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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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64.猛攻と魔法

 湖の岸の大杉の下で、ポポロは戦いを見つめていました。

 杉の木は冬でも緑の枝を張り出しているので、空から見つかる心配はありません。フルートがセイロスとぶつかり合うように斬り合い、離れてはまた切りつける様子を、彼女は息を詰めて見守っていました。それは離れていても剣の音が聞こえてくる激しい戦いでした。一瞬でも隙を見せれば切り込まれて敗れてしまう死闘です。

「フルート……?」

 とポポロは思わずつぶやきました。

 ポポロが魔法を使えるようにセイロスの注意を惹きつける、と作戦会議でフルートは言っていました。それならば、派手に戦ってみせても、いざというときにはすぐ引ける態勢をとるのが本当なのに、どう見てもフルートは全力で戦っているのです。力で押してくるセイロスへ同じ力の攻撃を返しています。

 すると、フルートがセイロスの顎の下へ剣を突き立てました。炎の剣を握っているのに、まったくためらいがありません。セイロスがのけぞって剣をかわします――。

 ポポロは思わずぞっとしました。フルートが返す刀でまた切りつけたので、息を呑んでしまいます。

 どうしたの、フルート? とポポロは心でつぶやき続けました。そんなに全力で戦う必要はないのに、どうしてそこまでやるの……?

 けれども、フルートに話しかければ集中の邪魔をして危険にさらしてしまいそうで、ポポロは何も言うことができませんでした。祈るように手を握り、戦いを見守ることしかできません。

 

 そこへルルが走ってきました。少し離れた岸に着地して犬の姿に戻り、駆けつけてきたのです。ポポロに向かって叱るように言います。

「何をしてるのよ!? フルートが戦ってるんだから、早く魔法を使いなさい!」

 あっ、とポポロはようやく我に返りました。あわてて湖の上空を見渡します。

 そこでは飛竜部隊がフルートとセイロスを取り囲んで羽ばたいていました。出陣のときには百頭あまりいた飛竜ですが、ここに到着するまでに九十頭ほどになり、今は大いしゆみやフルートの攻撃で八十頭程度まで減っていました。ただ、それでもかなりの数です。一度に倒そうと思ったら、かなり広範囲に魔法をかけなくてはなりません。

「湖にはフルートがいるわよ。岸にはゼンとメールもいるし。大丈夫ね?」

 とルルに念を押すように言われて、ポポロはうなずきました。

「ええ。できるだけ人間は巻き込まないようにってフルートに言われたから、そういう魔法を考えたの。まったく巻き込まないわけにはいかないけど、たぶん行けると思うわ」

「どんな魔法?」

 とルルは聞き返しましたが、ポポロはもう返事をしませんでした。一生懸命何かを考えながら飛竜と湖を何度も見比べ、やがて、すっと右手を前へ伸ばします。華奢な指先は空の飛竜ではなく、凍った湖に向けられていました。唇が呪文を唱え始めます。

「ヨミーウズミシリオーコ……」

 ところがそのとき、すぐそばの茂みから人が飛び出してきました。革の防具を身につけた、黒髪に黒い瞳の男です。黄色みを帯びた顔や手には無数のすり傷があります。

 それは裏竜仙境の竜使いでした。乗っていた飛竜を撃墜され、自分は氷上に放り出されて岸にたどりつき、呪文の声を聞きつけたのです。ポポロを見つけて大声を上げます。

「いたなぁ! 貴様が敵の一味か!」

 ポポロはとっさには動けませんでした。魔法はすでに指先に集まり始めています。中断するわけにいかなくて、魔法を支えたまま立ちすくんでしまいます――。

 

 すると、ルルが猛然と男に飛びかかりました。男の顔にうなりながらかみつき、倒れたところにのしかかってさらに襲いかかります。

 男は丸腰でした。飛竜に負担をかけないために、身につけている防具も軽くて簡素です。男は体中ををかまれて悲鳴を上げ、ルルを跳ね飛ばすと、頭を抱えて逃げ出しました。

 ルルは跳ね起き、空の飛竜部隊が気づいてこちらに向かってくるのを見ました。ポポロを守るために変身しようとします。

 ところが、ポポロがルルの前に飛び出しました。腕はまっすぐ前に突き出したまま、呪文の続きを唱えます。

「レナートバイーヤノリオコー」

 緑の星を抱いた光が指先からほとばしり、湖にぶつかって広がっていきました。白い氷が緑色に染まっていきます。

「なんだ!?」

「なんだ、あれは!?」

 竜使いたちは驚いて湖を見ました。氷上に緑の光が広がって、やがて湖面全体が緑色に輝き始めます。その表面に無数のひびが走っていきました。何故かいやに直線的なひび割れです。

 ピシピシという音にセイロスは振り向き、湖全体が魔法に包まれている様子を見ました。顔色を変えてどなります。

「退避しろ、飛竜部隊! それは――」

 けれどもセイロスは命令を言い切ることができませんでした。ポチに乗ったフルートがまた襲いかかり、剣を振り下ろしてきたからです。

 がぃん!

