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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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65.裏切り

 フルートたちが湖の上でセイロスや飛竜部隊と激戦を繰り広げていたとき、バム伯爵と伯爵の息子は城の窓からその光景を眺めていました。伯爵の城は湖の奥の山の麓に建っています。フルートたちやエスタ国王軍に城を制圧され、伯爵と息子は幽閉されましたが、そこが高い塔の上の部屋だったので、窓から湖が一望できたのです。

 湖までは距離があったので、飛竜部隊は首の長い鳥の群れのようでした。そこへ羽虫のような風の犬が飛び込むと、飛竜たちが大混乱に陥ります。フルートが飛竜を次々撃墜したからです。どんな攻撃をしているのかまでは見極められませんが、フルートに追いかけられた飛竜は、じきに燃えながら湖に落ちていきます。

 その光景にバム伯爵は顔色を失いました。

「あの男と飛竜部隊が押されているぞ! 信じられん! 敵はたったあれしかいないというのに! 金の石の勇者はそんなに強いというのか!?」

 伯爵の隣に立つ息子はもう成人でした。父親は太って丸い体型をしていますが、こちらは背が高くて細身です。丸い眼鏡の奥から湖の戦いを眺めて言います。

「金の石の勇者がエスタを殺人鬼から救った話は有名です。事実に尾ひれがついて大袈裟になったのかと思っていたのですが、決して大袈裟ではなかった、ということのようですね」

 驚きや恐怖より好奇心を強く感じさせる声です。

 バム伯爵は窓枠を強く握りました。

「まさか、彼らが金の石の勇者に敗れるようなことはないだろうな!? あれほどの数の飛竜がいるんだ! そんなわけは――」

 

 そのとき、湖全体が急に光り始めました。得体の知れない緑色の光が凍った湖面に広がって輝き出します。何事かと伯爵父子が見守っていると、凍った湖面がきらめきながら砕けて浮き上がり、上空にいた飛竜部隊へ飛んでいきました。まるで無数の矢のようです。

 伯爵父子は仰天して立ちすくみました。あれほどたくさん飛んでいた飛竜が、氷の矢に貫かれて墜落していきます。湖に落ちた飛竜は、飛び立てなくて水中でもがいています。

「飛竜は泳げないのか!」

 と伯爵の息子は声をあげました。無敵に見えていた飛竜にこんな弱点があったなんて、と驚きます。

 伯爵のほうは青ざめてよろめきました。窓際にあった椅子につまづき、そのまま座り込んで震え出します。

「あ、あの男が負けたのか……? あれほどの魔力の持ち主も、金の石の勇者にはかなわなかったというのか? そんな……そんな馬鹿な……」

「あの男はまだ空にいます、父上! まだ負けてはいませんよ!」

 と息子が空にセイロスを見つけて言いました。氷の矢はセイロスの飛竜にも飛んだのですが、さすがに撃墜されたりはしなかったのです。風の獣に乗ったフルートと一騎討ちを続けています。

 けれども、バム伯爵にはもうそんな様子は目に入らないようでした。椅子の中で震えながらひとりごとを言い続けます。

「あの男が敗れたら、私はどうなる……? あの男に荷担したんだ。今度という今度は、もう左遷(させん)ではすまされないぞ……」

「何を言っているんです、父上! あの男はまだ戦っていますよ!」

 と息子は必死で言い続けましたが、伯爵は髪をかきむしりました。

「いいや、いいや! 奴の飛竜は全滅したではないか! 飛竜なしでどうやって国王軍やロムドに勝つというのだ!? 不可能だ!」

 伯爵が頭を抱え込んでしまったので、息子は困惑しました。湖の上で戦い続けるセイロスと父親を見比べてしまいます。

 

 すると、ふいに伯爵は頭を上げました。何かを思いついたように言います。

「飛竜部隊は全滅しても、あの男は勝つかもしれないんだな……? そうだ、あれほどの魔法使いなのだから、金の石の勇者にも簡単には倒せないだろう。そうなったら、どうなる……?」

「生き残りを集めてここに来るでしょう。ここには彼の基地も建っています」

 と息子は答えました。

 そうだ、と伯爵がうなずきます。

「あの男は必ずここに来る。そして、ここを拠点にして再起を図ろうとするだろう。そうだ、そうであるならば――」

 父親の顔が次第に紅潮して、声にも張りが戻ってきたので、息子はほっとしました。拳を握りしめて、父親が決断する瞬間を待ちます。

 伯爵は言いました。

「そうであるならば、あの男をここに引き入れて、国王軍に引き渡そう! そうすれば我々の罪も陛下に減じていただけるはずだ!」

 セイロスと共に戦う決意を聞かされるとばかり思っていた息子は、呆気にとられてしまいました。父親のことばを頭の中で反芻(はんすう)してから聞き返します。

「つまり……父上はあの男を裏切るとおっしゃるのですか? 金の石の勇者を退けてこの城に逃げ込んだところを、国王軍に引き渡すと?」

「このままでは我々は陛下によって処刑される。他に我々が助かる道はないのだ。やむを得ん」

 と伯爵は断言すると、立ち上がって部屋の出口に向かいました。

「何をされるのですか?」

 と息子に訊かれて答えます。

「見張りを呼んで国王軍の隊長を呼び出す。そして我々の作戦を聞いてもらうんだ」

 しかし……と息子はまた窓の外を見ました。そこではセイロスがフルートと近づいては離れることを繰り返していました。時々火花や光も空中に飛び散ります。一騎討ちはまだ続いているのです。

 伯爵が出口の扉をたたこうとします――。

 

 そのとたん伯爵が倒れました。立木のようにまっすぐ後ろに倒れると、床の上で動かなくなってしまいます。

「父上!?」

 息子は仰天して伯爵に駆け寄りました。ゆすぶり呼びかけ、口元に耳を寄せて、ぎょっと身を起こします。伯爵はすでに息絶えていたのです。

「父上が死んだ……死んでしまった……何故だ……?」

 と息子は混乱し、じきに真相に気がつきました。

「あの男を裏切ろうとしたからか。あの男は魔法使いだ。きっと、自分を裏切ろうとしたら心臓が停まるような呪いをかけていたんだ。なんと……なんという……」

 セイロスの魔力のすさまじさに、ぞぉっと背筋が寒くなっていきます。

 けれども、彼が呆然としていたのはわずかな時間でした。死んだ父親を見つめているうちに、ある作戦を思いついたのです。

「そうだ。父上の死を無駄にしてはいけない……!」

 ひとりごとを言って立ち上がると、父親に代わって出口の扉をたたき始めます。

「おぉい、誰か! 誰か来てくれ! 父上が大変なんだ! 早く来てくれ!」

 騒ぎを聞きつけて見張りが駆けつける足音が、扉の向こうに近づいてきました――。

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