「よし! 敵の大将に命中したぞ!」
大いしゆみを発射させたロムド兵たちが、森の中で飛び上がって喜んでいました。
その隣には赤錆(あかさび)色の長衣を着た男と、若葉色の長衣を着た女がいました。男は雪のように白く長い毛でおおわれた大男、女は銀髪の小柄な娘です。
大男がウーとうなるような声をあげたので、娘はうなずき、ロムド兵たちへ言いました。
「赤錆の矢は雪と氷の自然魔法で作られているから、あいつの闇の防御を突き抜けることができるのよ。でも、油断しないで。致命傷じゃないわ」
彼らは魔法軍団の赤の部隊に所属している魔法使いたちでした。赤錆の長衣の大男は雪男、若葉色の長衣の娘は精霊使いです。彼らは都の外でいしゆみ隊と行動を共にしていたのでした。
そこへ透き通った羽根の小さな人々が舞い降りてきて、娘に何かを言いました。空気の中を漂う妖精たちです。娘はたちまち顔色を変えました。
「やっぱりだめだったわ! セイロスは傷を治してしまったって! 早くここから離れて――」
そのことばが終わらないうちに、空から稲妻が降ってきました。彼らがいる森を直撃します。
空の上では再び竜の上に起き上がったセイロスが、いまいましそうに地上をにらんでいました。上半身をおおっていた氷は消え、胸を貫いたはずの矢も傷もろとも消滅しています。
安堵したギーとバム伯爵に、セイロスは言いました。
「連中に怪竜を倒す力はない。むろん私を倒すことも不可能だ。行くぞ。いよいよ敵の本拠地を落とすときだ」
セイロスは稲妻が落ちた森をもう見てはいませんでした。燃える森の中で何か動くものがあったのですが、それにも目を向けません。彼はロムド王がいる王城だけを見据えています――。
森の中では稲妻の衝撃で倒れた兵士や二人の魔法使いを、別の魔法使いが介抱していました。黄色みを帯びた薄緑の長衣を着た老婆でした。
「ちょっと遅れたね。大丈夫かい、しっかりおし」
と一同の傷や火傷を治していきます。
「ありがとう、浅黄(あさぎ)」
と精霊使いの娘が起き上がって老婆に感謝しました。魔法の衝撃は食らいましたが、老婆が守ってくれたので、命は取り留めたのです。雪男や兵士たちも起き上がってきます。
「奴らが都に向かっている!」
と兵士たちは叫び、もう一度大いしゆみに取りつこうとして立ちすくみました。いしゆみは稲妻の直撃で荷車ごとばらばらになっていたのです。いしゆみを載せていた荷車は火を噴き、馬は黒焦げになって倒れています。
「しかたなかったんだよ。あんたたちを助けるほうを優先したからね」
と老婆がすまなそうに言いました。
「あいつらが城に行くわ! なんとかして止めないと!」
と精霊使いの娘と雪男は駆け出しました。自分たちの術が届く距離までセイロスに接近しようとします。
「お待ち! あんたたちの力じゃ無理だよ――!」
老婆が引き留めようとあわてて駆け出したときです。
それまで後ろをまったく無視していたセイロスから、いきなり魔弾が飛び出しました。うなりを上げて宙を貫き、後を追っていた三人の魔法使いを直撃します。
「なんだ?」
「後ろにまだ敵がいたのですか?」
セイロスがいきなり後方へ魔法を繰り出したので、ギーとバム伯爵は目を丸くして振り向きました。
セイロスは振り向きもせずに言いました。
「ネズミなど何匹いてもうるさいだけだ。我々の獲物はあそこだ」
セイロスの視線の先にはロムド城があります。
都を包んでいた障壁は、四大魔法使いが守護獣を呼び出した瞬間から消えていました。彼らの行く手をさえぎるものはありません。
精霊使いの娘は地面から顔を上げました。即死は免れましたが、深手を負って立ち上がることができませんでした。
彼女の横には雪男と老婆も倒れていました。彼らはぴくりとも動かないので、生きているのか死んでいるのかわかりません。
「あいつらがディーラに行く……陛下のお命を狙ってるわ……」
彼女は残っていた力を振り絞って、大地の中にいる精霊を呼び出しました。
「お願いよ……陛下を守って。陛下はこの国の宝なのよ……」
すると、都の前で土の中から小さな男たちがわらわらと現れ、たちまち巨人になっていきました。丘に宿る精霊で、宝を守るというスプリガンです。前回の戦いと同じように、街壁の前にずらりと並んで、敵の侵入を防ごうとします。
