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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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87.攻防・5

 「やった! 四大魔法使いが怪物をディーラから追い出したぞ!」

 ロムド城の王の執務室で、キースが歓声を上げました。

 部屋の中央には透き通った球体が浮かんでいて、城下町の景色を映し出しています。四大魔法使いの守護獣が竜の怪物を都から放り出す様子を、部屋の人々は見ていたのでした。

 ロムド王やリーンズ宰相は、ほっとしながらも首をかしげていました。

「赤の魔法使いは守護獣を出せずにいたようだったが、何故急に出せるようになったのであろう?」

「西の守りの塔を破壊されたので、赤の魔法使い殿が負傷したのではないか、と心配しておりましたが」

 すると、ゴブリンの姿のゾとヨが飛び跳ねながら言いました。

「鍛冶屋のおじいさんが走って行ったからだゾ!」

「きっとおじいさんが助けたんだヨ!」

「ピラン殿が?」

 部屋の人々は目を丸くして部屋を見回しました。ピランが部屋からいなくなっていたことに、誰も気づいていなかったのです。

 テーブルに向かって座っていたユギルが、占盤から目を上げることなく言いました。

「鍛冶屋の長殿は、赤の魔法使い殿の護具が破壊されたのを知って、西の守りの塔へ駆けつけたのでございます。ご自分が改良した護具が壊されたので、いてもたってもいられなかったのでございましょう」

「自分が作ったものに対するノームのこだわりは超一流ですな」

 と道化の格好のトウガリが素の声で言いました。あきれながら感心しています。

 すると、グェン、とグーリーが鳴きました。アリアンが球体の景色を示して言います。

「セイロスが空から下りてきました。きっと何か仕掛けてきます」

 アリアンとキースは黒ずくめの服を着て頭部には角を生やしていました。セイロスがすぐそばにいるので、強烈な闇の気配に本来の姿を呼び起こされているのです。グーリーとゾとヨも闇の怪物になっていますが、部屋の中にそれを気にする者はいません。

 人々はまた球体を見つめ、セイロスの行動に注目しました――。

 

 

「あの怪物を都から放り出した! な……なんて連中だ!」

 突然現れた四体の生き物が竜の怪物を街壁の外へ放り投げたので、バム伯爵は震え上がりました。怪物たちは地面にたたきつけられて、起き上がれなくなっています。

 すると、セイロスが飛竜と共に急降下を始めました。ギーが歓声を上げて言います。

「そうだ! セイロスが奴らに負けっぱなしなんかであるもんか! やってやれ!」

 その間にセイロスはもう怪物の上まで来ていました。倒れたまま身もだえしている怪物へ命じます。

「無様な格好で何をしている。おまえたちに与えた力はそんなものではないぞ。闇を呑め」

 その声は上空のギーやバム伯爵にも聞こえてたので、闇を呑め? と二人は首をかしげました。今は明るい昼間です。

 ギェェェ、と怪物たちは声をあげました。青い大熊に首をねじ切られた怪物も、ちぎれた頭で鳴いています。

 すると、突然猛烈な風が吹き出しました。竜巻のように空で回転しながらつむじを巻きますが、その渦がみるみる黒く染まり始めたので、ギーたちはまた、ぎょっとしました。どこからか黒い霧のようなものが現れて、風の中に巻き込まれていくのです。

 バム伯爵は霧の出所を目で探し、大半がセイロスから発生していることに気がついて、息を呑みました。つむじ風が四頭の怪物へ下りていって四つに分かれ、吸い込まれるように消えていきます。

 すると、四頭がまた跳ね起き、翼を羽ばたかせて浮き上がりました。自分たちの上にいるセイロスへ、いっせいにほえます。

 ギェェェェェ!!!!

