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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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70.救助

 ジャックがフルートを連れて戻ってきたので、ワルラ部隊の兵士たちは飛び上がって喜びました。誰もがどこかしらに怪我を負っていたのですが、自分のことは後回しで、フルートを天幕へ引っ張っていきます。

「将軍はこちらです、勇者殿!」

「高熱がずっと下がらないし、傷もひどいし!」

「将軍はお命も危険な状態なんです!」

「早く! 将軍のところへ早く──!」

 ガスト副官も一緒になって天幕に向かいましたが、深緑の魔法使いは後に残ってジャックに話しかけました。

「姿が見当たらんから助けを呼びに行ったのだろうとは思うたが、勇者殿を呼びに行っとったとはな。よう連れてきたの。明日だったら、将軍は助からなかったかもしれん」

 降りしきる雪の中でジャックはしきりに涙を拭いていました。

「途中でひどい吹雪になったもんだから、ポチが飛べなくなって地上を走ってきたんです。あいつが『必ず間に合わせる』って言いやがるから、それを信じて走ってきたけど、もう間に合わないんじゃないかと気が気じゃなかった……」

 いくら拭っても、涙はなかなか止まりません。

「ようやった、ようやった。将軍はもう大丈夫じゃ。おまえさんのお手柄じゃよ――」

 と老人は優しくジャックの背中をたたきましたが、すぐに真剣な表情に変わりました。声を落として尋ねます。

「勇者殿たちはバム伯爵領の基地を守っとったはずじゃ。あっちはどうなっとる? セイロスと飛竜部隊は? あっちには行っとらんかったのか?」

 ジャックも顔色を変えると、それが、と口ごもりました。天幕に消えていくフルートの背中を見ながら言います。

「あいつは湖の上で激戦を繰り広げた直後でした。敵は――」

 

 そのとき、天幕のほうから大きな歓声が湧き上がりました。天幕の入り口の布が跳ね上げられて、中から濃紺の防具の老将軍が現れたからです。将軍は自分の両脚で立っていました。将軍の後ろから金の石を握ったフルートが出てきます。

「将軍!!」

 とジャックと魔法使いが駆けつけると、天幕からガスト副官も現れました。安堵の表情で兜を脱ぐと両目が現れます。副官もフルートに目を治してもらったのです。

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

 とワルラ将軍は言いました。その声も元通りの力に満ちあふれています。兵士たちはいっせいにまた歓声を上げました。すっかり日が暮れて暗くなった中、かがり火が彼らを明るく照らします。

 すると、将軍はフルートを振り向いて言いました。

「大変な中を駆けつけてくれた勇者殿に厚かましい願いとは承知しているのだが、聞いていただけるだろうか。わしやガストはこうして元通り元気にしてもらえたが、他の部下たちは皆、大怪我を負ったままだ。彼らも勇者殿の力で元気にしてはもらえんだろうか」

「もちろん」

 とフルートは即座に答えて、集まっているロムド兵を見回しました。ざっと数えただけでも百名近くいますが、骨折したり血染めの布を巻き付けたり、どこかしらに重傷を負っています。中には将軍と同じように脚を潰された兵士もいて、瓦礫の間に敷かれた布の上に横たわって、息も絶え絶えになっていました。

「ひとりずつでは間に合わないな」

 とフルートはつぶやくと、おもむろにペンダントを高く掲げました。すぅと息を大きく吸うと、念を込めて叫びます。

「光れ、金の石! みんなを治してくれ!!」

 とたんに魔石が強く輝きました。金の光がふくれあがり、爆発するように広がって、人と瓦礫を照らします――。

 

 光がおさまったとき、兵士たちの怪我は跡形もなくなっていました。骨を折っていた者は骨がつながり、傷を負っていた者は傷が消え、手足や目を失った者さえ、また元通りの体に戻っていたのです。

 兵士たちは割れんばかりの歓声を挙げ、共に抱き合い、躍り上がって喜びました。フルートを連れてきたジャックは、皆から感謝されてもみくちゃにされます。

 けれども、フルートはその様子を見てはいませんでした。前屈みに自分の体を抱き、脂汗を垂らしてじっと歯を食いしばっています。金の石が輝いたとき、突然願い石の精霊が現れて彼の肩をつかんだのです。おかげで大勢が一度に癒やされましたが、流れ込んだ力に体の内側を焼かれて、フルートは激痛に襲われていました。足元でポチが心配そうに見上げています。

 すると、大騒ぎしていた兵士のひとりが急に瓦礫を指さしました。

「そこにも誰かいるぞ!?」

 崩れ落ちて重なった石や木の間から、助けを求める声が聞こえてきたのです。

 そばにいた兵士たちがたちまち集まり、瓦礫の下から仲間を助け出しました。彼は瓦礫の下敷きになって脱出できなくなり、声も出せずに死にかけていたのですが、金の石の光が瓦礫の隙間にも差し込んだので、また息を吹き返したのでした。フルートが駆けつけて金の石を押し当てたので、傷も治って完全に元気になります。

