傷した兵士や市民が大勢運び込まれていました。

 治療を得意とする魔法使いや、修道院の修道士や修道女たちが、患者の怪我の度合いを確かめながら手当てをしていきます。飛竜が起こした火事で火傷を負った者や、怪物に潰された建物の下敷きになった者も少なくありません。

 魔法医の鳩羽も忙しく働いていましたが、そこへ怪我をしたゴーリスが担架で運び込まれてきました。ゴーリスは怪我を押して大いしゆみ隊を指揮していたのですが、空から援軍が駆けつけてきたので、撤退してきたのです。

 ゴーリスは崩れた柱の下敷きになったために、右脚の骨が折れていました。腫れ上がった脚を見て、鳩羽が眉をひそめます。

「これでよく指揮をとり続けることができましたね、ゴーラントス卿。常人であれば、痛みに悶絶(もんぜつ)して何もできないところですよ」

 すると、ゴーリスはぶっきらぼうに言いました。

「俺にはディーラと陛下たちをお守りする任務がある。この程度の怪我はなんでもないが、自力で立てないのは困るんだ。早く治してくれ」

 無骨な武人で有名なゴーリスらしい言いようです。

 鳩羽の魔法使いはちょっと苦笑すると、治療に取りかかりました。ゴーリスの脚に魔法を送り込みながら話し続けます。

「城下町では巨大な怪物が四頭も暴れたし、あちこちで火事も起きています。ゴーラントス卿の奥方様とお嬢様は城下のお屋敷にいるのですか?」

「そうだ。都に避難してきた住民を受け入れなくてはならんからな。今のところ屋敷が燃えたり潰れたりしたという知らせは入っておらん」

 とゴーリスはますますぶっきらぼうに答えましたが、言ったそばから、ちらりと城下のほうへ目を向けました。口ではなんと言っても、妻のジュリアと愛娘のミーナを気にかけているのです。

 

 けれども、ゴーリスはすぐに空へと目を移しました。

「あいつが敵の大将と一騎討ちをしている。ここからは見えないのか」

「勇者殿のことですね。ここからも時々見えております。あの建物の向こう側です」

 と鳩羽が答えた瞬間、本当に建物の陰から風の犬が飛びだしてきました。フルートが振り向きざま剣を構えたところに、追って飛び出してきたセイロスが切りつけます。二人は一瞬ぐっと空で接近して、すぐにまた離れました。たちまち建物の陰になって見えなくなってしまいます。

 ゴーリスは厳しい顔つきになりました。

「フルートは接近して仕掛けようとしている。おそらく金の石を使うつもりだな。だが、セイロスが近づかせずにいる」

 ほんの短い間に二人の大将の意図を読み取ったのです。

 鳩羽は感心して言いました。

「さすがはゴーラントス卿ですね――。これでとりあえずの治療は終わりました。完全には治っていませんが、自力で歩くことはできるはずです。ご家族がご心配なことでしょう。どうぞお屋敷にお急ぎください」

 けれども、ゴーリスはきっぱりと首を振りました。

「屋敷のことはジュリアに任せてあるから心配はいらん。俺は急いで陛下の元へ行く。陛下のところでは、戦闘の様子をつぶさに眺めることができるらしい」

「左様ですか。では、お気をつけて。陛下をよろしくお願いいたします」

「おまえたちこそ怪我人をよろしく頼むぞ」

 とゴーリスから返されて、鳩羽は微笑しました。

「お任せください。私の魔法は戦闘ではなく治療に力を発揮します。ここが私の決戦場なのです」

 ゴーリスは自分の脚で立ち上がると、鳩羽の肩をたたいて、すぐに王の執務室へ向かいました――。

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