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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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59.壊滅

 ジャックと深緑の魔法使いがゾルゾルー侯爵の基地に到着したのは、セイロスと飛竜部隊が次の基地へ飛び去ってから一時間ほど後のことでした。

 ジャックが手綱を握る馬の後ろには深緑の魔法使いが乗っていました。老人はセイロスの闇の力に邪魔されて魔法で移動することができなくなり、ジャックの馬に同乗して、やっとこの場所に駆けつけたのです。

 小高い岩場に基地が建っていましたが、その形が以前と違っていることに、彼らは気がつきました。一枚岩からできていたはずの基地が、中心部を残して粉々に崩れ落ちていたのです。基地の上空に飛竜の姿は見当たりません。

「急ぐんじゃ、ジャック!」

 と魔法使いに急かされて、彼は馬を駆り立てました。急な坂道を一気に駆け上って基地にたどりつきます。

 そこに広がっていたのは、目をおおいたくなるような光景でした。大小の瓦礫になった基地の至るところで、ロムド兵がたたきつけられ、岩に押し潰されていたのです。うめき声を上げて苦しんでいる者もいますが、すでに動かなくなっている者も大勢います――。

 

 ジャックは思わず呆然としましたが、すぐに我に返って馬を飛び降りました。

「ワルラ将軍! どちらにおいでですか!? ガスト副官、ご無事ですか!? 返事をしてください!!」

 瓦礫に向かって上官を呼びますが、返事はありません。

 ジャックは瓦礫に駆け寄り、よじ登って二人を探し始めました。瓦礫の間に人を見つけるたびに顔を確かめますが、将軍や副官ではありませんでした。

 すると、ジャックの横に深緑の魔法使いが現れました。ようやくセイロスの影響が消えて、魔法の移動ができるようになったのです。鋭い目で周囲を見回して言います。

「セイロスにやられたんじゃ。飛竜や乗り手もいくらか死んどるから、敵にも損害は与えられたようだが、こちらの被害はそれ以上じゃ」

「将軍と副官が見当たりません! どこにいるんでしょう!?」

 とジャックは老人にすがりつきました。周囲に倒れているロムド兵も全員がジャックの顔見知りでした。精鋭揃いのはずの部隊が壊滅状態になっているのです。

 老人は鋭い目で周囲を見回し続け、やがて、うずたかく積み重なった瓦礫の上に目を留めて言いました。

「副官はあそこじゃ」

 ジャックは飛び上がり、無我夢中で瓦礫を上っていきました。とたんに不安定に重なっていた岩が揺らいで、ジャックもろとも転がり落ちそうになります。

「危ない!」

 と老人の声がして、ジャックと岩は空中で止まりました。ジャックはまた瓦礫の上に着地し、岩は地響きを立てて転がり落ちていきます。

「気をつけんか。これ以上被害を増やすんじゃない」

 と老人は小言を言いながら杖を振りました。深い緑色の光が瓦礫の山の上に飛んで、すぐに戻ってきます。

 光の中にガスト副官が横たわっていたので、ジャックは歓声を上げ、すぐに絶句してしまいました。目の前に下りてきた副官は、顔中を血に染めて、ぐったりと動かなくなっていたのです。

「たたきつけられたんじゃな。だが、まだ息はあるわい」

 と老人は言いながら杖の先で副官に触れました。呪文を唱えると、死んでいたように見えた副官がうめき声を上げました。さらに老人が呪文を唱えると、ゆっくりと目を開けます――。

 

 けれども、副官が開けたのは右の目だけでした。左の目はへしゃげた兜の陰になってしまっています。

 老人は副官に話しかけました。

「わしの話がわかるかね? いったい何があったんじゃ?」

 副官は答えようとして、急に顔をしかめて左目の場所を押さえました。老人が申し訳なさそうな声になります。

「すまんの。応急処置をしただけじゃから、あんたの目は傷ついたままじゃ。わしでは完全に治せんから、あとで魔法医に診てもらってくれんか」

「大丈夫です。右の目は見えますから」

 と副官は答えると、ジャックへ目を移して言いました。

「無事でいたな、ジャック。よかった――。これはセイロスのしわざだ。この基地を我々ごと一瞬で破壊したのだ」

 ジャックはまた青くなりました。

「ワルラ将軍もですか!? 将軍はどちらですか!?」

 とたんに副官は跳ね起き、ふらついたところをジャックに支えられました。

「将軍は私の隣においでだった! 将軍も落ちていかれたのだ! 将軍はどちらだ!?」

 三人はあわてて周囲を見回しました。うずたかく積み重なった瓦礫の山は、たくさんの兵士を押し潰していました。岩の上にも大勢が倒れていますが、ワルラ将軍は見当たりません……。

