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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第18章 優しの勇者

63.互角

 「いよいよ始まるぞ」

 岸の木陰から湖上を見てゼンが言いました。隣にはメールがいます。彼らはフルートの援護のために最後の大いしゆみを発射すると、セイロスの攻撃を避けて場所を移動していたのです。

「いしゆみは全部使えなくなっちゃったね。セイロスにやられなかったのも、矢がなくなっちゃったしさ。残ってたらもっと援護ができるのに」

 とメールが残念そうに言ったので、ゼンは肩をすくめました。

「セイロス相手にいしゆみは効かねえって言ってるだろうが。フルートだって本気で奴と勝負するわけじゃねえんだ。奴の注意を惹きつけるのが目的だからな」

「ポポロに魔法を使わせるためにね」

 とメールは言って対岸に目を向けました。

 彼らが話しているとおり、フルートとポチの動きは陽動で、本当の攻撃を担っているのはポポロでした。彼女は岸辺のどこかで魔法攻撃のチャンスを狙っているのですが、うまく隠れているので、その姿を見つけることはできません。

 メールは湖上でにらみ合うフルートとセイロスに視線を戻すと、少し考えてからまた話し出しました。

「最近フルートはセイロスを倒すって言うようになってるよね。でもさ、今までフルートは、セイロスを倒すとは言わなかったんだよ。改心させるって言ってたんだ。どうしてなんだと思う? 敵も殺したくないのがフルートだったのにさ」

 ゼンは返事に詰まりました。ゼンもメールの疑問とまったく同じことを感じてポチと話し合いましたが、それをメールに教えるわけにはいきませんでした。うろたえながら湖へ目をそらします。

「そりゃ……セイロスが全然改心しねえからだろう。しょうがねえよ。んなことより始まったぞ」

 湖上ではフルートとセイロスが自分の剣を握って接近を始めていました。フルートはポチに、セイロスは自分の飛竜に乗っています。メールもすぐにそちらに夢中になったので、フルートに対する疑問もそこまでになってしまいました――。

 

 風を切って飛びながら、フルートはポチに言いました。

「このまままっすぐ。よけなくていい。真っ正面から行こう」

「ワン、大丈夫ですか? セイロスはまた闇の剣を持ってますよ」

「奴の気を惹かなくちゃいけないんだ。真っ向勝負だよ」

 そう言うフルートの手には炎の剣がありました。二千年前、セイロスの片腕として戦っていたロズキが愛用した剣です。今はセイロスと戦うためにフルートが握っています。

 二人の精霊はフルートたちの両脇を飛んでいましたが、願い石の精霊がふっと姿を消して、金の石の精霊の横に現れました。

「セイロスの闇の気が以前より強力になっているぞ、守護の。姿も邪悪に変わり始めている。闇の竜が奴の外に現れ始めているようだ」

「セイロスが以前より強く闇の竜を求めているんだ。フルートが何度も彼の野望を邪魔しているからだな。このままいけば、やがて彼は完全に闇の竜に変わるかもしれない」

 と金の石の精霊が答えました。声も表情も冷静で、セイロスに対する特別な感情のようなものは感じられません。

 それでも願い石の精霊は相手を見つめ、また前を向きながら言いました。

「今の守護のの力は小さい。力が足りなくなったときには、いつでも力を貸そう」

 金の石の精霊はたちまち、かっと赤くなりましたが、すぐに思い直したように平静に戻りました。

「わかった。そんなときが来たならば頼む」

 精霊たちには人間に見えていないものが見えていました。今はまだ人の姿をしているセイロスに、闇の竜が影のようにつきまとい、セイロスと入れ替わるようにちらちら姿を現し始めていたのです。精霊たちとしても本気にならざるをえない状況なのでした。

 フルートとセイロスが互いの目の前まで接近します――。

 

 がぃん!!

 激しい音を立てて二本の剣がぶつかり合いました。

 振り下ろされてきたセイロスの剣をフルートが剣で受け止めたのです。黒い刃と銀の刃、ふたつの刃がびりびりと音を立てて震えます。

 と、フルートが急に力を抜きました。刃に沿ってセイロスの剣を流し、その隙にポチが前進してセイロスの横をすり抜けます。フルートが得意とする受け流しです。

 背後に回ったフルートはポチと一緒に切りかかっていきました。今度はフルートがセイロスへ剣を振り下ろします。

 がしん!

