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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第22章 沼の畔(ほとり)

77.目覚め

 フルートが目覚めたとき、真っ先に目に入ったのは白い布を張り渡した天井でした。濃い緑色の布が何枚も白い布に重なり、別の布が壁のように垂れ下がって、狭い空間を作っています。

 そこはあり合わせの布を寄せ合わせて作った、粗末な天幕の中でした。真ん中に横たわったフルートの下にも、たくさんの布が布団のように重ねられています。

 天幕の中にいるのは彼ひとりきりでした。外も静かです。

 

 ここは? とフルートが考えたとたん、外からワンワンワンと声がして、ポチが飛び込んできました。フルートに飛びつくと顔をなめながら言います。

「目を覚ましましたね、フルート!? 良かったぁ!」

 そのとたん、フルートもこれまでのことを思い出して跳ね起きました。

「みんなは――!? ぼくはどのくらい寝ていた!?」

 すると天幕の入り口からジャックも顔を出しました。いつものように、銀の防具の上に従者の上衣を着ています。安堵と怒りと心配と焦りをごちゃ混ぜにした表情をしてから、仏頂面になって言います。

「将軍は部隊を率いてロムドに向かわれたぞ。一刻を争う事態だからな。俺だけがおまえの護衛に残ったんだ」

「ワン、フルートは丸二日半も目を覚まさなかったんですよ。今はここに着いてから三日目の朝です」

 なんだって!? とフルートが叫ぼうとすると、その目の前に金の石の精霊が現れました。隣に願い石の精霊も現れたので、ジャックがぎょっと身を引きます。

 精霊たちは、そんなジャックには頓着せずに話し出しました。

「フルートは力を使いすぎたんだ。ぼくは怪我や病気は治せても、体力を回復させることはできないからな」

「そうは言うが、フルートに力を使わせたのはそなたであろう、守護の。私が力を貸さなければ、もっと早くにフルートは燃え尽きていたぞ」

 非難されて精霊の少年は相手をじろりとにらみました。

「願いのが力を貸したからフルートの体に負担がかかったんだ。フルートが皆を守りたいと思ったら、ぼくはそれを手伝うしかない。ぼくは守りの石だからな」

「私も自分の役目を果たしただけだ。なにしろ守護のに力を貸すのが私の役目だ」

「それは役目ではないだろう。君が好きでしていることだ」

「力を貸してくれと言ったのはそなたであろう、守護の」

「ぼくは力を貸せとは言っていない! 君から力を貸すと言ったんだ――!」

 二人の精霊がフルートたちをそっちのけにして喧嘩を始めたので、ポチはあわてて割って入りました。

「ワン、今はそんなことを言い合ってる時じゃないでしょう。セイロスは飛竜部隊と一緒にバム伯爵領を出発したはずです。今頃はもうロムド国に侵入したかもしれないんですよ」

 フルートも青ざめて言いました。

「そうだ! ゼンたちのほうはどうなってる!? ポポロから連絡は!?」

 小犬はたちまち困惑した顔になりました。

「ワン、それが全然連絡が取れないんです。フルートが倒れてからずっと呼びかけてるんだけど、返事がなくて……」

「じゃあセイロスと戦闘状態になっているのか!? 今すぐ行かないと――!」

 

 ところが、フルートは天幕から飛び出そうとして、よろめいてしまいました。倒れそうになったところをジャックに抱き留められます。

「無茶だぞ、フルート。てめえは丸三日も眠りっぱなしだったんだからな。俺の朝飯の残りがあるから、まずそれを食え」

 天幕の外に連れ出してもらったフルートは、雪が積もった石の上に座りました。ジャックが差し出した冷えた粥を、始めはしぶしぶと、すぐに夢中になって食べます。ジャックが言う通り、フルートの胃袋は空っぽで、空腹さえ感じないほど腹ぺこになっていたのです。

 そんな彼に二杯目の粥を渡しながら、ジャックはまた話し出しました。

「仲間と連絡が取れないのは、間にセイロスがいるせいかもしれねえぞ。深緑殿もロムド城の四大魔法使いと連絡を取ろうとして、通じなくて困っていたんだ。ロムドとの間にセイロスがいるから、闇の力で話がさえぎられてるのかもしれねえ、っておっしゃってた。おまえらもそうなのかもしれねえ」

