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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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68.救援要請

 バム伯爵に崖の下へ突き落とされたエスタ国王軍の隊長は、かろうじて一命をとりとめました。崖の途中に生えた木の枝にぶつかったおかげで即死を免れ、フルートの金の石に助けられたのです。

 フルートたちは城から吹き飛ばされたエスタ国王軍の兵士たちもできる限り助けようとしましたが、全員を救うことはできませんでした。二百名ほどいた兵士たちはほぼ半分にまで減り、その彼らもすっかり意気消沈していました。体の傷は金の石で癒やせても、バム伯爵とセイロスに敗れた屈辱と恐怖は消し去ることができなかったのです。

 落ち込んでいたのは隊長も同様でした。作戦が始まるまでは若すぎる勇者たちに懐疑的で、なにかとフルートに逆らうようなことばかり言っていた人物だったのですが、今はすっかり肩を落として、フルートたちの質問にも素直に答えていました。

「バム伯爵の長男はオルゼルというのだが、父親が急死した、と言って見張りを呼びつけたのだ……。本当にバム伯爵が死んでいたので、見張りは私を呼んだ。我々が伯爵を調べていたら、それまで泣き崩れていたオルゼルが突然見張りの剣を奪って、私を人質に取ったのだ。まことに……まことに面目ない――」

 隊長が悔し泣きを始めたので、ゼンは肩をすくめました。

「しょうがねえだろ。まさか伯爵が死ぬなんて思わなかったんだからよ」

「自殺かな? ひょっとして、息子が父親を殺したとか?」

 とメールが恐ろしいことを言ったので、ポポロは青くなりました。

 フルートが冷静に答えます。

「バム伯爵はこちらに寝返ろうとしたのかもしれないな。先に急死したジャーガ伯爵は、セイロスを裏切ったら即死する呪いをかけられていた。バム伯爵にも同じ呪いがかけられていたのかもしれない」

「オルゼルって息子は、それを承知でセイロスについたわけ? 父親の仇だっていうのに! いったい何を考えてるのかしら!」

 とルルが鼻の頭にしわを寄せたので、ポチが言いました。

「ワン、自分が出世するチャンスだと思ったんだよ。お父さんのバム伯爵はエスタ王を裏切っていたから、他に出世の道はないと考えたんだろうな」

「だからってセイロスと手を組むなんて言語道断じゃない! 悪魔と手を組んだのと同じことよ!」

 とルルは怒り続けます。

 

 メールが基地や城がある崖を見上げて言いました。

「これからどうしたらいいんだろね? セイロスたちは飛竜を休ませたらまたロムドへ飛んで行くよ。早くなんとかしないと大変なことになるじゃないか」

「中にセイロスがいるんだから、忍び込んでやっつけるってのは相当難しそうだよな。ポポロの姿隠しの肩掛けも破れてなくなっちまったしよ」

 とゼンは腕組みしましたが、名案が全然浮かばなかったので、フルートの背中をたたきました。

「そら、どうしたらいいか言えよ! その通りにするからよ!」

 フルートも指を口元にあてて考えていましたが、そう言われて仲間たちを見回しました。ちょっとためらってから、こう言います。

「飛竜部隊をここで撃退するのはあきらめよう。先へ進むんだ」

 仲間たちはびっくり仰天しました。フルートの言うとおりにする、と言ったはずのゼンも、思わず聞き返してしまいます。

「セイロスたちをやっつけねえって言うのか!? この先へ行ったら、もうロムドに入っちまうんだぞ!」

「うん、そうなる。でも、セイロスのほうでも基地の中で襲撃に充分備えているんだ。そこへ攻め込もうとすれば激しい反撃に遭う。そうこうするうちに、セイロスたちは元気になった飛竜で先に飛んでいってしまうんだよ――。敵を防ぐときには、敵の後を追いかけていたんじゃだめだ。先回りをして、敵がやってきたところをたたかなくちゃいけないんだよ」

 フルートの説明に仲間たちは考え込んでしまいました。理屈はわかりましたが、目の前の基地にいるセイロスたちをほったらかしにして本当に大丈夫なんだろうか、と不安になったのです。

「ポポロの魔法は明日の朝になれば回復するじゃないか。それを使って基地に忍び込んで、飛竜部隊をたたくほうがいいんじゃないのかい?」

 とメールに言われて、ポポロは自分の両手を見つめます。

 

 ところがそのとき、背後の森の中で騒ぎが起きました。死亡した仲間を埋葬していた兵士たちが、殺気だった声をあげています。

「貴様、何者だ!?」

「我々を国王軍と知っているのか!? なんの用だ!?」

 厳しい誰何(すいか)に誰かが答えていました。とたんにポチとルルが耳をぴんと立てました。

「ワン、あの声はジャックですよ!」

「私たちを探してるわよ! 何か緊急事態みたい!」

 一同は驚き、騒ぎのほうへ走りました。兵士ともみ合っているジャックを見つけてフルートが言います。

「彼は大丈夫だ! ロムド軍の兵士で、ぼくたちの仲間なんだ!」

「フルート!!」

 とジャックのほうでも声をあげると、取り囲んでいた兵士たちを押しのけて駆けつけてきました。怪我はありませんが息を切らしています。防具は泥まみれで、長い距離を移動してきたように見えました。

