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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第17章 湖

60.湖・1

 朝焼けが山々の頂を赤く染める頃、飛竜部隊はついにバム伯爵領の近くまでやってきました。一晩中、休むことなく空を飛び続けたのです。

 先頭で輝いていたセイロスの飛竜が光を収めたので、ギーは速度を上げて横に並びました。

「本当に夜通し飛んだな! まさかセイロスが道しるべになるとは思わなかったぞ!」

 彼らは夜空の中で輝くセイロスの竜を目印に飛んできたのです。

「私はおまえたちを飛ばせると言ったはずだ」

 とセイロスはぶっきらぼうに答えました。敵の目につきやすい手段をとる羽目になったので、機嫌はあまり良くありません。

 

 彼らの目の前には高い山々が重なり合うようにそびえていました。エスタ国の南端にあるミコン山脈です。山脈は東西に屏風のように伸びているので、このまま進めば行く手をふさがれてしまうのですが、彼らは直進して山越えするわけではありませんでした。山の麓にあるバム伯爵領の基地で休憩をしてから、進路を変えて西へ進み、いよいよロムド国へ攻め込もうとしているのです。

「敵は待ち伏せているだろうか?」

 とギーが言いました。ゾルゾルー侯爵領の基地でひどい目に遭ってきたので、さすがに用心するようになっています。

「おそらくな。油断するな」

 とセイロスは言って行く手を眺めました。朝日が昇っても山の陰はまだ暗く、地上には広大な森が広がっています。敵が待ち伏せできる場所は数え切れないほどありました。

 すると、セイロスの背後からひと筋の髪がするすると耳元に伸びてきました。

「翼ト目ガアル怪物ヲ招イテ偵察ニ出セ。敵ヲ発見サセヨウ」

 セイロスはそれを無視しましたが、髪が繰り返しささやくので、ついに声に出してはねつけました。

「いらん、無用だ」

「なんだって、セイロス!?」

 とギーは驚いて聞き返しました。セイロスと闇の竜のやりとりに気づいていなかったのです。

 セイロスは渋い顔になって竜の手綱を引きました。

「前進無用、全軍停止だ。行く手に斥候を出す。適当な兵士を二、三名選んで行かせろ」

「そうか! 了解!」

 単純なギーはすぐに納得すると後方へ引き返していきました。先頭はセイロスひとりだけになります。

 飛竜部隊が追いついてくるのを待ちながら、セイロスはまた厳しい顔になりました。

「頻繁に現れるようになっているな。部隊を率いているのは私だ。おまえの出る幕ではない」

 背後に向かって話しかけますが、返事はありませんでした。彼の髪の毛は風になびいているだけです――。

 