「それならいいんだけれど……」

 とフルートは言って、粥を食べる手を止めてしまいました。宙へ視線を向けて、そっと呼びかけます。

「ポポロ――ポポロ、ぼくだ。聞こえるかい――?」

 そのまま耳を澄ます顔になりますが、いつまでたってもその表情は変わりませんでした。やがて、溜息をついて目を伏せてしまいます。

「ワン、とにかく早く食べないと。食べたら出発しましょう」

 とポチが促したので、フルートは勢いよく粥をかきこみ、たちまちむせてしまいました。

「馬鹿野郎、三日も食ってなかった奴が一気に食うな!」

 とジャックが叱りました。なんとなくゼンの言い方に似ています。

 

 ようやく咳がおさまると、フルートは改めて周囲を見回しました。

 そこは彼がワルラ将軍やロムド兵たちを助けた、ゾルゾルー侯爵領の基地の跡地でした。崩れ落ち、重なり合った瓦礫には真っ白な雪が降り積もり、薄い雲を通して射してくる朝日にきらきらと輝いています。

 フルートがいた天幕は、重傷だったワルラ将軍が寝かされていた場所でした。そのままフルートに使用したのです。

 天幕の周囲にはジャックやポチの足跡がたくさん残っていますが、その周りはどこまでも続く一面の雪野原になっていました。ロムド軍の足跡は残されていません。

「将軍たちが出発して、ずいぶんになるんだな。その間、ジャックはずっと残っていてくれたんだ。ありがとう――」

 フルートに礼を言われて、ジャックは面食らった顔になりました。

「それは将軍に命令されたからだ。てめえをこんな場所にひとりにしてはおけねえからな」

「でも、本当は将軍たちと一緒に行きたかっただろう? 迷惑かけてごめん」

 とたんにジャックは顔を歪めました。ふん、と鼻を鳴らして言います。

「誰の台詞を言ってるんだ? おまえを仲間たちから引き離してこんな場所に連れてきたのは俺だぞ。しかも、ぶっ倒れて三日も昏睡するほど無理させたってのによ。人がいいのにも程があらぁ。とことん、やな野郎だぜ、おまえは」

 言うだけ言ってジャックはそっぽを向いてしまいましたが、フルートは笑顔になりました。その表情にようやく少し余裕が戻ってきます。

 改めて急いで、でも慎重に粥を食べながら、フルートはポチに言いました。

「出発したら全速力でゼンたちを追いかけよう。途中、バム伯爵領の城と基地の近くを通って、セイロスたちが出撃したかどうか確認する。ジャック、悪いけど今回は君を乗せていけない。二人乗ると重くなって速く飛べないからな。できるだけ急ぎたいんだ」

 ジャックは振り向くと、拳を握ってどなりました。

「あたりまえのことを言うな、馬鹿野郎! 俺は自分の馬で将軍を追いかけるぞ! いいからとっとと行けって! おまえの仲間たちのところに早く行ってやれ!」

 すると、フルートがくすりと笑ったので、ジャックは本気で怒りました。殴りかかりそうになりながら、またどなります。

「何がおかしい!? 笑うようなところじゃねえだろう!」

「ごめんごめん、ちょっと思い出しちゃったんだよ……。昔、金の石を探しに魔の森に入ったときにも、ジャックはそんなふうに言ってくれたよね。怪我してる親父さんのところへ早く行ってやれ、って。変わらないね、ジャック」

 ジャックはたちまち耳まで真っ赤になりました。

「くだらねえ話を思い出すんじゃねえ!! いいから早く行け!!」

 と本当に拳をフルートの頭に振り下ろしますが、フルートが身をかわしたので、地面の岩を殴りつけてしまいました。悲鳴を上げて飛び上がったジャックに、フルートがあわててペンダントを押し当てます。

「ワン、何やってるんですか。ほんとに急ぎましょうよぉ」

 とポチがあきれて言いました――。

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