 すると、突然ジャックが指さしました。

「あそこ! あれを見てください!」

 二つの岩がぶつかりあうように止まっている間に、濃紺の鎧がのぞいていたのです。

「将軍!?」

 ジャックと副官が駆け寄る間に、老人はその場所に飛びました。濃い眉を一瞬ひそめてから、杖を向けて呪文を唱えます。

 二つの岩がゆっくりと動き、両脇に倒れていくと、ワルラ将軍が姿を現しました。下半身を岩に押し潰されていたので、濃紺の防具も下の岩もおびただしい血で染まっています――。

 

 老人がまた呪文を唱えたところに、ジャックと副官が駆けつけました。ひざまずいて呼びかけます。

「将軍! しっかりなさってください、将軍!」

「将軍、私の声が聞こえますか!? 目をお開けください!」

 ワルラ将軍は死んだように身動きしませんでしたが、魔法使いが何度も呪文を唱え、ジャックたちが必死に呼びかけていると、ようやく目を開けました。彼らの顔を見回してから、溜息と共につぶやきます。

「やられたか……奴の力はとんでもないな」

「わしがもう少し早く到着しとれば、戦況は変わっていたかもしれん。すまなんだ、将軍」

 と魔法使いは詫びました。しわだらけの手が杖を強く握りしめています。

 将軍は首を振りました。

「奴は半分デビルドラゴンに変わっていた。闇の竜の本当の力を発揮しつつあるようだ。深緑殿であっても一人では防げなかっただろう」

 そう話しながら身を起こそうとしますが、動くことはできませんでした。何度やっても起き上がれません。

「手を貸せ」

 と将軍は言い、部下たちが沈痛な表情で立ちつくしているので、強く繰り返しました。

「手を貸せと言っている! わしが負傷したのはわかっている! 部下たちがどうなったのか確かめたいのだ!」

 そこで副官とジャックは将軍の上体を起こしました。将軍を支えながら、その表情を見守ります。起き上がれば嫌でも自分の体が目に入ってしまうからです。

 将軍の両足は防具と一緒に潰れていました。深緑の魔法使いの魔法で出血や痛みは止められていますが、再び立つことも歩くこともできないことは一目瞭然でした。

 予想外の大怪我に、さすがの将軍も一瞬たじろいだ表情になりましたが、すぐに周囲へ目を転じました。一面の瓦礫と倒れている部下たちを見て、魔法使いに言います。

「生きている者を助けてやってくれ。わしの部隊は壊滅状態だが、まだ全滅したわけではない」

 すると、老人が言いました。

「わしだけでは力が足りん。ロムド城から白や魔法医を呼んで救出に当たらせよう」

 ところが、将軍は厳しい顔で言い返しました。

「ロムド城からの救援は無用! 奴と飛竜部隊はこれからロムド城へと攻めていくのだ。防御を最大限に固めておかなくては、ロムド城もここと同じ状況になる。他の四大魔法使いや魔法軍団をここに呼びつけることは、絶対にやってはいかん!」

 老人は渋い顔でうなずきました。将軍の言うことはもっともだったのです。

 将軍は続けて副官を呼びつけました。

「ガスト、動ける兵を探せ。一緒に怪我人の救出に当たらせるのだ」

「了解」

 と副官は答えると、瓦礫の山を下りながら右目の涙を拭いました。潰れた兜の陰になった左目からは、涙は流れてこなかったのです。

「どれ、まず将軍を安全な場所に移さんとな」

 と老人は言ってまた杖を振りました。老人と将軍の姿が瓦礫の上から消え、すぐに少し離れた岩場の上にまた現れます。将軍の両足はやっぱり動きません。

 

 その様子を見守っていたジャックは身震いしました。

「あれでは将軍は歩くことも馬に乗ることもできねえ。将軍はもう戦場にお出になることができねえんだ。そんな……そんな馬鹿な……!」

 ジャックは歯ぎしりをして考え込み、やがて瓦礫の山を下り始めました。ガスト副官やワルラ将軍の元ではなく、立木につないだ自分の馬へ駆けつけて飛び乗ります。

「フルートだ……あいつの金の石なら、どんなひどい怪我だってたちまち治して元通りにしちまうんだからな。あいつを呼んでこよう……!」

 決意を込めてつぶやきながら、彼は瓦礫が積み重なる岩場を離れていきました。フルートのいる場所は深緑の魔法使いから聞いてわかっていたのです。それは、セイロスや飛竜部隊が飛び去ったのと同じ、バム伯爵の領地がある方角でした――。

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