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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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78.沼の畔(ほとり)・1

 ジャックと別れて三十分後、フルートはポチと一緒にミコン山脈の麓を飛んでいました。

 重なり合う山々の間を縫うように飛んでいくと、谷の先に凍った湖が現れました。三日前、フルートたちがセイロスや飛竜部隊と激戦を繰り広げた湖です。バム伯爵の城と飛竜部隊の基地は、湖の向こうの岩壁にへばりつくように建っていました。

「このまままっすぐだ。セイロスや飛竜部隊がまだいるなら、必ず中から出てくるからな」

 とフルートが言ったので、ポチは慎重に直進していきました。ところが、一頭の飛竜にも出会わないまま城と基地を通り過ぎてしまったので、フルートは唇をかみました。敵が現れないということは、すでに飛竜部隊が出撃してしまったということです。ロムド国に進軍していったのに違いありません。

「ワン、もっと高い場所を飛びます。そうすれば早くミコンを越えてロムドに入れますから」

 とポチが言ったので、フルートは答えました。

「できるだけ谷の上を飛んでくれ。途中でセイロスたちに追いつくかもしれない」

「ワン、わかりました」

 彼らは飛びながら眼下に目をこらし、ときどき山にかかる雲をうとましく思いながら敵を探し続けましたが、山脈が終わるまで飛竜部隊を見つけることはできませんでした。

 そして、谷が突然なくなって、一気に開けた場所に出たのです――。

 

「ワン、これって」

 とポチは言って、そのまま絶句してしまいました。

 ここに来るまで山や谷には雪が降り積もっていたし、行く手にも雪におおわれた平原が広がっているのですが、その場所には雪がまったくありませんでした。

 異様に広いその場所は、粉々になった岩に一面埋め尽くされていました。岩は焼けたように黒くすすけていますが、燃え残った草や木はまったく見当たりません。焦げてむき出しになった大地を、冷たい風が吹き抜けています。

 ここで何が起きたのかを悟って、フルートは身震いしました。震えが止まらないので、自分の体を抱きしめ、唇を血が出るほどかみしめます。

 ポチがおそるおそる言いました。

「ワン、ここって戦場の痕ですか……? もしかして、セイロスが黒い魔法を使ったとか……」

 とたんにフルートが叫び出しました。

「ポポロ! ポポロ、ゼン、メール、ルル! どこだ!? どこにいる!?」

 地上に向かって声を張り上げます。

「ワンワンワン! ルル! ルル、返事をしてください! みんなも! どこですか!?」

 とポチも呼び始めました。どんなに呼び続けても返事は聞こえません。焼け焦げた大地をただ風が吹き渡ります――

 

 すると、何かがフルートの後頭部にぶつかりました。兜に当たると、カーンと高い音を立てて跳ね返されます。

 それは一本の矢でした。矢尻には白い羽根がついています。

 続いて地上から騒々しいやりとりが聞こえてきました。

「ちょっと! フルートに矢を撃つなんてどういうつもりさ!? 万が一当たっちゃったらどうするんだい!?」

「るせぇな! これは百発百中の矢だから絶対外れねえんだよ!」

 フルートとポチは地上を振り向き、つい先ほどまで誰もいなかったはずの場所にゼンとメールを見つけました。おう、とゼンが片手を挙げ、メールは両手を振りながら、こっちこっち、と呼びます。

 ポチはその目の前に急降下しました。フルートが飛び降りてゼンに抱きつきます。

「無事だったんだな! 怪我は!?」

「俺たちはなんでもねえよ。ったく、返事をしてるのに、ちっとも気がつかねえんだからよ。二人して取り乱してんじゃねえや」

「ワン、そんなこと言ったって! これ、セイロスの黒い魔法の痕でしょう!? どうやってかわしたんですか!? ルルやポポロはどこなんです!?」

「もちろん二人とも無事だよ。ポポロは疲れて眠ってるけどね」

「疲れて……?」

 そのとき、彼らの目の前に新たな人物が現れました。何もなかった場所からうっそりと姿を表したのです。いぶし銀の鎧兜を着けたオリバンでした。続いて白い鎧兜のセシルも出てきたので、フルートたちはまた驚きました。

「オリバンたちも一緒だったんだ!?」

「そうだ。ロムド軍もナージャの女騎士団も、ドワーフ猟師たちもいるぞ」

 とオリバンが重々しく言うと、セシルが続けました。

「みんなポポロと河童の魔法に助けられたんだ。彼らがいなかったら、我々は間違いなく全滅していただろう」

「まあ、いいから来いよ。こっちだ」

 とゼンが言ったので、フルートとポチは後についていきました。目の前でゼンの姿が消え、次の瞬間には周りの世界が消えていきます――。

 

 と、彼らは大勢がひしめく場所に出ていました。

 足元は砕けた岩の大地が続いていますが、それが下りの斜面になって、一番低い場所には丸い沼があります。沼の周囲は岩場ではなく、雪が降り積もった林になっていました。斜面にも林にも銀の防具のロムド兵や白い防具の女騎士たち、毛皮の上着を着て弓矢を背負ったドワーフ猟師たちがいます。

