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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第20章 防衛線

71.防衛線・1

 朝日が昇って冬の谷間を照らし始めました。谷底には細い川が流れていますが、その両岸はわずかな平地になっていて雪におおわれています。日の光が谷間に差し込むにつれて、雪がきらきらと輝き始めます。

 白銀の大地を踏んで、いぶし銀の鎧兜の人物が歩いていました。腰には大剣と長剣を下げ、濃緑のマントをはおって金のブローチで留めています。ロムド国の皇太子のオリバンでした。白い息を吐きながら、川沿いに谷を登っていきます。

 すると、後ろから白い鎧兜に濃緑のマントの女性が追いかけてきました。セシルです。婚約者に追いつくと、肩を並べて歩きながら話しかけます。

「城からユギル殿の連絡が届いた。引き続きこの場所を守り続けるべし、と占いに出たそうだ」

 オリバンは足を止めると、今来たほうを振り向きました。川が流れる谷の両側は険しい山になっています。ここはミコン山脈のロムド国側の麓でした。谷が曲がりくねっているので見通しは利きませんが、谷の出口付近には彼らロムド軍の砦が築かれています。

 オリバンは言いました。

「フルートたちが伝えてきた敵の進軍ルートは、ここを通過してロムド城に向かうようになっている。実際、エスタ国からはこの谷間が一番距離が短くて幅も広い。セイロスの飛竜部隊がここを通過していくのは間違いないだろう」

 セシルはうなずきました。

「この谷川は上流でいくつもの滝になっているから、徒歩や馬で通るのは困難だが、飛竜にはなんでもない。飛竜部隊の通り道にはうってつけだ」

 すると、オリバンはおもむろに腕組みをしました。考え込みながら話し続けます。

「エスタ国側ではフルートたちが敵の進軍を食い止めようとしている。それにもかかわらず、ユギルがここを守り続けろと言うのだから、フルートたちにもセイロスと飛竜部隊を止めることは難しいのだろう。だから我々がここに来たわけだが」

 彼らはフルートから総指揮官とその副官を押しつけられてから、ずっとロムド城で連合軍の指揮をとってきたのですが、ユギルが防御を強化するように言ったので、特別軍を率いてロムド国の南東の国境付近までやってきたのでした。セイロスが率いる飛竜部隊をここで壊滅させるのが目的です。が――

 セシルはディーラの方角を眺めながら言いました。

「ユギル殿はこの砦にロムド城の四大魔法使いを派遣させようとしなかった。深緑殿はエスタ国内にいるが、他の三人は全員ディーラを守っている。それはつまり、セイロスがまたディーラを襲撃する可能性があるということだ」

「この防衛線を突破してな」

 とオリバンが重々しく言ったので、セシルは黙り込んでしまいます。

 

 すると、川下から一頭の馬が雪を蹴散らして駆け上がってきました。オリバンとセシルの前で停まると、背中から白い鎧兜の女性が飛び降りてひざまずきます。

「隊長、オリバン殿下、ロムド城から連絡です!」

 隊長、と呼ばれたセシルが応えました。

「城からは先ほど連絡が入ったばかりだ。何事だ、タニラ?」

 駆けつけてきたのは、ナージャの女騎士団の副隊長でした。たくましい体つきに浅黒い肌の彼女は、真剣な表情で報告を続けます。

「深緑の魔法使い殿がロムド城にお戻りになりました。敵の飛竜部隊が、エスタ国のゾルゾルー侯爵領でワルラ部隊に大打撃を与えたそうです」

「なに!?」

 セシルとオリバンは顔色を変えました。

「大打撃とはどの程度だ!? ワルラ将軍はご無事か!?」

「はい、将軍は重傷を負いましたが、勇者殿のおかげで快復されたそうです。ただ、将軍の部隊は半数が戦死したと――」

 ワルラ将軍が無事だと知って一瞬ほっとした二人は、被害の大きさにまた顔色を変えました。

「ワルラ部隊は我が軍でも特に勇敢で強力な精鋭揃いだぞ! それが半分もやられたというのか!?」

「深緑殿やフルートも一緒にいたのに、それほどの被害が出たのか……」

 オリバンは身震いして怒り、セシルは呆然とします。

 タニラは戦闘の詳細までは報告を受けてはいなかったので、いっそう頭を低くしながら先を続けました。

「深緑の魔法使い殿からの伝言です。セイロス軍はエスタ国内の防衛線を突破して、まもなくロムド国へ侵入する、充分警戒されたし、とのことです」

「深緑殿もディーラの守備に就いたのだな」

 とセシルはつぶやきました。四大魔法使いが四人とも王都を守っているのですから、やはりセイロス軍がそこまで進んでいく可能性は高いのでしょう。自分たちの未来を予言されたようで、思わず背筋が寒くなります。

 

