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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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57.森の中

 セイロスは森の奥へ駆け込んでいった馬の後を追って、森の上を飛んでいました。馬には金色の防具の人物が乗っていたのです。フルートがここに来ていると確信して探し続けます。

 すると、雪の上に真新しい蹄(ひづめ)の痕が見つかりました。それを追っていくと馬が駆ける音が聞こえてきて、馬と乗り手が見え始めます。まだ距離がありますが、乗り手は緑色のマントをなびかせています。

 ふん、とセイロスは言って、あたりを見渡しました。勇者の仲間は見当たりませんが、どこかで飛竜部隊に対する作戦を進めているのに違いない、と考えます。

「行かせんぞ」

 とセイロスがつぶやいたとたん、森の中で地響きがして雪煙が湧き起こりました。驚いた馬のいななきも上がります。数本の大木がいきなり倒れて行く手をふさいだのです。フルートが手綱を引いて馬を止めますが、次の瞬間、その姿はまた木の陰になりました。セイロス自身が飛竜で飛んでいるので、フルートは木陰に見え隠れしていたのです。

 

 セイロスは木が倒れてできた空き地へ飛竜を降下させました。倒木の上に着地させて鋭い視線を走らせますが、フルートの姿は見当たりません。

「隠れていないで出てこい!」

 とセイロスが言うと、周囲の木々がばたばたとまた倒れていきました。まるで見えない巨人が大きな手で木をなぎ倒していくようです。再び雪煙が湧き起こり、それが収まるとフルートが現れました。セイロスから身を隠すように、馬と一緒に岩陰に身を寄せています。

「どうした、フルート。何をそんなに逃げ回っている」

 とセイロスは薄笑いしながら歩いていきました。ただ、罠の可能性を考えて、周囲へ注意を向けることは怠りませんでした。どこかからゼンが飛び出して来たり、ポポロが攻撃の呪文を唱えてきたりするかもしれないのです。

 すると、フルートがまた馬に飛び乗りました。そのまま駆け出そうとします。

「逃がさん!」

 セイロスはフルートの背中へ魔法を食らわせようとして、急にそれを止めました。フルートが背中ではなく腰に剣をつけていることに気づいたのです。よく見れば、体格もフルートにしては良すぎるような気がします――。

 

 セイロスは薄笑いを消して魔弾を撃ち出しました。馬の行く手で地面と雪が破裂して馬を吹き飛ばします。

 雪の上に投げ出された乗り手をセイロスはのぞき込みました。やはりフルートではありません。もっと大柄で口ひげを生やした、ふてぶてしい顔つきの青年です。金色の鎧を着て緑のマントをはおっているところはフルートと同じですが、雪にこすれた部分の鎧は金色がはげかけていました。

 セイロスは言いました。

「そんな格好をして、フルートの影武者のつもりか。本物はどこだ?」

「知らねえよ」

 と青年は答えました。精一杯ふてぶてしく答えているのですが、声が震えていました。相手が何者かわかっているのです。

 セイロスは冷笑しました。

「影武者をするからには、奴とまったく無縁というわけでもなさそうだな。奴の居場所を知っているだろう。白状してもらおう」

「知らねえって言ってるだろう――ぐ――うぐぅ――!」

 青年は急に変な声をあげると咽に両手を当てました。呼吸ができなくなったのです。雪の上を転げ回りますが、肺に空気が入っていきません。

 セイロスはもがいている青年を蹴り飛ばし、金属の靴で顔を踏みつけました。やっとまた息ができるようになった青年は、冷や汗と涙と鼻水にまみれた顔を雪に埋めてあえぎました。

「ほ……本当に知らねえんだ……。俺が出動したとき、あいつはまだ作戦会議中で、どこに行くとは言ってなかったから……」

 と弱々しく答えます。

 その言い回しにセイロスは興味を引かれました。また相手を蹴飛ばして仰向かせると、身を乗り出して尋ねます。

「あいつとはフルートのことだな。ずいぶん親しそうに言うではないか。貴様は何者だ」

 青年は青ざめて目をそらしましたが、いきなり悲鳴をあげて体を反らしました。また息ができなくなったのです。転げ回ってもがいていると、セイロスの靴先に頭が当たり、再び呼吸ができるようになります。

 ぜえぜえとあえぎながら、彼は言いました。

「お、俺はロムド軍の正規兵だよ……奴とは同じ故郷の出身なんだ……」

 ほう、とセイロスは明らかに興味を引かれました。

「フルートとは同郷の顔なじみということか。名はなんという」

「ジャック」

 と彼は答えました。黙っていれば問答無用で殺されてしまうのですから、正直に言うしかなかったのです。

 

 すると、セイロスは急に何かを考える顔になって、おもむろにうなずきました。

「そうか。貴様は仲間を裏切って仮面の盗賊団に加わり、フルートに助けられたのか。やはり奴との関わりは並ではないようだな」

 何故それを!? とジャックは驚きました。まるで誰かからその出来事を聞かされたようでしたが、そんな相手は近くにいなかったのです。

 まだ雪の上に倒れたままのジャックを、セイロスは見下ろし続けました。さらに考える顔になって言います。

「この男は使えるかもしれないな。奴をよく知っているし、奴に容易に近づくことも可能だ。奴もこいつには手を出せないだろう」

 ジャックはかっと顔を赤くしました。

「そんなわけあるか! 俺とあいつはガキの頃から犬猿の仲なんだ! あいつが俺のために手を抜くとか攻撃をやめるとか、そんなのはありえねえぞ!」

「どうかな。使えるか使えないか、試してみようではないか。それに、私は役に立つ部下を探していたところだ」

 セイロスが手を伸ばすと、とたんにジャックの体が動かなくなってしまいました。声を出すこともできなくなります。

 ジャックは迫ってくる手を恐怖の目で見つめました。黒い籠手におおわれた腕には赤い筋が血管のように脈打っています。不気味ですが目を離すことができません――。

 