 彼らはフルートとポチを見るといっせいに集まってきました。取り囲んで口々に話しかけてきます。

「よかった、勇者たちもご無事でしたね!」

「到着が遅いから、何かあったんじゃないかって、みんなで心配していたんです!」

「将軍は!? ワルラ将軍をお助けに行ったと聞きました。こんなに遅くなったなんて、将軍はご無事ですか!?」

 とロムド兵は安堵や心配を口にしましたが、ナージャの女騎士たちはもっと気楽に話しかけてきました。

「勇者くんったら少し会わない間にまた背が伸びたわね。ずいぶん大人っぽくなったわ」

「でも相変わらず綺麗よね。女の子たちからもてるでしょう?」

「あら、勇者くんは相変わらずポポロちゃんひと筋よね。他の子に目移りなんてしないわ。ねえ、そうよね?」

「ああ、いいから通してくれよ。話なら後だ。ポポロたちのところに行かせてくれ」

 とゼンは人混みをかき分けてフルートたちを連れ出しました。後に続いていたオリバンとセシルが一同を解散させます。

 入れ替わりにやってきたのは灰色の長衣に赤い髪の男女でした。

「銀鼠さん、灰鼠さん」

「ワン、お二人も一緒だったんだ」

 と驚くフルートとポチに、魔法使いの姉弟は肩をすくめ返しました。

「ずっと一緒に戦ってたのよ」

「ただ、ぼくたちの魔法では闇魔法が防げないから、みんなと一緒に助けてもらったんだけどね」

 と苦笑いをしてみせます――。

 

 ポポロは沼の畔に寝かせられていました。天幕のようなものはありませんが、枯れ草を敷き詰めた上に横になって、深緑色のマントを布団代わりにかけてもらっています。

 ポポロの横にはルルが寄り添っていて、フルートたちを見るなり跳ね起きました。ポチに駆け寄って互いになめ合うと、たちまち怒ったように言い始めます。

「どうして今まで何も連絡してこなかったのよ! セイロスたちが攻めてきて本当に大変だったんだから! 防ぎきれなくて突破されたわ! ポポロたちがいなかったら、みんな今頃生きてなかったわよ!」

「ワン、何度も連絡しようとしたんだよ。でも通じなかったんだ。フルートも三日間昏睡してたんだよ。力を使い果たして。今朝やっと目を覚ましたんだ」

 そうだったのか!? と一同は驚いてフルートを見ましたが、フルートのほうはもうポポロしか見ていませんでした。目を閉じて眠る彼女は、いやに赤い顔をしていました。息づかいも苦しそうに見えます。

 すぐそばの岸に座って沼に足をつけていた河童が話しかけてきました。

「ポポロ様はすごかっただよ。セイロスがあのおっかねぇ闇魔法を使おうとしたから、おらはみんなを守るのに地下から水っこを呼んだども、セイロスの魔法で吹っ飛ばされただ。だげんちょ、ポポロ様が二度の魔法を使って、みんなを闇魔法から守ってくれただよ。山は崩れて吹っ飛んだげんちょ、おらたちはみんな障壁の中で無事だっただ。なんもかも、ポポロ様のおかげだで」

 すると、ルルが口を挟みました。

「何言ってるの。河童さんも頑張ったじゃない。ポポロが倒れちゃった後、ここを結界で包んでくれたのはあなたよ。おかげでセイロスたちに見つからずにすんだわ。脚に怪我をしてるっていうのに」

「いんや、おらのは水っこさ入れてればそのうちに治るだよ」

 と河童は答えましたが、フルートは沼の中をのぞき込んで顔をしかめました。高い場所からたたきつけられたのでしょう。青緑色の衣の裾から突き出た短い脚は、痛々しいほどに傷ついていたのです。すぐに金の石を押し当てて癒やしてやります。

 河童は笑顔になってぴょんと沼から飛び出すと、フルートをまたポポロのほうへ押しやって言いました。

「それをポポロ様にも使ってやるだ。ポポロ様は疲れたせいで熱を出してるだよ。早く楽にしてやるだ」

 そこで、フルートはペンダントをポポロにも押し当てました。ほてっていた顔がたちまち普段の顔色に戻り、息づかいも軽くなります。

 

 すると、ポポロがぱっちりと目を開けました。緑色の瞳でフルートを見上げて、たちまち涙ぐみます。

「フルート……」

「うん」

 とフルートは彼女の手を取りました。そこにももう熱っぽさはありません。

 彼はかがみ込み、宝石の瞳を見つめながら言いました。

「ありがとう、ポポロ。みんなを守ってくれて――。本当にありがとう」

 ポポロは何も言わずにうなずきました。その目から涙がこぼれます。フルートは彼女の手を握り続けます。

 そんな二人を、すぐそばで仲間たちが、その後ろからはオリバンやセシルや大勢の人々が、笑顔で見守っていました――。

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