「どうしたんだよ、そんなにあわてて?」

「ワン、走ってきたんですか? 馬はどうしたんです?」

 とゼンやポチに訊かれて、ジャックは答えました。

「馬が途中で倒れたから、後は走ってきたんだよ! フルート! 頼むからワルラ将軍のところに行ってくれ! 将軍が――将軍たちが大変なんだ――!」

 

 ワルラ将軍の部隊がゾルゾルー侯爵領の基地でセイロスから壊滅状態にされ、将軍やガスト副官が重症を負った話を聞かされて、フルートたちは青ざめました。セイロスと飛竜部隊がここまで来たので、ワルラ将軍の防衛線が突破されたことはわかっていましたが、それほどの被害が出ているとは思わなかったのです。

 ジャックはフルートの肩をつかんで言い続けます。

「ヤツは魔法を使って基地を一瞬で破壊したんだ! 将軍は両足がめちゃくちゃに潰れているし、ガスト副官も片目が見えなくなってる! 深緑殿にも完全には治せないんだ! このままじゃ将軍は二度と戦えねえ! 頼む、フルート! おまえのその金の石で将軍を治してくれ!」

 ジャックから懇願されて、フルートは困惑しました。彼らは飛竜部隊を倒すために、先回りするか基地に侵入するかを相談している最中でしたが、そこに、後戻りしてワルラ将軍たちを助ける、という選択肢も出てきてしまったのです。将軍たちを助けたいのは山々でしたが、その間にセイロスたちが出発してしまえば、今度はロムド国で大変な事態が起きることになります――。

 即答できないフルートを、ジャックは揺すぶりました。

「なんだよ! なんで黙ってるんだよ!? てめぇ、まさか将軍を助けたくないなんて言うんじゃねえだろうな!?」

「そんなことはない! 今すぐ助けに行きたいに決まってる! ただ――」

 フルートが言いよどんでしまったとき、ポポロが急に息を呑みました。彼女は遠い目でジャックがやってきた方角を見ていました。はるか彼方にあるゾルゾルー侯爵領の基地を透視して、そこの光景を見てしまったのです。

「ひどい……基地が崩れ落ちているわ……。大勢の兵士が落ちたり下敷きになったりしているわよ……」

 と涙を浮かべながら言いますが、突然青ざめてフルートにしがみつきました。

「ワルラ将軍が大変! ものすごい顔色で苦しんでるの! 足の傷から毒が回ったんだわ!」

 ジャックがフルートたちのところへ到着するまでに、丸一日が過ぎていました。その間にワルラ将軍の容態が急変して、命にも関わる状態になっていたのです。

 一同が呆然とする中、フルートは即座に決心しました。自分にしがみついていたジャックとポポロを押し戻すと、全員に向かって言います。

「ぼくはワルラ将軍を助けに行ってくる。ポチ、ぼくとジャックを乗せてくれ。他のみんなは先回りをしてロムドに行くんだ。国王陛下は国内の防衛を強化するとおっしゃっていた。エスタとの国境近くに必ず砦(とりで)があるはずだ。そこへ行って、セイロスと飛竜部隊がやってくることを伝えるんだ。ぼくもワルラ将軍を助けたらすぐにそっちに向かう」

「わかった。気をつけろよ」

 とゼンが答えました。フルートがいない間のリーダー役は彼です。

「花鳥にも、もうちょっとがんばってもらわなくちゃね」

 とメールはアーベン城から一緒に来た花を呼び集めて巨大な鳥に変えます。

 

 フルートは少し離れた場所にゼンを引っ張っていってささやきました。

「ポポロを頼む。ぼくが戻るまで、絶対にセイロスとは対決しないでくれ」

 ゼンは思わず肩をすくめました。

「俺たちだけでセイロスに対抗できると思うのか? そう言うおまえこそ、途中でセイロスたちに出くわしても、勝手に戦ったりするんじゃねえぞ。とっととやることやって、俺たちのところに戻ってこい」

「わかった」

 とフルートは苦笑しました。仲間たちを心配しても、いつもそれ以上に心配されてしまうのがフルートです。

「よし、それじゃまた後で!」

 と言って、勇者の一行は二手に分かれました。フルートとジャックを乗せたポチは、ゾルゾルー侯爵領がある北東へ、ゼンとメールを乗せた花鳥とポポロを乗せたルルは、山間の谷を抜けながらロムド国のある北西へ、それぞれに飛んでいきます。

 そんな様子を一羽のカラスが森の木の枝から眺めていました。黒い鳥は頭を動かして二つの方角を見比べ、やがて翼を広げると、北西の谷間へと飛んでいきました――。

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