「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第26巻「飛竜部隊の戦い」

前のページ

58.屋上

 基地の屋上でワルラ将軍は罠にかかった飛竜部隊を見下ろしていました。

 一枚岩のような屋上は真ん中から真っ二つに割れて、建物の中に落ち込んでいました。屋上の縁だけが回廊のように残っていて、将軍やロムド軍の兵士たちはそこに立っていたのです。

 屋上に着地していた飛竜たちは、雪の下に張り巡らされていたロープに足を取られて飛び立てなくなり、割れ目の中に落ち込んでいました。飛竜を操っていた竜使いたちも一緒です。竜も人も斜面を滑り落ちてきた雪に埋もれてもがいています。

「将軍の作戦通り、うまくまいりましたね」

 とガスト副官に言われて、将軍は答えました。

「おまえの呼んだ二人が優秀だったのだ。彼らが言っていたとおり、頑強に見えた建物も、ほんの一、二箇所破壊しただけで屋上が崩れた。魔法で無理に生み出した建築物だからだ。通常の建物であれば、こうはいかんだろう」

 ワルラ将軍は基地の弱い箇所を戦大工や石工だった部下に見抜かせると、ロムドから運んできた破裂弾で破壊して、一気に飛竜を捕らえたのです。破裂弾というのは城攻めなどで使用される魔法の道具でした。

 将軍がさっと手を振って合図をすると、崩れ残った屋上の縁から、重たい音が響き始めました。基地に攻め上ってくる敵を防ぐために準備されていた丸い岩を、兵士たちが押し始めたのです。ゆっくりと動き出した岩が、やがて速度を増し、兵士たちの手を離れて屋上の斜面を転がっていきます。

 それを見て竜使いたちは叫び声をあげました。老若男女、百名ほどもいます。彼らはユラサイの裏竜仙境で生まれ育った優秀な飛竜の使い手ですが、竜たちがロープに絡まって飛べない状況では何もできずにいました。よせ! やめろ! とわめくしかありません。

 転がり落ちてきた岩は地響きを立てて彼らにのしかかりました。竜と人がつんざくような悲鳴を上げます。

 

 敵が大混乱に陥っても、ワルラ将軍は容赦しませんでした。ありったけの岩を落とすよう命じてから、さらに後ろに控えていた兵士たちを招きます。

「弓矢部隊、攻撃開始!」

 すると、岩を転がし終えた兵士たちと入れ替わりに、弓矢を構えた兵士たちが前に出てきました。ひゅぃひゅぃと空を切って矢が放たれ、敵に突き刺さっていきます。

 丈夫な皮膚を持つ飛竜も、広げた翼だけは矢を防ぐことができません。矢に薄い翼を突き破られてまた悲鳴を上げます。

「いい具合です」

 とガスト副官が顔をほころばせても、ワルラ将軍は厳しい顔つきのままでした。

「今だけだ。間もなくセイロスがやってくる。そこからが本当の勝負だ」

 そう言われて、副官は森の方角を振り向きました。森の向こうにセイロスの飛竜はまだ見当たりません。

 すると、ワルラ将軍は少し口調を変えました。

「ジャックが無事でいるといいのだが。危険な任務によくぞ向かってくれた」

 セイロスがフルートに強くこだわっていることを、将軍はよく知っていました。飛竜部隊を罠にはめるためにはセイロスを引き離さなくてはならない、と考え、名乗りを上げたジャックにフルートの身代わりを命じて、セイロスを誘導させたのです。

 副官は一瞬沈黙しましたが、すぐに期待をこめて答えました。

「ジャックには森の奥へ逃げるように言いました。森の深い場所であれば、セイロスの飛竜も下りることができません」

「それならばいいが」

 と将軍は言って、あとはその話題には触れませんでした。目の前にいる部下たちも、飛竜部隊を相手に全力で戦っていたからです。空には罠から逃げ出した飛竜が数頭飛び回っていて、背中の竜使いの指示で、周囲から石をつかんでは投げ落とす攻撃を始めていました。

「頭上に気をつけろ!」

 とワルラ将軍は部下へどなってから、近くに控えていた護衛兵に攻撃を命じました。高い場所まで届く長弓が、空の飛竜を狙って矢を飛ばし始めます。

 

