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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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85.攻防・3

 「セイロス、俺たちも行くか?」

 とギーが尋ねました。

 彼らの足元には障壁に包まれたディーラがありますが、闇魔法の円盤が切りつけたので、障壁のあちこちにほころびができていました。都の中に入り込んだ飛竜部隊が、残り少なくなった火袋を次々投げ落としています。

 セイロスは冷ややかに答えました。

「ここは飛竜部隊の出番だ。彼らに任せろ。そのためにはるばるイシアードから連れてきたのだからな」

 そこでギーは黙って飛竜部隊の戦いぶりを眺めました。彼らの後ろでバム伯爵も同じ光景を眺めます。

 じきに火袋は底をつきましたが、竜使いは今度は飛竜で屋根から瓦や石をむしり取って投げ落とし始めました。石は地上へ落ちて建物を破壊し、道の石畳にめり込みました。そのたびに、ぱっと煙のような白い砂埃が湧き起こります。

 すると、都の一角から巨大な矢が発射されました。しかも、一度に数本が連続して飛んできます。近くにいた飛竜が逃げ切れなくて矢を食らい、きりもみしながら落ちていきます。

「またあの弓だ!」

「いったいいくつあるんだ!?」

 とギーとバム伯爵は思わず叫びました。自分たちもどこかから狙われているような気がして、都を見回してしまいます。

 矢は都の別の場所からも発射されました。やはり数本同時に撃ち出されてくるので、かわしきれなかった飛竜が矢を食らって落ちていきます。

 

 

 都の南の広場では、ロムド軍の正規兵が大いしゆみを何台も連ねて発射させていました。ピランが最後に造り上げた完全版なので、本体には力のルビーが組み込まれ、さらに荷車の上に載せられています。おかげで人間の彼らにもレバー一本で矢を発射させられるし、必要な場所へ移動させることもできたのです。

 飛竜を二頭も撃墜させたので、兵士たちはわき返っていました。魔法の障壁がまだ都を包んでいるので、飛竜は空高く飛んで逃げることができません。この隙に撃墜してやろう、と誰もが考え、次の矢を台座に据えて弓弦を引き絞ります。

 いしゆみ部隊を指揮していたゴーリスがどなっていました。

「一度に一頭ずつだぞ! 飛竜の動きを読んで撃て!」

 バシュ、バシュ、バシュ。

 鋭い音を立てていしゆみの矢が空へ飛び、また飛竜を一頭撃ち落としました。

 北の広場に設置されたいしゆみも、別の一頭撃墜します。

 ロムド王の執務室では、ピランがその光景に躍り上がって喜んでいましたが、戦場の兵士たちには知りようのないことでした。飛竜を一頭残らず撃墜して都を守ろうと、必死でいしゆみに取りついています。

 すると、空の飛竜たちが都の東と西に集まり始めました。いしゆみが配置されている北と南を避けたのです。そこでまた石落としの攻撃を開始します。

 ところが、その石は地上に落ちる前にことごとく砕け散ってしまいました。空中に光の膜が広がって岩を防いだのです。次の瞬間、都の西から青白い光の弾が飛びだして、一頭の飛竜を竜使いごと串刺しにしました。都の東からも同じような光の弾が飛びだし、逃げる飛竜を追いかけて後ろから撃墜します。

 ゴーリスは汗と埃にまみれた顔で、にやりとしました。

「魔法軍団の高射魔砲が動き出したな」

 それは先の王都防衛戦からロムドが使い始めた兵器でした。矢の代わりに魔法の弾を発射させて飛竜を撃ち落とす、魔法軍団専用の武器です。ロムド王はディーラの南北の広場にピランの大いしゆみを、東西の広場に高射魔砲を配置させて、飛竜の襲撃に備えていたのでした。

 空を飛び回る敵に、ディーラ側の必死の抵抗が続きます――。

 

 

 一方、空の上ではバム伯爵がちらちらとセイロスの様子をうかがっていました。飛竜部隊は大いしゆみや魔法の武器に苦戦させられています。そろそろセイロスがあの破壊魔法を使う頃ではないか、と考えていたのです。

