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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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62.湖・3

 対岸の気配に振り向いたセイロスは、フルートとポチが飛んでくるのを見て、薄く笑いました。

「やはりここにいたな。味方を攻撃されて飛び出してきたか」

 同じくフルートに気づいたギーが、飛竜部隊に呼びかけていました。

「敵の大将が出てきたぞ! 金の石の勇者だ、気をつけろ!」

 そのとたん、セイロスの脳裏を古(いにしえ)の場面がよぎりました。紫水晶の防具と金の石を身につけた彼が出撃すると、闇の怪物たちはいっせいに叫んだものです。金の石の勇者が出てきたぞ、気をつけろ! と――。

 けれども、彼は逆の立場になった自分を嘆くようなことはしませんでした。すぐに飛竜部隊に命じます。

「敵は空を飛べるが、わずか一騎だ。全員で包囲して倒せ」

「全員で? たったひとりにか?」

 とギーは驚いて聞き返しました。フルートが見かけによらず強いことは承知していましたが、九十騎近い飛竜で攻撃するのは多すぎると思ったのです。

 セイロスは冷静に答えました。

「奴の最大の弱点は優しすぎることだ。相手が人間だと、敵であっても攻撃することをためらう。バム伯爵の城と基地は奴の手に墜ちたが、伯爵たちも殺されずにいるはずだ」

 ギーは思わず肩をすくめました。大将のくせにずいぶん甘い奴だ、と考えたのです。

「一度にかからずに、隊列ごとに交代して攻撃しろ! 休まず奴を攻めたてるのだ!」

 とセイロスに命令されて、飛竜部隊がフルートへ飛んでいきます。

 

 ギーはセイロスと一緒に飛竜部隊の活躍を眺めました。フルートはセイロスに迫ろうとしていますが、飛竜部隊は行く手をさえぎり、さらにフルートの両脇を抜けて背後に回っていきます。

 フルートは背中の剣を引き抜きました。行く手をふさぐ飛竜に突進して剣をひらめかせます。とたんに宙に血しぶきが散り、一頭の飛竜が悲鳴を上げて急上昇しました。首元をフルートに切りつけられたのです。うろこにおおわれた皮膚が切り裂かれて血が流れ出しています。

「やられたぞ!?」

 とギーが振り向くと、セイロスは落ち着き払って言いました。

「奴が使っているのは普通の剣だ。炎の魔剣を持っているのに、それを使っていない。使えば乗り手まで巻き込んでしまうと考えているからだ」

 湖上では別の飛竜がフルートに襲いかかっていました。首を伸ばしてポチにかみつきますが、牙はあっけなくすり抜けてしまいます。

「それは風の怪物だ! フルートだけを攻撃しろ!」

 とセイロスがまた命じました。

 空振りして体勢を崩した飛竜の上では、竜使いもバランスを崩していました。裏竜仙境の住人の彼らは、飛竜に手綱も鞍もつけていません。竜の背中で踏ん張って墜落を免れようとします。

 そこへフルートが飛んできました。手にした剣を振り上げたので、竜使いが、うわぁっと悲鳴を上げます。

 すると、フルートはいきなり剣を握り直しました。鋭い切っ先ではなく、太い柄の先で竜使いの胸をどん、と突きます。

 完全にバランスを崩した竜使いは、飛竜から落ちていきました。下は厚い氷が張った湖ですが、低い場所を飛んでいたので、たたきつけられずに氷上を転がっていきます。

 その間にフルートはまた飛竜に向かいました。背中の剣を入れ替え、傷を負って怒り狂っている竜に切りつけます。とたんに飛竜は大きな炎に包まれました。燃えながら落ちていき、氷を突き破って湖に沈んでしまいます――。

 ああっ、とギーは声をあげ、すぐにセイロスが言ったとおりだと気がつきました。フルートは竜使いを竜から振り落としてから、炎の魔剣で飛竜を倒しました。敵であっても人間を守ったのです。

 

 炎の剣の攻撃に飛竜部隊が怖じ気づいたので、セイロスはまたどなりました。

「奴を取り囲め! 人が乗る竜に炎の攻撃は来ないぞ!」

 飛竜部隊はすぐには動きませんでしたが、セイロスが命令を繰り返すと動き出しました。炎の攻撃よりセイロスの怒りをかうほうが恐ろしかったのです。飛竜たちがフルート一人を取り囲んで密集していきます。その中で彼が炎の剣を使えば、あっという間に大量の飛竜が燃えて落ちてしまいます。フルートにとっては、攻撃の絶好の好機です。