 怪物の体の傷は跡形もなく消えていました。頭がちぎれたはずの怪物も、いつの間にか元通りになっています。

 それを見て、バム伯爵はセイロスの正体を確信しました。

「彼は人間ではない。人間があれだけの闇を与えられるものか……。ロムドの連中はデビルドラゴンという悪竜と戦っている。そう父上が語っていた。そうだ。あの男こそがデビルドラゴンだったんだ。闇の竜が人間になって現れていたのか」

 闇を呑んで復活した四頭の怪物は、再び都に飛び込んでいきました。城下町と城を守っていた四体の守護獣に襲いかかって、また戦い始めます。先の戦闘のダメージはすっかり消えていたので、猛烈な勢いで守護獣を攻撃していきます。

 セイロスは都の外から冷ややかにそれを眺めていました。黒ずくめの鎧を着た彼の向こうには、まだ闇の霧が漂い、うごめきながら渦巻いています。霧は時々一気に寄り集まって、巨大な竜のような形になり、再び崩れて霧に戻っていきます。

 そうか、と伯爵はつぶやき続けました。

「つまり、あれがあの男の正体だったんだ。すさまじい破壊力を持つ闇の竜そのものだ。彼は自分の邪魔をするロムドをたたきつぶして支配しようとしている。そして、ゆくゆくは世界を掌握しようとしているんだ。そういうことか……!」

 

 セイロスにギーが飛んで近づいてくのが見えました。歓声を上げて呼びかけています。

「すごいな、セイロス! 竜の怪物がみんな復活したじゃないか! あんたならきっとやれると、俺は信じていたんだぞ!」

 あの男は何も気づいていない、と伯爵は考えました。自分が何と共に行動しているのか、相手がどれほどの力の持ち主なのか、まったく理解していないのです。まったく馬鹿な奴だ、と考えます。

 都の中では守護獣が怪物たちに押されていました。大熊は本当に押し倒されて、巨大な体で城下町を押し潰してしまいます。

「勝てるわけがない」

 とバム伯爵はまたつぶやいて、心の中で嘲笑いました。彼らは闇の竜の力が乗り移った怪物と戦っているのです。ロムドの魔法使いたちがどんなに優秀でも、闇の竜に打ち勝てるはずはありません。

 伯爵はいつしか本当に笑っていました。強力な魔法軍団を擁して、エスタ国を凌ぐほどの大国にのし上がったロムド国が、闇の竜の攻撃に王都を破壊されて壊滅しようとしていました。ロムド王もじきに城から出てきて降伏することでしょう。セイロスには――デビルドラゴンには、それだけの力があるのです。実に痛快でした。

「よし、それでは私も何か役に立つことをしなくては」

 と伯爵は周囲を見回しました。セイロスが世界を征服した暁に良い地位と土地を授けてもらうためには、目の前で活躍してみせなくてはならないのです。

 すると、近くの森の中でうごめく人々が目に入りました。荷馬車に大いしゆみを積んだロムド兵たちが、空にいるセイロスへ矢の狙いを定めています。

 伯爵はすぐに叫びました。

「セイロス様、敵が狙っています!」

 すると、先の矢を追いかけるように、もう一本の矢が別の森から飛び出しました。そこでもいしゆみ隊がセイロスを狙っていたのです。

 セイロスは鼻で笑いました。たちまち黒い光の弾が飛んで二本の矢を撃ち落とし、さらに飛んでいって森に落ちました。ロムド兵が大いしゆみごと吹き飛ばされます。

 セイロスはバム伯爵を冷ややかに振り向きました。

「いちいち教える必要はない。あんなもので私がやられると思うのか」

 伯爵は思わず首をすくめました。生半可なことでは気に入ってもらえそうにない、と思ったのです。セイロスの横でギーが妙に得意そうな顔で彼を見ています。

 

 そのとき、三本目の矢が飛んできました。

 それは先の二本より小さく、速度がありました。しかも全体が白く輝いています。

 矢はセイロスに背後から命中して、鎧ごと胸板を貫きました。矢尻が胸の前に飛び出します。

 とたんに刺すような冷気が周囲に広がりました。

「セイロス!?」

「セイロス様!!」

 驚くギーとバム伯爵の前で、セイロスは半身を氷におおわれ、崩れるように飛竜に倒れました――。

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