 すると、いきなり空全体に声が響き渡りました。

「なんだ、これは!?」

 次の瞬間、基地の真上に飛竜に乗ったセイロスが姿を現します。

 セイロスは破壊された屋上と、岩に押し潰され矢の集中攻撃を受けている飛竜部隊を見て、怒りに身震いしました。びりびりとあたりを震わせてどなり続けます。

「くだらん! こんなことで私に勝ったつもりか! くだらん、くだらん――!!」

 セイロスの後ろでまた黒髪が広がり、寄り集まって今度は四枚の翼の形に変わりました。翼の中央が盛り上がって、蛇のような鎌首が伸びていきます。

 見上げていたガスト副官は、思わず後ずさりそうになりました。

「奴の髪が竜に変わった……!?」

「奴の中のデビルドラゴンが外に出てきたのだ。気をつけろ。強力な魔法を使う前兆だと魔法軍団が言っていたぞ」

 とワルラ将軍は言って、弓矢部隊にセイロスの攻撃を命じました。セイロスに矢がほとんど効かないのはわかっていましたが、攻撃する手段が他になかったのです。

 雨あられと飛んで来る矢の中で、四枚翼の竜はさらに大きくなっていきました。長い首をくねらせると一面のうろこが黒く光ります。それはもうセイロスの髪の毛ではありませんでした。まぎれもないデビルドラゴンがセイロスの背後に現れているのです。

 竜が笑うように言いました。

「殺セ! 殺セ! 地上ヲ皆殺シニシテ破壊スルノダ!」

 確かに竜が話しているのに、何故か地の底から響いてくるような声です。

 すると、セイロスを乗せていた飛竜がケーッと鳴き声を上げました。セイロスを背中から振り落として、すごい勢いで逃げていきます。デビルドラゴンに恐れをなしたのです。

 けれども、セイロスは墜落しませんでした。背後では闇の竜が羽ばたきを繰り返しています。

 セイロスは血の色の目で地上を見下ろしました。矢を撃つロムド兵の後ろには、押し潰され血にまみれた飛竜部隊がいました。意識がある者は空のセイロスへ助けを求めています。

「くだらん」

 とセイロスはまた言いましたが、先刻のような怒りに我を忘れた声ではありませんでした。デビルドラゴンが地上へ首を伸ばして大きく口を開けようとしたので、すかさず制します。

「やめろ。私の兵を殺すわけにはいかん」

 竜は首をねじ曲げ、不服そうにセイロスをのぞき込みました。空中でセイロスとにらみ合います。

 

 そのやりとりを聞きつけたロムド兵は勢いづきました。

「ここに味方がいるから、あいつは攻撃できないんだ!」

「チャンスだぞ! あいつを撃ち落とせ!」

 さらに大量の矢がセイロスへ飛び始めます。

 ところが、次の瞬間、矢はすべて向きを変えて弓矢部隊へ落ちていきました。セイロスが魔法で返してきたのです。兵士たちは降り注ぐ矢から頭を抱えて逃げ惑いました。攻撃どころではなくなってしまいます。

 ワルラ将軍は部下たちにどなりました。

「あわてるな! 奴が下りてきたところを攻撃するのだ!」

 セイロスの反撃は空に矢がなくなると同時に止まりました。

 矢に当たってしまった兵士が幾人も倒れてうめいていますが、やり過ごすことができた者たちは弓を捨てて剣を抜きました。将軍の指示通り、セイロスが飛竜部隊を助けに下りてくるのを待ち構えます。

 その様子にセイロスは冷ややかに笑いました。

「愚か者どもめ」

 とたんに兵士たちの足の下から屋上が消えました。

 彼らは真っ二つになって落ち込んだ屋上の周囲の、回廊のように残った部分に立っていたのですが、そこが一瞬で砕けてしまったのです。

 回廊は無数の岩のかけらになり、ロムド兵と共に崩れ落ちていきました。回廊の下は建物の壁になっていたのですが、そこもみるみる崩れていきます。

 落ちていく兵士たちの中にはワルラ将軍とガスト副官もいました。瓦礫と共に墜落していきます――。

 

