「つまり、ポポロの魔法で飛竜部隊に打撃を与えても、セイロスの魔法と策略で回復されてしまったというのだな。そして、セイロス側に就いたバム伯爵の息子が、自分の城や基地に飛竜部隊を招き入れていると──。連中はまだそこにいるのか?」
谷川の岸辺で勇者の一行からあらましを聞かされて、オリバンはそう尋ねました。
ゼンが答えました。
「俺たちが出発してきたときには、まだ基地の中だった。だが、そんなに長くはいねえと思うぞ。なにしろ、あのセイロスだからな」
セイロスの進撃が非常に素早いことを、彼らはよく知っています。
すると、セシルが納得したように言いました。
「フルートだけはジャックと共にゾルゾルー侯爵領のワルラ将軍のところへ飛んだのか。なるほど、それでさっきの報告とつながった」
「あら、何か報告があったの?」
とルルが聞き返したので、セシルは答えました。
「深緑の魔法使いがロムド城に戻って、ワルラ部隊の様子を知らせてくれたんだ。部隊の兵士の半数は戦死してしまったが、ワルラ将軍はフルートのおかげで一命を取り留めたらしい」
その話に勇者の一行はほっとしました。負傷したワルラ将軍のことを、全員が心配していたのです。
すると、銀鼠がオリバンに言いました。
「殿下、敵がここを通過しようとするのは時間の問題です。早く迎撃態勢を整えなくては」
タニラもセシルへ言いました。
「隊長、私たちにご命令ください。ナージャの女騎士団二百騎、ただちに配置について敵を迎え撃ちます」
「二百騎? ナージャの女騎士団がそっくりここに来てるのかい?」
とメールが驚くと、セシルとタニラが答えました。
「義母上がメイから派遣してくださったのだ。ロムド国を守るようにとな」
「我々は今でもセシル様だけを我々の隊長と仰いでいる。隊長が嫁がれるロムド国は、我々にとっても、もうひとつの故郷だ」
やっと一緒になれた上司と部下は笑顔になっていました。他の女騎士たちもきっと同じように喜んでいるに違いありません。
ゼンは銀鼠と灰鼠、河童の三人の魔法使いを見回しました。
「おまえらが揃ってるってことは、赤の魔法使いもここにいるのか?」
彼らは全員、赤の魔法使いの部隊に所属しています。
灰鼠は首を振りました。
「隊長はロムド城を守っている。ぼくたちはセイロスに有効な魔法を使えるし、奴との戦いにも慣れているっていうんで、特別軍に抜擢されたんだ」
「特別軍?」
とルルが聞き返すと、今度はオリバンが答えました。
「所属の部隊を超えて編制された特別な軍隊だ。おまえたちにとって懐かしい者たちもいるぞ。ゼンには特にそうだ」
「俺に懐かしい奴?」
ゼンが目を丸くしたとき、谷川を挟んだ反対側の山の斜面から、急に太い声が響いてきました。
「さっき鳴子が鳴ったぞ! 敵か、王子――!?」
斜面の森の中から数人の男たちが下りてくるところでした。全員背は低いのですが、肩幅の広いがっしりした体格をしていて、赤い髪に胸まで届く赤いひげをしています。彼らはゼンとよく似た毛皮の上着を着て、ゼンと同じように弓矢を背負っていました。馬に乗るように大きな鳥にまたがって、急な斜面を駆け下ってきます。
「え、マジか!?」
とゼンは驚いて声をあげました。やってきたのはゼンの故郷の北の峰に住む、仲間のドワーフ猟師たちだったのです。
ドワーフたちもそこにゼンたちがいるのを見て驚き、駆け寄ってきました。
「なんだ、ゼンじゃないか!」
「それにお嬢ちゃんたちも! 久しぶりだな!」
「いつのまにここに来たんだ?」
「今の鳴子はおまえたちか?」
「元気そうだな、よかった!」
ドワーフ猟師は全部で九人いました。一番最後に下りてきた猟師がゼンの前に降り立って尋ねます。
「おまえたちだけか? フルートはどうした?」
他のドワーフたちは赤い髪とひげですが、このドワーフだけは茶色の髪とひげをしていました。ゼンの父親でドワーフ猟師の組頭のビョールです。