ところが、セイロスは止まりませんでした。鋭く片手を振って言います。
「二番煎じは効かん! どけ!」
とたんにスプリガンたちの胸や腹に、刀で切られたような傷が走りました。土色の血をまき散らして倒れ、消えていってしまいます。
「ああ……」
と精霊使いの娘はうめきました。地面に突っ伏してしまいます。スプリガンも倒されて、力を使い果たしてしまったのです。敵を止められる精霊を、もう呼び出すことができません。
都の中では天使、熊、鷲、山猫の四体が竜の怪物と戦い続けていました。怪物は力を復活させていますが、守護獣たちは先の戦いから回復していません。先ほどは大熊が押し倒されましたが、今度は山猫が怪物につかまって投げ飛ばされます。
「隊長……」
首をねじってその光景を見ながら、娘はまたうめきました。四大魔法使いも怪物を防ぐのに精一杯で、セイロスを止めることができずにいるのです。
都の中から大いしゆみの矢や高射魔砲の攻撃が飛びました。セイロスへ集中砲火を食らわせますが、闇の障壁に防がれてことごとく砕けてしまいます。セイロスには届きません。
誰か! と娘は心で叫びました。誰か……誰かディーラと国王陛下をお守りして……!
彼女の傷からは大量の血が流れ出していました。次第に気が遠くなっていきます。もう戦いを見届けることもできません。
そんな彼女の上に、小さな花の精霊たちが舞い降りてきました。心配するように周囲を飛び回り、娘の目の前に降りてきます。
あなたたちじゃだめなのよ……と娘は心の中で言いました。花の精霊たちは美しい花弁の羽根を持って舞い飛びますが、敵と戦えるような力はなかったのです。せめてメール様みたいに花が操れたら良かったのに……と薄れていく意識の中で考えます。
すると、花の精霊たちが彼女の上に降ってきて、彼女を隠し始めました。
守ってくれているの? と彼女はまた考えました。それとも……あたしを埋葬しようとしているの?
花の精霊たちは羽根を持った人のような姿をしているのですが、人のように話すことはできません。次々と降ってきて、やがて彼女をすっかり包み込んでしまいました。かぐわしい花の香りが彼女を取り巻きます。
天国ってこんな感じなのかしら、と彼女はぼんやり考えました。
天国にも精霊はいるのかしら? いたら、あたしは嬉しいけれど……
すると、急に彼女の体がぐいと押し上げられました。
彼女を取り囲んでいた花の精霊たちが、彼女を持ち上げたのです。寝ている羽布団ごと引き起こされたように、体が斜めに起き上がります。
彼女は驚き、その拍子に意識が少し戻りました。花の精霊たちにこんなことをされたのは初めてだったのです。花の精霊は淡く儚い、まるで幻のような存在なのですが――。
意外なことはさらにつづきました。人のことばを話せないはずの精霊が、彼女に話しかけてきたのです。
「ちょっとあんた、気を確かに! しっかりしなよ!」
花の精霊にしては妙に元気の良い声です。
思わず目を開けた彼女は、精霊たちを見て驚きました。花びらの羽はありますが、体がありません。まるで花弁そのものが彼女を取り囲んでいるようです。
すると、花びらがまた話しました。
「しっかりして! 今、助けが来るわ!」
今度の声は先の声よりもっと優しげでしたが、彼女はもう驚きませんでした。自分を包んでいるのが、精霊ではなく本物の花だということに気がついたからです。
そうです。今は真冬でした。花の精霊たちは冬眠していて、彼女が呼んでも現れないはずだったのです――。
メールは花鳥で舞い降りると、傷ついている魔法使いの娘を花で助け起こしました。また倒れてしまわないように、花でくるんで支えます。
一緒に乗っていたポポロが空に呼びかけました。
「フルート、早く来て! 魔法軍団の魔法使いさんたちがひどい怪我をしてるのよ!」
上空には風の犬に乗ったフルートとゼンがいました。
「わかった!」
とフルートが急降下してきます。
その向こうの空からは、たくさんの馬に乗ったロムド軍とナージャの女騎士団、それに巨大な灰色狐に乗ったオリバンとセシルが、地上を走るようにディーラへ駆けつけてくるところでした――。