 セイロスは崩れずに残った屋上の中央に目を向けました。真っ二つに割れて落ち込んだ屋上が、ひとりでにせり上がって平らになり、積み重なっていた丸い岩が転がって落ちていきます。すると、血まみれになった飛竜と竜使いたちが現れました。倒れて死んだように動かない竜や竜使いも少なくありません。その中にはギーの姿もありました。腕や脚や背中に無数の矢を突き立てて、自分の飛竜の首にぐったりと倒れかかっていました。その飛竜も岩に潰されて動かなくなっています。

 セイロスは険しい顔になりました。

「そんなところで何をしている!? 立て、ギー!」

 とたんにギーが跳ね起きました。その体から矢は一本残らず消えていました。血に染まった顔や手足もみるみる綺麗になっていきます。その横で彼の飛竜も首を上げ、キェェと鳴き声を上げました。やはり傷がすっかり消えています。

 ギーは驚いたように自分の体や飛竜を見回し、空のセイロスを見上げて、また驚いた顔になりました。背後に四枚翼の巨大な竜が羽ばたいているのを見たのです。

 けれども、セイロスは屋上に呼びかけ続けていました。

「起きろ、飛竜部隊! こんな場所に長居は無用だ! 先へ進むぞ!」

 すると、他の竜使いたちも次々と起き上がってきました。死んだように倒れていた飛竜も、あっという間に元気になって翼を羽ばたかせます。矢に破られた翼は元通りになっていました。竜使いたちも怪我がすっかり治っています。

 ただ、起き上がってこない竜使いや飛竜もいました。すでに息絶えていて、回復することがなかったのです。

「一割というところか」

 やられた竜使いと竜をざっと数えて、セイロスはいまいましそうに舌打ちしました。

「ヨミガエラセレバ良イデハナイカ。我々ニハソノチカラガアルゾ」

 と背後から黒い竜が話しかけてきますが、セイロスはそっけなく答えました。

「甦ってくるのは闇の怪物だ。怪物はいらん」

「無駄ナ抵抗ダナ。我々コソガ最大最強ノ怪物ダロウ」

 と竜は言って、ククク、と笑い声をたてました。セイロスは返事をしません。

 

 そこへ屋上からギーが飛竜で舞い上がってきました。いろいろ尋ねたいことはあったのですが、他の疑問はとりあえず脇に置いて、こう言います。

「先へ進むと言ったのか、セイロス? 飛竜たちは全然休んでいないんだぞ。あんな大怪我をした後だし、死んでしまった仲間の弔いもしなくてはならないのに」

「おまえたちには力を分け与えてやった。支障はないはずだ。敵は我々の先回りをして、我々の勢力を削ごうとしている。後れを取るほど、奴に準備の時間を与えてしまうのだ。死んでしまったものは捨て置け。この後は夜も休まずに飛ぶ」

「夜も!? 飛竜は暗闇は飛べないじゃないか!」

「飛ばせる。即刻、飛竜部隊を再編成しろ。明日の夜明けまでにバム伯爵の基地にたどりつくぞ」

 有無を言わせぬ命令に、ギーは反論をあきらめて離れていきました。セイロスの命令を飛竜の竜使いたちに伝えます。

 セイロスは自分の腕を見つめました。赤い筋が脈打つ鎧の籠手は、今ではもう完全に彼の体の一部でした。かつて紫水晶だった表面は、黒いうろこにおおわれています。背後で羽ばたくデビルドラゴンにそっくりの色です――。

 セイロスは、ふん、と鼻を鳴らすと、目をそらして空を見回しました。低い声で命じます。

「戻れ」

 とたんに空の彼方から彼の飛竜が飛び戻ってきました。巨大な闇の竜を見て、また逃げ出しそうになりますが、かろうじて空中に留まります。

 セイロスは飛竜の手綱をつかまえて背後に言いました。

「消えろ。おまえはもう用済みだ」

「用済ミ? ソレハドウカナ」

 闇の竜は笑う声で言うと、影のように薄れて消えていきました。ぱさりとセイロスの黒髪が落ちて、鎧の背中に流れます。

「貴様に世界は渡さん。この世界の王になるのは私だ」

 とセイロスはつぶやくと、飛竜にまたがり直し、屋上から次々飛び上がってくる飛竜と竜使いたちを見下ろしました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク