「飛竜部隊が来るぞ! 急いで配置につけ!!」
砦に飛び戻ってきたポポロとルルの知らせを受けて、オリバンは全員に命じました。ロムド正規軍の兵士たちがいっせいに持ち場へ散っていきます。
セシルもナージャの女騎士たちに言いました。
「セイロスが率いている飛竜は、おまえたちが知っている飛竜より強力で凶暴だ! 充分用心してかかれ!」
「了解しました! 隊長もお気をつけて!」
と女騎士たちは応えました。セシルはオリバンの副官なので、女騎士団を直接指揮することができなかったからです。副隊長のタニラが彼女たちを率いていきます。
大いしゆみへ向かおうとするドワーフ猟師たちには、ゼンが言いました。
「大いしゆみを撃つと、セイロスが魔法でそこを攻撃してくるんだ。撃ったらすぐ離れねえと、やばい」
「それじゃ一発しか撃てないじゃないか! すぐ攻撃が終わっちまうぞ!」
と猟師の一人が言い返すと、ビョールが言いました。
「俺に考えがある。走りながら説明するからついてこい」
九羽の走り鳥がドワーフを乗せていっせいに走り出しました。雪を蹴散らしながら谷の斜面を駆け上がっていきます。
そこへ花鳥に乗ったメールがやってきました。ルルに乗ったポポロも飛んできます。
ゼンが花鳥に飛び乗ったところへ、今度は馬に乗ったオリバンとセシルが走ってきました。百騎あまりのロムド兵を率いています。
「我々は通過する飛竜を谷の両側から攻撃する! おまえたちは自分の判断で攻撃しろ!」
オリバンはそう言い残して走り過ぎていきました。騎兵の集団があっという間に遠ざかっていきます。
ルルがポポロに言い聞かせました。
「気になっても、もうセイロスのほうを透視しちゃダメよ。今度こそ捕まっちゃうかもしれないんだから」
ポポロは青ざめた顔をしていました。危なくセイロスに連れ去られそうになったのですから当然です。大丈夫かい? とメールに声をかけられても返事もできません。
ゼンは密かに舌打ちしました。
「結局俺たちだけでセイロスとやりあうことになっちまったか。ったく。どこで何してやがんだよ、あいつらは」
ポポロがいくら呼びかけても、フルートとポチから返事はありません。ひょっとしたら、もうセイロスたちと遭遇して戦ってしまったのではないか、そのあげくに返事もできないような状況になったのではないか――そんな不安がこみあげてきますが、ゼンはあえて考えないことにしました。まだショックから回復していないポポロに言います。
「ルルと一緒に隠れてろ。戦列には俺とメールが出る」
とたんにルルが反論しました。
「どうしてよ!? 私も戦うわよ!」
青ざめていたはずのポポロも、たちまち言い張りました。
「大丈夫よ! あたしも戦えるわ! もう平気よ!」
ゼンは思わず顔をしかめました。
「おまえらはダメなんだよ――あ、いや、えぇと――フルートに作戦を言われていたんだ。もし俺たちだけでセイロスと戦うことになったら、おまえらを後衛にしろって。いざってときのためによ」
ゼンにしては上等な言い訳でしたが、ルルたちはやっぱり納得しませんでした。
「いざってときって、どういうときよ!?」
「あたしたちはどうすればいいの……?」
「フルートはどんな作戦を言ってたのさ?」
とメールまでが尋ねてきます。
ゼンが返事に詰まっていると、思いがけないところから助け船が出ました。
「勇者殿はきっと、ポポロ様にみんなを守ってもらおうと考えてるだよ。セイロスはあのおっかねえ破壊魔法を使うだでな。うんと強力な白魔法でねっが、みんなを守らんにだ」
谷川から顔を出した河童でした。
「そりゃ、ポポロじゃなきゃセイロスの闇魔法には対抗できないでしょうけど……」
とルルがしぶしぶ認めると、たたみかけるように河童が言いました。
「実はおらも、いざというときに味方を守る役なんだで。戦って危なくなったら、おらがいる谷川に逃げる段取りになってるだ。だげんぢよ、セイロスの破壊魔法をまともに食らったら、おらにも防ぎきれねえ。ポポロ様に一緒に守ってもらえたら、うんと助かるだよ」
「だから、ポポロには攻撃に加わらないで魔法を温存しておけってことなのか。なるほどね」
とメールも納得したので、ゼンはほっとしました。
「そうそう、だから、ポポロはセイロスに見つからねえところで様子を見てろ。ルルはポポロの護衛だ。セイロスと飛竜部隊の相手は俺とメールでするからよ」
「でも、どうやって倒すの……? 相手はセイロスよ! 飛竜だってまだ何十頭もいるのに!」
とポポロが心配して食い下がると、ゼンは、にやっと笑って背後の谷山を示しました。
「あそこにはドワーフがいて、ピランじっちゃんの大いしゆみがある。んで、オリバンやセシルたちもいるし、俺にはこの胸当てもある。これを着てればセイロスの魔法は効かねえもんな。なんとかなるって」
それを聞いてメールは肩をすくめました。何かを言おうとしてやめると、代わりにこう言います。
「早く行こうよ、ゼン。ぐずぐずしてるとセイロスがやってくるよ」
「おう。頼むぜ、メール」
ばさりと緑の翼を打ち合わせて、花鳥が離れていきました。
ルルは地上に降りると、ポポロと一緒に谷間の低い木の陰に隠れました。河童はまた谷川に姿を消します。
谷の上空に舞い上がりながら、メールはゼンに言いました。
「どんなにみんなで協力したって、あたいたちにはセイロスが倒せないよね? あたいたちにはそんな力はないんだからさ。要するに、ここで時間稼ぎしてフルートが来るのを待つってことなんだろ?」
ゼンは顔をしかめました。
「おまえな、嘘でもいいから『一緒にがんばってセイロスを倒そうね』とか言えねえのかよ。身もふたもねえ言い方しやがって」
「だってホントのことだろ? フルートだってそういうつもりで作戦を立てたんだろうし。ゼンこそ、自分には魔法が効かないなんて言って油断してるんじゃないよ。相手はあのセイロスなんだよ」
「ちぇ、誰が油断してるってんだ。わかってるって」
二人が軽い言い合いになっているところに、谷の森の中から音が湧き起こりました。
カランカランカラン……ガランゴロンガランガラン……
敵の襲来を知らせる鳴子(なるこ)です。
二人は、はっとして谷の上に向き直りました。身を乗り出した二人の目に、谷の向こうから猛スピードで飛んでくるものが映ります。
「絨毯――銀鼠と灰鼠だぞ!」
とゼンが言った瞬間、晴れた空からいきなり稲妻が降りました。空飛ぶ絨毯を直撃します。
ゼンとメールは思わず声をあげましたが、すぐにまた空を飛ぶ絨毯が見えたので安堵しました。きわどいところで稲妻を避けたのです。
「セイロスに追われてやがる。行くぞ、メール!」
「あいよ!」
空飛ぶ絨毯のほうへ飛んでいくと、じきに谷の上から黒い飛竜の集団が姿を現しました。先頭を飛ぶのは黒い鎧兜を身につけたセイロスです。
「連中の上に行け!」
とゼンに言われて、メールは花鳥をさらに高く舞い上がらせました――。