青く冴え渡る冬空の中、飛竜部隊はディーラの周辺を飛び回っていました。都の周囲には畑や牧場が広がり、こんもりとした森や林が点在しています。野にも畑にも雪が一面に降り積もっています。
すると、セイロスが飛竜の背中からさっと手を振りました。飛び回っていた飛竜部隊が、いっせいに火袋を落とし始めます。
袋が落ちていくのは、都の中ではなく、森や林の上でした。枝にぶつかって袋が破裂すると、周囲に油が飛び散って木が燃え上がります。油の火は雪で消えることはありません。木が燃えながら倒れて、雪の下に厚く積もった落ち葉に燃え移ると、炎は一気に広がっていきます。
すると、森から獣が集団で飛び出してきました。飛竜部隊を恐れて森の中に避難していた豚や羊です。火に追われて鳴き叫びながら飛び出してきます。
キェェ!
飛竜はたくさんの獲物を見て歓声をあげましたが、竜使いたちに抑えられました。
「まだ、まだだ。まだ腹は減っていないはずだぞ。攻撃が先だ」
飛竜たちはつい先ほど、はぐれていた羊の群れを見つけて、腹ごしらえをしたばかりだったのです。
空腹でなければ飛竜も竜使いの命令には従順でした。家畜の群れを気にしながらも、森や林に火袋を落としていきます。
逃げ惑う家畜が増えてくると、それを追って飼い主の農夫も飛び出してきました。家畜を追い立てて、まだ燃えていない森へ逃げ込もうとします。
セイロスは空から見下ろして冷ややかに笑いました。次の瞬間、雲ひとつない青空から稲妻が駆け下って、地上の人と獣を打ちのめします。
ギーは歓声をあげました。
「さすがはセイロスだ! 一網打尽だぞ!」
雪野原に何十という黒焦げの死体が転がります。
すると、まだ燃えていない森から突然大きな矢が飛び出しました。飛竜たちの間を飛び過ぎていきます。
「あの弓矢だぞ!?」
飛竜部隊はあわててその森から離れました。例の大いしゆみが隠されていると気づいたのです。
「やはりここにもあったか」
とセイロスは森へ目を向けました。とたんにまた稲妻が落ちて、あっという間に森を火の海に変えます。
ところが、森の中から地響きのような音が聞こえてきました。何かを追い立てるような声も聞こえてきます。
間もなく森から飛びだしてきたのは、六頭の馬に引かれた大きな荷車でした。雪を蹴散らして走っていく荷台にには、大いしゆみと数人の兵士が載っています。
「狙って撃て!」
と御者席から隊長が叫ぶと、兵士がいしゆみのレバーを押し倒しました。とたんに巨大な矢が発射されて、すぐ近くの空にいた飛竜の翼を貫きます。
仲間の竜が墜落していくのを見て、飛竜部隊はさらに大きく離れました。その間に荷車にのったいしゆみは別の森に飛び込みます。
「くだらん!」
セイロスが言ったとたん、墜落していた飛竜がふわりと舞い上がりました。傷ついた翼が一瞬で治ったのです。ただ、背中の竜使いはその急上昇についていけませんでした。飛竜から転落して地面に激突し、そのまま動かなくなってしまいます。
セイロスは舌打ちすると、いしゆみが逃げ込んだ森をにらみつけました。たちまち空から稲妻が降って、また森を火の海にします。いしゆみ隊は今度は逃げることができませんでした。森から飛び出す前に荷台は火に包まれ、馬が倒れ、人もいしゆみも炎に呑み込まれてしまいます――。
「えい、なんということだ! わしのいしゆみを燃やしおって! わしの芸術品だぞ!」
ロムド王の執務室で突然甲高い声が上がったので、居合わせた人々はいっせいに飛び上がってしまいました。声は誰もいない場所から響いてきたのです。
「そ、その声は……ピラン殿ですか?」
リーンズ宰相が目を白黒させながら尋ねると、ユギルの前にあるテーブルの下から、ノームの老人が姿を現しました。金属のように光る緑の服に、自分の背丈ほどもある灰色のひげの、鍛冶屋の長です。
「いつからそこに?」