 とっさに掲げたセイロスの剣がフルートの剣と激突します。

 セイロスはそのまままた斬り合いに引き戻されました。フルートは息つく間もなく攻撃を繰り出してきます。魔法で吹き飛ばそうとしても、素早くかわされて後ろに回り込まれます。

「この!」

 セイロスは背後に魔弾を撃ち出しましたが、また金の障壁に防がれてしまいました。次の瞬間にはフルートの剣が炎の弾を撃ち出し、セイロスの障壁に激突します。フルートの攻撃が激しすぎて、セイロスにはポポロの魔法を防ぐ余裕がありません。

 その間に湖の氷はすっかりひび割れてしまいました。中央の凍っていない場所に近い氷が水の上へ漂い始め、他の場所でも氷のかけらが揺れ始めます。

 と、それらがいっせいに動いて細い先端を空に向けました。ひび割れた氷はすべて細長い三角形をしています。まるで何万という氷の刃のようです。

 ポポロは湖を見つめ続けていました。魔法はまだ完成していなかったのです。緑に輝く手をさっと振り上げて、呪文を最後まで言い切ります。

「ベートエウユリーヒ!」

 とたんに氷の刃は湖を離れました。鋭い切っ先を上向けたまま、空にいる飛竜部隊へ飛んでいきます。

 飛竜部隊は仰天して逃げようとしましたが、それより早く氷の刃が襲いかかってきました。丈夫な皮膚におおわれた体は氷を弾きますが、薄い翼が切り裂かれ、突き破られてしまいます。

 翼が破れた飛竜は湖に墜落していきました。湖面に氷はもうありません。人も竜も凍るような水に落ち込みます――。

 

 一瞬で飛竜部隊を撃墜されて、セイロスは歯ぎしりしました。また切りかかってきたフルートを力任せに押し返すと、ポポロの魔法が飛んできた場所へ急降下していきます。

「よくも! 生意気な天空の魔法使いが!」

 怒りを込めてひときわ大きな魔弾を撃ち出しますが、それが岸に激突するより早く、ポポロを乗せたルルが飛び出してきました。セイロスの飛竜の真下をくぐり抜けてフルートへ飛びます。

 セイロスが振り向いたとき、ポポロとルルの前には、ポチに乗ったフルートが立ちふさがっていました。さらにその前には金の光の障壁が広がっています。

 すると、岸の別の場所から緑の濃い花鳥も舞い上がりました。背中にメールとゼンを乗せて、やはりフルートの後ろにやってきます。

「うまくいったね! 全騎撃墜じゃないのさ!」

 とメールがポポロに呼びかけました。セイロスには、あかんべぇをして見せます。

 セイロスはまた歯ぎしりすると、湖へ向かおうとしました。飛竜部隊を救おうとしたのですが、その前にフルートがまた飛んできました。セイロスに魔法を使わせまいと、激しく斬りかかります。

 フルートとまた剣を合わせたセイロスが、急ににやりとしました。

「仲間を残してこちらに来たな。愚か者め」

 とたんにセイロスの背後から無数の魔弾が飛び出して、ポポロたちのほうへ飛んでいきました。フルートは顔色を変えます。

 ところが魔弾は空中で砕け散りました。黒い火花が飛び散った後に現れたのは、両手を大きく広げたゼンです。背後にメールやポポロやルルをかばっています。

 目を見張ったセイロスに、ゼンは、へっと笑いました。

「だから、俺は魔法なんか平気だといつも言ってるだろうが。じっちゃんのこの胸当てがあるからな――うぉ?」

 花鳥がいきなり上昇したので、ゼンは目をむきました。セイロスが今度は花鳥へ攻撃してきたので、メールがかわしたのです。

「おまえこそ、よそ見している暇なんてないぞ!」

 とフルートはセイロスに切りつけました。彼を戦いに引き戻してしまいます。

 その下の湖では飛竜と人間が水しぶきを上げていました。竜使いたちは岸に向かって泳いでいますが、飛竜は長い首を伸ばしてもがいています。飛竜は水中で泳ぐことができなかったのです。湖は深かったので飛竜の脚も届きません。

 溺れる飛竜の上で、フルートとセイロスは戦い続けました――。

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