 やがて空中で停止している飛竜部隊の元へ斥候が戻ってきました。セイロスは兵士と呼びましたが、実際には裏竜仙境の竜使いたちです。セイロスに報告します。

「この先を進むと山が両側から迫ってきて谷になった」

「谷川に沿って道があったから、たどっていったら、谷を抜けた先に湖があった。けっこう大きな湖だったぞ」

 以前のような反発はなくなった竜使いたちですが、相変わらずセイロスに敬語を使おうとはしません。そういう習慣がないのです。

「バム伯爵の城下町と基地はその湖の向こうだぞ」

 とセイロスは厳しい口調で言いました。湖で行き止まりだと思って引き返してきたのではないだろうな? と言外に問いただします。

 斥候たちはあわてて首を振りました。

「もちろん、それは確かめた! 道は湖の岸を通って向こう側まで続いていたし、町も見えたからな!」

「途中に敵が待ち伏せている様子はなかった。湖の真ん中くらいまで飛んだけれど、どこからも攻撃はなかったんだ」

 ふん、とセイロスは鼻を鳴らしました。

「やはり連中は基地で待ち構えているようだな。バム伯爵も連中に捕らえられただろう」

「でも、敵がまだここまでやってきていないという可能性は?」

 と別の竜使いが尋ねました。彼は飛竜が激しく羽ばたくので、落ち着かせるのに苦労していました。セイロスににらみつけられて、あわてて弁解します。

「さっきから竜がやたらと暴れているんだ。疲れて腹が減ったのかもしれない。早く基地で休ませたいんだ」

「だが、竜はセイロスから力をもらって元気になったはずじゃないか」

 とギーが反論しましたが、とたんに彼の飛竜も大きく上下に羽ばたいたので、あわてて手綱を操りました。

「与えた力も使い切ればなくなる。効果がなくなったということだ」

 とセイロスは言って考え込みました。無事に基地に到着できれば飛竜に餌をやって休ませることができますが、フルートたちが待ち伏せている可能性が高いのですから、簡単にはいきません。そうこうする間にも飛竜部隊はどんどん落ち着かない様子になっていきました。空腹と疲れに腹を立てて、竜使いを振り落とそうとする竜さえ現れます。

「セイロス、もう一度あの術をかけたら竜も機嫌を直すんじゃないのか?」

 とギーが言いましたが、セイロスは考え込んだままでした。彼が竜にかけたのは、空腹を充たすのではなく、一時的に疲れと空腹を忘れさせるだけの魔法でした。魔法が切れれば竜は以前にも増して疲労や空腹を感じるし、それを繰り返せば本当に疲れきって、使いものにならなくなってしまうのです。これ以上、同じ魔法を使うのは得策ではない、と考えます。

 

 すると、斥候のひとりがまた言いました。

「そのぉ……湖に降りるってのはだめかな? 湖のまわりは凍っていたんだが、真ん中のあたりは凍ってなくて、水の中に魚の群れが見えたんだ。湖に降りれば、竜に魚を捕らせることができるんだが」

「魚? 竜が魚を食べるのか?」

 とギーは驚き、たちまち竜使いたちから反論されました。飛竜は本来、湖に棲む魚を餌にしていたのです。

 セイロスは決心しました。

「よし、基地に向かう前に湖で補給だ。湖の上なら見晴らしも効く。敵が出てくればすぐに迎撃できるだろう」

 歓声を上げようとした竜使いたちは、セイロスににらまれて口をつぐみました。敵の近くまで来ているのですから、声を聞きつけられては大変です。

「行くぞ」

 セイロスの先導で、飛竜部隊は静かに前進を始めました――。

 

 飛竜部隊は険しい山の間の谷をさかのぼって飛び、やがて湖に出ました。

 凍った湖面には雪が降り積もり、朝日が反射してきらきら輝いていますが、湖の中央は青黒く染まっていました。凍っていない水面が広がっていたのです。湖から谷へ水が流れ出しているので、谷に続く氷の上にも細長く水面がのぞいています。

 飛竜部隊は川のような水面に沿って飛びながら、湖の中央を目ざしました。斥候はその場所に魚の群れを見たのです。竜使いたちは一刻も早く飛竜の餌を見つけようと、目を皿のようにして水面を見つめます。

 青黒く見えた水は、真上まで来ると意外なくらい透き通っていました。浅い場所では湖底の石まではっきり見通すことができます。

 湖の中央まで来ると、飛竜部隊は水面ぎりぎりまで降りていきました。魚を探してあちこち飛び回り始めます。

 

 一方セイロスは上空に留まって周囲を見回していました。険しい山に囲まれた湖ですが、行く手の奥にひときわ高い山がそびえていて、麓にわずかばかりの畑に囲まれた小さな町があります。そこがバム伯爵の城下町でした。町の背後の岩壁には、伯爵の城がへばりつくように建っています。

 飛竜部隊の基地はその城に続くように造ってありました。この場所からでは距離がありすぎて、城や基地がフルートたちによって占拠されているのかどうか、見極めることはできません。偵察を出したいところでしたが、すべての飛竜が餌を求めて夢中で飛び回っているので、今はまだ難しそうでした。