「砦に戻るぞ。迎撃準備だ」

 とオリバンがきびすを返したときです。突然、谷の両脇から音が湧き起こりました。

 カランカランカラン……ガランゴロンガランガラン……

 オリバンもセシルもタニラも、いっせいにはっとしました。

 それは谷の上の見張り台から森の中に張り渡された鳴子(なるこ)でした。長い綱にぶら下げられた無数の板が揺れてぶつかりあっています。角笛では敵に気づかれるので、敵を発見したらこれを鳴らして警戒を呼びかけることになっているのです。

「来たか!」

 とオリバンはセシルと共に砦へ駆け戻ろうとしました。

「これをお使いください――!」

 とタニラは自分の乗ってきた馬を差しだそうとします。

 すると、谷川からいきなり水しぶきが上がって、水の上に小柄な人物が顔を出しました。青緑の衣を着ていて頭には丸い皿があります。ロムドの魔法軍団に所属する河童(かっぱ)でした。川の中から呼びかけてきます。

「殿下、妃殿下、見張り台の銀鼠(ぎんねず)と灰鼠(はいねず)が、谷の向こうから大っきな鳥っこみてぇなヤツが飛んで来るって言ってるだ! 偵察に来た飛竜かもしんねえ!」

「やはりそうか! 河童、銀鼠たちに迎撃するように伝えるのだ! 偵察をセイロスの元へ戻らせるな!」

「ぎょ、御意だで」

 河童がオリバンへ返事をしたとき、鳴子が鳴り出したときと同じように、いきなり鳴り止みました。板がぶつかりあう音の余韻が森の奥に消えていくと、後はしんとした静寂が広がります。

 全員は緊張しました。

「まさか、銀鼠と灰鼠が……?」

 悪い予感にセシルが青ざめます。

 

 すると、谷の上のほうから羽音が聞こえてきました。ばさり、ばさりという音がこちらへ近づいてきます。

「来たな」

 オリバンは声を落とすと、セシルへ目配せしました。セシルは承知して腰に下がる銀の筒へ呼びかけます。

「出てこい、管狐」

 たちまち管から五匹の小狐が飛び出し、合体して巨大な狐に変わりました。セシルとオリバンを背中に乗せると、すっくと立ち上がって羽音のほうを振り向きます。

 オリバンが言いました。

「飛竜が現れたら即座に飛び上がれ。背中の乗り手を狙うぞ」

 その手には抜き放たれた大剣が握られていました。セシルもうなずいて腰のレイピアを抜きます。

 地上ではタニラが馬につけていた弓矢を外していました。太い木の陰から谷の川上へ狙いをつけます。

 河童も川の中で流れに呼びかけていました。

「水っこ、竜が来たら飛んでいくだぞ。頭を直撃してたたき落とすだ」

 ばさり、ばさりと羽音が川上から迫ってきます――。

 すると、谷川の曲がり角からいきなり空飛ぶものが現れて甲高い声をあげました。

「違います、殿下! 敵ではありません! 攻撃なさらないでください!」

 女性の声です。

 それは魔法軍団のひとりの銀鼠でした。空飛ぶ絨毯に乗っていて、後ろには弟の灰鼠も座っています。二人はそれぞれ少し色合いの違う灰色の長衣を来て、炎のように赤い髪を風になびかせていました。火の神アーラーンの力で火の魔法を使う姉弟です。

 絨毯に続いて曲がり角から現れたのは、巨大な緑の翼でした。ばさり、と音を立てながら谷のこちら側に入り込み、大きな鳥の姿を現します。とたんに、ぷんと花の香りが谷に漂いました。鳥は花と植物の蔓でできていたのです。

「花鳥――メールか!?」

 とオリバンが言ったとたん、鳥の背中から当のメールがひょいと顔をのぞかせました。目を丸くしながら言います。

「ホントだ、オリバンとセシルがいる。なんでこんなところに? ロムド城にいるはずじゃなかったのかい?」

 すると、メールの後ろからゼンも頭を出して言いました。

「お、そこにいるのはタニラじゃねえか。ロムドに来てたのか」

 そこへ、ごぅっと音を立てて、ルルに乗ったポポロも現れました。ルルが川の中の河童を見つけて笑います。

「本当だわ。懐かしい顔がここに揃っていたのね。素敵じゃない?」

 ポポロは何も言いませんでしたが、顔なじみの人たちを見て、やはりにこにこしています。

 地上の一同は呆気にとられました。

「おまえたち――」

 と言ったきり後が続かなくなったオリバンの代わりに、セシルが尋ねます。

「おまえたちこそ、どうしてここにいるんだ!? セイロスや飛竜部隊はどうした!?」

 とたんに勇者の一行は笑顔から真剣な表情に変わりました。

「話すと長い。まず下に降りるから待ってろ」

 とゼンが言い、花鳥とルルは谷底の友人たちの元へ舞い降りていきました――。

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