親父、とゼンは一瞬顔をほころばせ、すぐに真面目な顔になって言いました。
「フルートはワルラ将軍たちを助けるために別行動だ。でも、もうそれも終わったらしいから、もうじき合流するぜ」
彼らはフルートが将軍たちを助け終えた後に倒れたことを、まだ知りません──。
そうか、とうなずくビョールにゼンは聞き返しました。
「それより、どうして親父たちがここにいるんだよ? オリバンたちと一緒にここを守ってんのか?」
「そうだ。ジタン山脈の仲間たちと協力して作っていた防具や武器が完成したから、ロムド城まで届けに来たんだが、王子たちが飛竜部隊の襲来に備えて出撃するところだったから、俺たちも参加することにしたんだ。王子たちは力を必要としていたからな」
「力を? なんで?」
とゼンは不思議がりました。ドワーフは確かに怪力の民ですが、空を飛ぶ飛竜にはあまり効果がないはずです。
すると、仲間の猟師たちがてんでに山の斜面を指さして見せました。
「そら、あれだよ」
「俺たちはあいつを山に据えつけてたのさ」
ゼンは示された場所へ目をこらし、え、とまた驚きの声をあげました。すぐにメールの腕を引きます。
「花鳥を飛ばせてくれ! あっちだ、早く!」
「な、なんなのさ、急に……!?」
メールは面食らいながらも、傍らで待っていた花鳥にゼンを乗せて、ゼンが言う場所へ飛びました。冬でも葉を落とさない森は、雪が降り積もって巨大な雪の天井のようになっていましたが、花鳥が羽ばたきながら近づくと枝が揺れて、雪が落ちていきました。その間から斜面に置かれた巨大なものがのぞきます。
「あれ? これってまさか――」
見覚えのあるものに、メールも驚きました。
ゼンが花鳥から身を乗り出して、声をあげます。
「やっぱりだ! ピランじいちゃんの大いしゆみじゃねえか!!」
雪が積もった地面の上に、木と石の台座に据え付けられた巨大ないしゆみがあったのです。金属でできた弓には金属製の太い弦が張られ、金属のロープで巻上機につながっています。
「どうしてこれがここにあんのさ? 大いしゆみは昨日、湖の戦いで全部壊れちゃったはずだろ?」
とメールは言いました。森の木々が密に生えているので、花を崩して鳥を二回りくらい小さくして、いしゆみのそばに舞い降ります。
ゼンはいしゆみに駆け寄り、ひととおり調べてから言いました。
「こいつはやっぱりピランじいちゃんのいしゆみだ。だが、俺が撃ったやつより新しい。できたばかりの新品だぞ」
そこへ谷から走り鳥で猟師たちが駆け上がってきました。
「今、いしゆみを撃ったと言ったか、ゼン?」
とビョールに訊かれてゼンはうなずきました。
「フルートの作戦だよ。飛竜を何頭か撃ち落としたぜ」
そこへセシルと共にオリバンも大狐で駆け上がってきました。
「これはピラン殿がロムド城の作業場で造り上げた大いしゆみだ。全部で七台ある。おまえたちがエスタ城の大いしゆみを魔法で現場に運んだ、という報告を聞いていたので、我々も魔法軍団に命じてここまで運ばせたのだ。だが、これを発射させるのには大変な力が必要だ。そこでドワーフたちに頼み込んで我々と来てもらったのだ」
へぇ、とゼンとメールは感心しました。
「いしゆみを石ころにして運ぶってのは、深緑さんとフルートのアイディアなんだぜ。これにも力のルビーは組み込んでねえんだな。だとしたら人間の力じゃ発射できねえ。俺たちドワーフの出番だ」
「そういうことだ」
とビョールが重々しくうなずきます。
そこへゼンとメールの耳にポポロの声が聞こえてきました。
「ねえ、タニラさんや銀鼠さんたちが気を揉んでいるわ。早く砦に戻ってセイロスの襲撃に備えないと」
「おっと、そうだった」
「こんなところで油を売ってる場合じゃなかったよね」
とゼンとメールは言うと、ドワーフやオリバンたちと一緒にまた谷へと下っていきました――。