「向こうが先にこちらを見つけるかもしれんな」

 とセイロスは城と基地をにらみながらつぶやきました。先手を打たれるのは面白くありませんが、戦いに飛び出してくることができるのは、風の犬に乗った金の石の勇者の一行だけです。他の敵は地上の道を馬や徒歩で駆け下ってくるしかないのですから、大がかりな奇襲を受ける心配はないはずでした。

 すると、湖の上で歓声が上がりました。飛竜と竜使いたちが魚の群れを見つけたのです。氷の岸辺に近い水の中を、大きな魚が身をくねらせながら泳いでいます。

 ギーが上空に呼びかけました。

「セイロスも早く来いよ! セイロスの竜にも餌を食わせてやらないと!」

「静かにしないか、馬鹿者どもが」

 とセイロスは叱責しましたが、餌を見つけて興奮する飛竜までおとなしくさせることはできませんでした。竜たちは鳴き声をあげながら、魚の群れを夢中で追いかけています。

 

 すると、一頭の飛竜が水面に急降下しました。群れに追いついたのです。しぶきを上げて長い首を突っ込み、水中の魚をくわえてすぐにまた舞い上がります。

 周囲の竜たちも次々水面に突っ込んでいきました。羽ばたきながら首を伸ばし、魚を捕まえてはまた舞い上がってきます。

 ところが、竜たちはいきなりギェッと妙な声をあげると、せっかく捕まえた魚を放り出してしまいました。魚が湖面に落ちていきます。

「なんだ!?」

 驚いた竜使いたちは、湖面を見てまた驚きました。竜が放り出したのは魚ではなく、もつれ固まった草の塊だったのです。泳ぎ回っていた魚の群れも、急にほどけるように崩れて沈んでいってしまいます。

「草だと――?」

 報告を受けたセイロスが降りてきましたが、水面に浮いている蔓草の間に季節外れの花が咲いているのを見て、たちまち顔色を変えました。飛竜部隊へどなります。

「戦闘態勢をとれ! 敵だぞ!」

 そのとき、飛竜部隊は湖のはずれまで飛び戻っていました。岸にはむき出しの岩が壁のようにそそり立っていますが、壁が高いので、体の重い飛竜には飛び越えられそうにありませんでした。壁の間には彼らが通ってきた谷がありますが、狭いので飛竜部隊が一度に通り抜けることもできません。魚影に誘われて、いつの間にか退却が難しい場所に追い込まれていたのです。

「連中が来るぞ! 迎え討て!」

 とセイロスはまた言いましたが、飛竜部隊はなかなか統制がとれませんでした。せっかく捕まえた魚が草の塊だったことに、竜が怒っていたからです。

 竜使いたちは苦労しながら竜を操って隊列を作っていきました。セイロスは最前線に出て、フルートたちがやってくるのを待ち構えます──。

 

 すると、突然右後方にいた飛竜が悲鳴を上げて落ちていきました。竜使いと共に湖に墜落し、氷を突き抜けて沈んでいってしまいます。

 仰天した飛竜部隊の中から、また一頭が墜落していきました。今度は分厚い氷の上にたたきつけられて動かなくなります。その胴体には太くて長い金属の矢が突き刺さっていました。丈夫なはずの飛竜の皮膚を貫いて急所に命中したのです。

「矢だ!」

「でかいぞ!?」

「どこから撃っているんだ――!?」

 動揺する飛竜部隊にまた金属の矢が飛んできました。岩壁に続く西側の岸から発射されたのですが、岸には冬でも葉を落とさない木が茂っていて、敵の姿を見つけることができません。

 矢はまっすぐに飛んで竜を蹴散らし、湖の対岸近くで氷上に落ちました。相当な飛距離です。

「そこか!」

 とセイロスがにらみつけると、矢が飛んできた場所で爆発するように岩や土が吹き飛び、生えていた木々が湖に滑り落ちていきました。むき出しになった地面のすぐ上に、長い角材に据え付けられた巨大な弓が現れます。

 ところが、弓の近くに射手はいませんでした。

 次の瞬間、斜面がまた崩れて、土砂と共に弓を湖に押し流してしまいました――。

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