 けれども、フルートはまた魔剣を普通の剣に持ち替えていました。飛びながら切りつけていきますが、今度は用心した飛竜に素早くかわされて命中しません。

「行ける!」

 とギーは思わず叫びました。フルートは前の敵に集中するあまり、背後の守りががら空きになったのです。後ろに回っていた飛竜がフルートの背中へ襲いかかります。

 ところが、ずん、と低い音がしたと思うと、対岸の茂みの中からまた金属の矢が飛び出してきました。これまでで最大の矢が、フルートを狙っていた飛竜を串刺しにします。

 飛竜は叫び声をあげて墜落し、氷を破って湖に沈みました。投げ出された竜使いは、氷にたたきつけられて動かなくなります。

 他の飛竜の竜使いたちは、大きな弓矢が自分たちを狙っていたことを思い出して、あわてふためきました。次の矢がどこから飛んで来るかと、右往左往し始めます。

「この!」

 セイロスは矢が飛んできた方向をにらみつけました。岸の茂みで爆発が起き、巨大ないしゆみが斜面ごと湖に崩れ落ちますが、射手はとっくに逃げてしまっていました。

「こしゃくな――」

 とセイロスはまたフルートを見ました。動揺して崩れた陣営に飛び込んだフルートは、一人また一人と竜使いを飛竜からたたき落としていました。空っぽになった飛竜は、あっという間に炎の剣の餌食になってしまいます。

 すると、無防備なフルートの背中が今度はセイロスに向きました。周囲の敵があまりに多いので、全方向に用心することができないのです。その機を逃さずセイロスは魔弾を撃ち出しました。闇の弾がフルートへ飛びます。

 とたんに金の光がフルートを包んで魔弾を砕きました。巻き起こった爆発にあおられて、飛竜部隊がさらに動揺します。

 フルートの隣に一人の人物が姿を現していました。黄金をすいて糸にしたような髪に金色の瞳の少年です。自分だけで空中に浮いています。

「聖守護石か」

 いまいましそうにつぶやいたセイロスを、金の石の精霊は振り向きました。美しく整った顔は平静で、表情や感情のようなものは特に浮かんでいません。空の上でセイロスと見つめ合います――。

 

「もっと大きな魔法を使ったらどうなんだ? あのでかい破壊魔法は?」

 とギーに言われてセイロスは我に返り、苦い顔になりました。

「飛竜部隊が近すぎる。攻撃に巻き込んでしまう」

 すると、今度は地上からつむじ風が湧き起こって空に届きました。飛竜たちが吹き飛ばされ、同時にあちこちで血しぶきが散ります。風にあおられた飛竜の体に切り裂かれたような傷ができたのです。飛竜が痛みに暴れて竜使いを振り落としてしまいます。

 つむじ風は空でほどけてルルになりました。

「いいわよ、フルート、ポチ! どんどんいきなさい!」

 と言うと、またつむじ風になって風の刃で飛竜に襲いかかります。

 ポチはまた縦横無尽に飛び回り始めました。フルートは竜使いのいない飛竜を炎の剣で切り捨てていきます。飛び去ろうとする飛竜には炎の弾を食らわしました。何頭もの飛竜が燃えながら落ちて湖に沈んでいきます――。

 この展開には、さすがのセイロスも険しい顔になりました。

「これ以上黙って見ているわけにはいかんな」

 と言うと、右手を突き出します。

 すると、その手の中に黒い大剣が現れました。フルートの炎の剣は柄は黒くても、刀身は銀色に輝いていますが、セイロスの大剣は柄から刃まで漆黒に染まっていました。切っ先が放つ光も底知れない闇の色です。

 セイロスはギーに言いました。

「奴の相手は私がする。おまえは飛竜部隊を集めて再編しろ。あの有り様はあまりに無様だ」

 飛竜部隊はあわてふためいて大混乱になっていました。いしゆみの矢が飛んでくるかもしれないので湖の岸には近づけず、かといって湖上にいればルルに切りつけられて竜使いを振り落とされ、飛竜を焼かれてしまうので、どこへどう動いたら良いのかわからなくなっていたのです。

 ギーはすぐに承知してセイロスから離れると、小さな銅鑼(どら)を打ち鳴らしました。

「集まれ、飛竜部隊! 隊列を組み直せ!」

 と声を限りに呼びかけます。

 その間にセイロスは湖の中央へ飛んでいきました。そこではポチに乗ったフルートが待っていました。手には炎の剣を握っています。

「私に勝てるつもりでいるのか?」

 とセイロスが冷ややかに尋ねると、フルートは落ち着き払って答えました。

「もちろん思ってるよ。金の石も願い石もそばにいるしね」

 フルートの両脇には、今は二人の精霊が浮いていました。黄金の髪と瞳の少年と、燃えるように赤い髪とドレスの女性です。どちらも平然とセイロスを見つめています。

 ふん、とセイロスは笑いました。

「貴様は願い石に願えない。私に勝つことはできないぞ」

「そんなのはやってみなければわからないさ」

 フルートはあくまでも冷静です。

「よかろう、いくぞ」

「望むところだ」

 二人は言い合うと剣を握り直し、空を飛んで接近していきました――。

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