とキースも目を丸くすると、ゴブリンのゾとヨが得意そうに言いました。
「オレたちはわかってたゾ! 鍛冶屋のおじいさんはずっとそこに立ってたゾ!」
「オレたちがここに来たときには、もうそこにいたんだヨ!」
それを聞いて、ノームの老人は口をとがらせました。
「鼻のいい連中にはどうしても見つかるな。まあ、しょうがない」
すると、ユギルがテーブルの下へ話しかけました。
「わたくしも長殿がおいでだったことには気づいておりました。ですが、長殿は何をご覧だったのでしょうか? まるで戦場の様子がおわかりのようなことをおっしゃいましたが」
すると、ノームは急に胸を張って小さな丸い玉を取り出しました。
「これは遠見(とおみ)の石だ。空に浮かべたもうひとつの石が、この石に戦場の様子を映してくれるんだ」
これもわしの発明品だぞ、と得意そうなノームに、部屋の人々は群がりました。自分たちも戦場の様子を見ようとしたのですが、石が小さすぎました。
「見えない! 見えないゾ!」
「おじいさんだけ見られてずるいヨ! オレたちも見たいヨ!」
ゾとヨに批難されて、ピランは肩をすくめました。
「無理を言うな。こいつはひとり用なんだ。わし専用だ」
そんな、と全員ががっかりしていると、キースが言いました。
「戦場はその石に映っているんだろう? それなら、こうすればいい」
彼が指を振ったとたん、部屋の真ん中の空間に透き通った球体が現れました。ひと抱えほどもある球の中に、野外の景色が映っています。
ほほぅ、とピランは手の中の玉とそれを見比べました。
「遠見の石の映像を拡大したか。なるほど、いい手だな。後でわしもその能力をこの石に組み込むとしよう」
鍛冶屋の長にはいつも石と発明が一番の関心事です。
けれども、部屋の人々はノームの話をもう聞いていませんでした。
球体の中で、森や林が火を噴き上げて燃え、雪野原にいくつも焼死体が転がっていたからです。飛竜は空を飛び回っています。
「いしゆみ隊もやられたのか」
燃えている大いしゆみにキースが言うと、ピランも思い出したようにまたわめき出しました。
「そうだ、そうなんだ! 奴め、わしの芸術品に雷を落として燃やしおった! 外の森にはあと三台いしゆみがあるが、撃つと狙われるから撃てないでいるんだ!」
「都ではなく、周りの森を攻撃されるとは思っておりませんでした。大いしゆみを配置していることに気づかれたのでしょうか?」
と宰相に尋ねられて、ロムド王は言いました。
「そうかもしれんし、偶然の結果かもしれん。ひとつだけ確かなことは、どれほど周囲が攻撃されても我々は助けにいくことができん、ということだ。障壁を消して出ていけば、敵はたちまち都に殺到するだろう」
沈痛な声でした。
一同は部屋に浮かぶ球体の光景を見つめ続けました。火事になった森からまた豚の群れと農夫が飛び出し、セイロスに稲妻で打ちのめされます――。
一方、ユギルはテーブルの占盤を見つめ続けていました。
その黒い石の表面に敵は映りません。元々セイロスの象徴は現れないのですが、飛竜部隊も広大な闇におおい隠されて、占盤で見極めることができないのです。
しかも、闇はディーラをすっぽりと包み込んでいました。セイロスが放つ闇は、以前よりはるかに強大でした。都の周囲にいる味方の象徴も呑み込んで、占盤から隠してしまっています。
それでも、ユギルは闇の中に象徴を探し続けていました。オリバンとセシルを表す青く輝く獅子と金葉樹、勇者の一行を表す金の光、銀の光、青い炎、緑の光、そして星の光と白い翼――。彼らは必ずこちらへ向かっているはずでした。占盤には映らなくても、そうに違いないことはわかっていたのです。
戦勢は次第に敵の優勢へ傾く気配がしていました。それをくつがえせるのは彼らだけだ、とユギルの直感は告げています。
「皆様方、どうかお早く」
ユギルは誰にも聞こえない声で呟くと、直近の戦闘の行方へ占いの目を向け直しました。