 ところが、セイロスはなかなかその決断をしませんでした。敵の反撃など黒い魔法一発であっという間に吹き飛ばせるはずなのに、実行に移そうとしません。

 力を温存しているんだろうか? と伯爵はまた密かに考えました。あの魔法は大きな魔力が必要だから、その力が溜まるのを待っているんだろうか? 一度使ったら、その後はしばらく使えないとか? いやいや、ひょっとしたら、ここに来るまでに使いすぎて、矢が尽きるように魔力切れになってしまったのかもしれない……と、あれこれと思いをめぐらします。

「つまり、使いたくても使えないということか?」

 と思わず声に出してつぶやいてしまったとき、耳元で誰かが答えました。

「そうそう、そぉいうこと。なにしろ歯止めがきかなくなっちゃうからさぁ」

 伯爵は、ぎょっとしました。若い男の声でしたが、ギーの声でもセイロスの声でもなかったのです。周囲を見回しますが、空の上に彼ら以外の人間はいませんでした。ただ、一羽のカラスが悠々と遠ざかっていくのが見えます――。

 空耳か? と伯爵がうろたえていると、急にセイロスが言いました。

「これで行く」

「え、どこへ行くって?」

 とギーが驚いて聞き返しましたが、セイロスは答えませんでした。ひとりごとだったのです。後ろを振り向いて呼びかけます。

「おまえたちの出番だ。ここに来い」

 

 伯爵は一瞬、自分たちが呼ばれたのかと考えましたが、そうではありませんでした。呼びかけに応えて後ろから飛んできたのは、竜使いのいない四頭の飛竜でした。これまでの戦いで竜使いをやられてしまい、竜だけが従っていたのです。羽ばたきながらセイロスの前に勢揃いします。

「おまえたちに特別な力を与えてやる」

 とセイロスは言うと、片腕を自分の目の前に掲げました。黒い籠手の上に走る赤い筋を、あろうことか自分の歯で食いちぎります。ぶつり、と音がして筋から赤黒い液体がほとばしりました。まるでちぎれた血管から噴き出す血液そのものです――。

 ギーとバム伯爵が仰天して見守る中、セイロスは前へ飛び、居並ぶ竜の一頭に腕を突き出しました。腕は噴き出す血もろとも竜の体にめり込み、肩先まで埋まってしまいました。竜が驚いたように自分の胸元を眺めます。

 すると、次の瞬間、竜がすさまじい声をあげました。急上昇して激しく羽ばたき、首を伸ばしてまた鳴きわめきます。

 その全身がみるみるふくれあがって、巨大になっていきました。うろこの一枚一枚が黒く染まってめくれ上がり、頭も体も翼も形が変わっていきます。竜には違いないのですが、何に似ているとも描写することができない、醜悪な姿になります。

「な、なんだ、これは!?」

「怪物だ……!」

 ギーとバム伯爵は思わず大きく後ずさりました。怪物になった竜は、元の三倍以上も大きくなっていたのです。大蛇のような首がしなってギーの飛竜に食いつこうとしたので、彼らはさらに後退します。

 気がつけば、セイロスは他の三頭にも同じように血が吹き出る腕を埋め込んでいました。腕を引き抜くと、飛竜はおたけびを上げてふくれあがり、巨大な竜の怪物に変わります。

 太い首をくねらせ、互いにかみつき合おうとする四頭へ、セイロスは言いました。

「おまえたちが暴れる場所はあそこだ。徹底的に破壊してこい」

 と眼下のディーラを示します。

 ギェェェェェ……!!!!

 怪物たちは空と地上を震わせながらいっせいに鳴き、まっしぐらに都へ下りていきました。セイロスがさっと手を振ると、その指先から闇の円盤が飛んで、また光の障壁を切り裂きます。

 すると、都の東西南北の広場から、大いしゆみの矢や高射魔砲の弾が怪物へ飛びました。巨大な体に見事命中しますが、黒いうろこにおおわれた体には、傷ひとつつきません。

 ギェェェ!!!!

 四頭の怪物はまた鳴き声をとどろかせると、空を攻撃する武器がある四つの広場へ、隕石のように飛び降りていきました――。

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