 ところが、ジャックに触れる直前、セイロスは急にその手を横に向けました。

 とたんに空中で激しい爆発が起きます。

「何者だ!?」

 とセイロスはどなりましたが、爆発が地面の雪を巻き上げたので視界がききませんでした。白い雪煙が森の中に広がっていきます。

 すると、ジャックの体がふわりと浮き上がりました。誰かが抱えあげたのです。鎧兜を着た彼を軽々とその場から運び去ります――。

 そこへ風が吹き、雪煙が消えていきました。再びあたりが見えるようになります。

 森の中に立っていたのは長い杖を持った老人でした。足元にはジャックが尻餅をついて、ぽかんとしています。

 人質を奪われたセイロスは苦々しく言いました。

「ロムドの魔法使いだな。待ち伏せていたのか」

「いいや、遅れて到着したら強烈な闇の気配がしたんで、様子を見に来たんじゃ。おまえさんは飛竜部隊の先頭にいるものとばかり思っとったがの」

 と深緑の魔法使いは答え、足元のジャックにも話しかけました。

「怪我はありゃせんか? なんでひとりでセイロスに向かうような危険な真似をしとったんじゃ。それに、その鎧の色はどうした?」

「しょ、将軍のご命令です。深緑殿がいらっしゃれば、また魔法であいつに変身させてもらったんですが、いらっしゃらなかったから金泥を塗ったんです」

「勇者殿の身代わりをしとったのか。魔法で変身なぞせんで良かったかもしれんぞ。勇者殿の姿になっとったら、一発で奴に殺されたじゃろう」

 と魔法使いは言って、セイロスへ杖を構えました。ジャックも起き上がって剣を抜きます。

 

 セイロスは二人をにらみつけました。

「私を飛竜部隊から引き離す作戦だったわけか。だが、その男がフルートと関わり深いことはわかった。そいつをこちらにいただこう。奴を倒すために役に立ってもらう」

 ジャックはたちまちまた真っ赤になりました。剣をセイロスに向けてどなり返します。

「まっぴらごめんだ! また闇に誘惑されてあいつに助け出されるなんてのは、死んだって嫌だ! 俺のプライドが許さねえ!」

 その返事に魔法使いの老人は苦笑しました。

 セイロスは冷ややかに笑います。

「やはりフルートを呼び寄せるのにいい餌になるようだな。こちらに来い」

 黒い籠手におおわれた腕を伸ばしますが、間をさえぎるように、また爆発が起きました。老人が防いだのです。

「私の邪魔をするな、ロムドの魔法使い!」

 とセイロスが言うと、その背後でざわざわと髪が動いて周囲へ広がり始めました。何十もの束になり、そのひとつひとつの先が蛇の鎌首の形に変わっていきます。

「深緑殿、奴の目が――」

 とジャックは言いました。セイロスの瞳が黒から血のような紅い色に変わっていたのです。口の端から牙の先ものぞきます。

「闇の怪物の姿じゃな。本性を現してきたんじゃ」

 と老人は言って杖を握り直しました。セイロスは魔法を発動させる動きをしていないのに、全身から強烈な闇魔法を放ち始めていたのです。長い髪が闇の触手に変わって伸びてきます。老人は障壁を張りましたが、触手はそこに絡みついてきました。蛇の頭で魔法の壁にかみつきます。

「深緑殿!?」

 老人がまるで体をかまれたようにうめいたので、ジャックは焦りました。セイロスの闇の力のほうが老人の魔力より強いのです。

 触手の蛇は障壁に頭を潜り込ませ、突き破ろうとしました。魔法使いは必死でそれを防ぎますが、歪んだ顔からは脂汗がしたたっています。ジャックにはどうすることもできません――。

 

 そのとき、森の向こうからいきなり、どぅぅん……と低い音が伝わってきました。地響きがして森が揺れます。

 セイロスも深緑の魔法使いもジャックも、思わずそちらを振り向き、鳥たちがいっせいに空に飛び立つのを見ました。セイロスが顔つきを変えます。

「あの方角は――」

 言い終わる前にまた音がして足元が揺れました。飛び立った鳥の群れがギャアギャア鳴きながら頭上を飛び過ぎていきます。

 セイロスは、はっきりと顔色を変えました。

「私をここに誘い出して飛竜部隊に罠を仕掛けたな! こしゃくな真似を!」

 どぅん!

 森の中でもまた爆発が起きました。セイロスが繰り出した魔法攻撃を、深緑の魔法使いが防いだのです。とたんに老人は力負けして吹き飛ばされました。雪の上に仰向けに倒れます。

「深緑殿!」

 ジャックは老人を守って前に飛び出しました。かなうはずはないのに、セイロスへ剣を構えます。

 ところがセイロスはもう彼らには目を向けませんでした。自分の飛竜に飛び乗ると、あっという間に空に舞い上がっていきます。

 見上げるジャックと魔法使いを森に残して、セイロスは基地の方角へ飛び去っていきました――。

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