 重い音を立てて剣が剣に防がれました。振り向きざまフルートの攻撃を受け止めたセイロスが、気合いと共に跳ね返します。

 勢い余って大きく後退したポチに、フルートは言いました。

「もう一度! 攻撃をゆるめずに行くぞ!」

「ワン、わかりました!」

 ポチはまたセイロスへ突進していきました。セイロスもすごい勢いで飛んできて、双方が空中ですれ違います。

 とたんに空中にしぶきが散りました。赤い飛竜の血と青い霧のような風の犬の血が、風に乗って空に筋を描きます。

「金の石!」

 とフルートが叫ぶと、胸元で金のペンダントが輝きました。たちまちポチの傷がふさがって青い血も止まります。

 一方セイロスも魔法で飛竜の傷を癒やしていました。空中で振り向いて言います。

「私の竜を焼くことはできないぞ。この竜は私の力で守られている」

 フルートは唇をかみ、ポチに言いました。

「大丈夫だったかい? 痛かったね、ごめん」

「ワン、すぐに治してもらったから大丈夫ですよ。でも、飛竜が燃やせないのは困りましたね。炎の剣なのに普通の剣と同じ状態になってるんだ」

「いや、それでもこの攻撃はできるさ」

 とフルートは再び剣を構えました。今度は切っ先を高く掲げてから勢いよく振り下ろします。

 撃ち出された炎の弾はまっすぐセイロスへ飛びました。竜とセイロスを直撃した、と見えた瞬間、手前に広がった黒い壁にぶつかって砕け、火の粉になって散ってしまいます。

「炎の攻撃は効かんと言っている」

 と言ったセイロスから黒い光の弾が飛び出しました。うなりを上げながらフルートとポチに襲いかかりますが、こちらには金の壁が広がりました。魔弾が砕けて黒い火花に変わります。

「ありがとう、金の石」

 フルートの感謝に、精霊の少年はにこりともしません。

 

「うぅん、互角だなぁ」

 岸辺で見守っていたメールは思わず言いました。

 セイロスは闇の力に、フルートとポチは金の石に守られながら戦っています。攻撃しても傷は治ってしまうし、攻撃は障壁に防がれてしまいます。セイロスの攻撃が決まらないのは良いのですが、フルートの攻撃も相手に決まりません。

 戦いは再び剣の打ち合いに戻っていました。セイロスがフルートへ、フルートがセイロスへ、激しく剣を振り下ろし隙を狙って突きますが、双方が剣を受け止めてかわしてしまうので、攻撃はまったく当たりません。ガン、ガン、ガシン、ガン……剣と剣がぶつかり合う音が空中に響き続けます。意外なくらい重い音です。

 するとゼンが身を乗り出しました。

「やべぇ、飛竜部隊が立ち直ったぞ」

 動揺して散り散りになりかけていた飛竜部隊が、ギーの指揮でまた編隊を組み直し、セイロスの援護に動き出したのです。戦いに集中しているフルートの背後に迫っていきます。

 先頭の飛竜がフルートの背中にかみついた――と見えた瞬間、フルートの姿がその場から消えました。飛竜の牙が空をかみ、セイロスの剣が大きく空振りします。

 一同が驚いていると下から声がしました。

「ぼくはここだ!」

 フルートは彼らの真下、凍った湖の上すれすれの場所にいました。背後からの攻撃に気づいたポチが一瞬で急降下したのです。次の瞬間にはまた急上昇して、先頭の飛竜に切りつけます。

 飛竜は翼を切り裂かれて叫び声をあげました。宙に血しぶきが飛びますが、傷が火を噴くことはありません。フルートはまた剣を持ち替えていたのです。飛竜が暴れて乗り手を振り落とすのを待って、炎の剣に持ち替えます。

 再び切りつけられた飛竜は燃えながら落ちていきました。氷を突き破って湖に沈んでしまいます。

 どよめいた飛竜部隊にポチが飛び込んでいきました。群がる飛竜にフルートがロングソードで切りつけ、乗り手を振り落とさせようとします。

「奴の狙いは飛竜部隊か」

 とセイロスは歯ぎしりしました。フルートが飛竜部隊のど真ん中で暴れているので、魔法攻撃を繰り出すことができません。その間にフルートはまた飛竜を一頭撃墜します。

 ついにセイロスは命令を出しました。

「全騎離れろ! こいつは私が倒す!」

 そこで飛竜部隊は大急ぎでフルートから離れていきました。充分安全な場所まで離れると、向きを変えてフルートとセイロスを取り囲みます。

 再び一対一になった二人は、また接近して剣と剣を打ち合わせました――。

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