 フルートはまだ全身が痛んでいましたが、それを隠して兵士たちに呼びかけました。

「瓦礫の下でまだ生きている人がいるかもしれません! 大急ぎで見つけてください! その人たちも助けます!」

 そこで兵士たちは瓦礫の中に生存者を探し始めました。もうすっかり暗くなっていたので、松明の灯りで瓦礫の隙間を照らし、生きている者はいないか呼びかけます。

 すると、本当にあちこちから返事があって、生き埋めになっていた兵士が見つかりました。ポチも駆け回って匂いで生存者を発見しました。人の手では動かせないような瓦礫は深緑の魔法使いが取り除き、フルートが負傷者を治します。

 ところが、そうしているうちに、瓦礫の下からゾルゾルー侯爵が見つかりました。侯爵と家来の兵士たちは基地の中に監禁されていたので、基地の崩壊に巻き込まれてしまったのです。侯爵はすでに息絶えていて、金の石でも生き返らせることはできませんでした。

「味方の領主もお構いなしに殺したか。闇の主らしいやりようだな」

 とワルラ将軍が厳しい顔で言います。

 

 その後も多くの兵士たちが救出され、ワルラ部隊は最終的に百二十名ほどになりました。この場所へやってきたときには二百三十名の部隊だったのですから、半数近くが亡くなったのですが、それでもこの状況から見れば奇跡的な生存者でした。しかも、ひとり残らず怪我が治って元気になっています。

 ワルラ将軍はフルートの前へやってくると、分厚い胸に腕を押し当てて敬意を表しました。

「勇者殿のおかげで多くの部下たちが救われました。まこと感謝いたします」

 フルートは微笑して首を振りました。ぼくは別に、と言いたげでしたが、将軍はかまわずに話し続けました。

「今度は我々が勇者殿を手伝う番です。あの男と飛竜部隊はどうなりましたか? 勇者殿がここに来ることができたということは、連中を撃退できたと見て良いのですかな?」

 フルートはたちまち微笑を消しました。うつむいて言います。

「バム伯爵が死んで、伯爵の息子が新しいバム伯爵になりました。彼はエスタ国王軍から基地を奪い返すと、セイロスと飛竜部隊を招き入れたんです。彼らはまだ基地にいます」

 将軍も、一緒に話を聞いていたガスト副官やジャックや深緑の魔法使いも、いっせいに顔色を変えました。

「では、ゼン殿たちは? あの男とにらみ合っているのですかな?」

 と将軍が尋ねます。

「いいえ。先回りをして、ロムド国内で敵を待つように言いました。ぼくもこれから合流します」

 フルートの返事に将軍たちは絶句しました。フルートが予想以上に大変な状況の中で駆けつけてくれたのだと理解したのです。

「では、我々も急ぎロムドへ向かいましょう。連中の最終的な目的はディーラの都と陛下のお命だ。決して奴に渡すわけにはいきません」

 力強く言うワルラ将軍に、フルートはまたうなずきました。

「ぼくは先に行きます。ロムドでまた会いましょう」

「ロムドでまた」

 と将軍たちもうなずき、深緑の魔法使いはすぐに自分の杖を掲げました。

「そうとなれば、わしは勇者殿より先にロムドへ戻らせてもらいましょう。城や陛下が心配ですからの。お先に」

 言うが早いか杖で地面を突くと、足元から深緑の光が湧き上がって、老人はその中に消えていきました。便利な抜け駆けに、将軍がうらやましそうな顔をします。

 

「それじゃ、ぼくも行きます」

 とフルートは言って彼らから離れました。

 先に走っていったポチが、かがり火の光の中で巨大な風の獣に変身します。

 ところが、ポチに向かっていたフルートの歩みが何故かゆっくりになりました。瓦礫の間に立ち止まると、夜空を見上げるように上を向きます。

「ワン、どうしたんですか? 急がないと」

 とポチが不思議に思って声をかけると、フルートの体が急に大きく揺らめきました。膝が力を失い、崩れるようにその場に倒れてしまいます。

 仰天したポチは犬に戻って駆け寄りました。将軍やジャックたちも驚いて駆けつけます。

「ワンワン、フルート! フルート!?」

「勇者殿! どうされた、勇者殿!?」

 呼ばれても揺すぶられても、フルートは閉じた目を開けませんでした。息はしていますが、体は力なく揺れるだけです。

 フルートはこの日、湖の上でセイロスと激闘を繰り広げ、バム伯爵の城から投げ落とされた隊長や兵士たちを大勢助け、ジャックと共にここに駆けつけてからも、また大勢の命を救いました。金の石も数え切れないほど使ったので、とうとう力尽きて気を失ってしまったのです。

 雲におおわれた夜空から、一度やんだ雪がまた降り出していました――。

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