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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第16章 罠

56.罠

 翌日、夜明けと共に出発した飛竜部隊は、激しい吹雪に遭遇しました。

「セイロス! セイロス! 前が全然見えないぞ!」

 ギーが先を行く飛竜に呼びかけますが、その声は風に吹きちぎられてしまいました。周囲は真っ白で、セイロスが乗った飛竜もかすんでいました。雪の粒が風と共に正面からたたきつけてきます。

「まったく……!」

 とギーは顔の上で凍り付いた雪を払いのけ、ついでに自分の飛竜の背に積もった雪も払い落としました。そんな状況でも寒さを感じないのは、セイロスが飛竜部隊全体にかけた魔法のおかげでしたが、雪で視界が悪いことだけはどうしようもありませんでした。雪がやむまでどこかに避難したいところですが、先頭を行くセイロスは飛行をやめる気配がありません。

 ギーでさえ閉口しているのですから、竜使いたちの不満は相当なものでした。激しく吹きすさぶ雪の中、はぐれてしまわないようにぎりぎりまで近づいて飛びながら、大声で話し合っています。

「なんでこんな雪の中を飛ばなくちゃいけないのよ!? 地上に降りちゃだめなの!?」

「下はまた森だろう! 飛竜は降りられんよ!」

「あの男はどうしてこんな無茶な飛び方ばかりするんだ! 俺たちを殺す気か!?」

「いい加減にしてくれ! もう限界だぞ!」

 そんなやりとりはギーにも聞こえていました。振り向いて、黙れ! と命じてみますが、その声も風に飛ばされてしまいます。

 

 ギーは速度を上げてセイロスに追いつきました。並んで飛びながら話しかけます。

「まだ進むのか!? 竜使いの連中が反乱を起こしそうだぞ!」

「起こせるものか」

 とセイロスは答えました。どなっているわけではないのに、吹雪の中でもはっきり聞こえます。

 ギーは兜をかぶった頭を振りました。

「連中を甘く見るのはまずいぞ、セイロス! 連中はみんな飛竜を持っているんだ! その気になれば、こっちを襲撃することも、どこかへ飛んで逃げてしまうこともできるぞ!」

 ギーのほうは相変わらず大声です。

 そのとたん背後で悲鳴が上がりました。ギーが振り向くと、竜使いたちが飛竜の上で大騒ぎしていました。彼らの周囲に黒い影が飛び回っていたのです。吹雪にかすんでよく見えませんが、なんだか細くて長い蛇のようにも見えます――。

「よし」

 とセイロスが言ったとたん、蛇の影がちぎれて消えました。じきに竜使いたちの大騒ぎもおさまります。

 セイロスは彼らが追いついてくるのを待って言いました。

「四つ目の基地があるゾルゾルー侯爵領まではもう少しだ。文句がある者はいるか」

 竜使いたちは一様に青ざめた顔をしていました。セイロスに問いただされても一様に黙り込んでいます。

 ところが、ひとりの女が震えながら口を開きました。

「い、今の影を一昨日の基地でも見たよ。基地の人間を全部食べて……」

 しっ! と仲間たちが女をたしなめました。誰もが恐怖に引きつった顔をして、セイロスとは目を合わせないようにしています。女も飛竜の上でうつむき、ぶるぶると震えていました。寒さのせいではありません。

 ふん、とセイロスは冷ややかに笑いました。

「文句がないのならば飛べ。吹雪も間もなくやむだろう」

 竜使いたちの間からもう不満の声は上がりませんでした。誰もが飛竜を操って、黙々とセイロスに従います。

 その様子に、ギーが感心しました。

「やっぱりセイロスはすごいな! ひとにらみしただけで連中を従えてしまうなんて! 心配した俺が馬鹿だったよ!」

 そう言っている間に風がやみ、雪もやんで吹雪が収まっていきました。厚い雲の間から日が差し始めたので、竜使いたちから驚きの声があがります。

「魔法で吹雪を止めたのか! さすがセイロスだ!」

 とギーがまた絶賛しましたが、セイロスは返事をしませんでした。赤い筋が脈打つ自分の腕をじっと見つめ、低い声でつぶやきます。

「貴様、私に力を使わせようとして吹雪を呼んだのではないだろうな?」

 つぶやきも、それに対する返事も、ギーには聞こえませんでした。

 明るくなってきた空に、飛竜たちが喜んでキィィーッと鳴き声を上げます――。

 

 やがて、連なる山々の麓に、小高い岩場とその上に築かれた基地が見えてきました。岩場の麓の窪地には小さな城下町もあります。四つ目の基地があるゾルゾルー侯爵の領地に到着したのです。

 雪はもうやんでいましたが、あたりは一面新雪におおわれていました。森の木立だけが、白い世界の中に黒々と浮かび上がっています。

 ギーは伸び上がって城下町と基地を見ました。

「うん、今度は焼き討ちにも遭わなかったようだな。よかった」

「油断はならん。我々の進路は敵にばれている」

 とセイロスは答え、急に鋭い目を地上に向けました。森の中に、ちらりと金色に光るものが見えたのです。一頭の馬が森の奥へ駆け込んでいきます。

「やはり来ていたか」

 とセイロスはつぶやき、ギーに言いました。

「先に基地へ行け。私は用事を片づけてから行く」

「え、用事っていったい――セイロス!?」

 驚くギーの声を置き去りに、セイロスの飛竜は部隊から離れていきました。馬が走っていった森へまっすぐに下りていきます。

「まいったな。セイロスの奴、何を見つけたんだ?」

 とギーはぼやき、飛竜たちがかなり疲れているの見て、しょうがない、と溜息をつきました。

「基地には敵はいないようだし、とにかく連中を休ませないとな。それ、急げ」

 ギーに急かされて、彼の飛竜は基地へと向かっていきました。飛竜部隊もそれに従っていきます。

 

 ところが、基地の上空まで来ると、けたたましい鳥の声が聞こえてきました。雪が積もった屋上の真ん中に檻があり、中に何百羽という鶏が入れられていたのです。人の姿は見当たりません。

 ギーは感心して言いました。

「ゾルゾルー侯爵は用意がいいな。もう飛竜の餌を準備しておいてくれたのか」

 セイロスがいれば露骨な罠と気づくところでしたが、単純なギーは疑いもせずに降下を始めました。飛竜部隊も後に続き、百頭の飛竜が屋上に着地します。

「やれやれ。でも、これっぽっちの鶏じゃ足りないぞ。侯爵を探し出して、牛や豚も提供させないとな」

 とギーは飛竜から飛び降り、とたんに、おや? と足元を見ました。革の靴底が雪に埋もれた太いものを踏んだのです。

 飛竜たちも、屋上に着地したとたん、急に落ち着かない様子になりました。

「どうした?」

「落ち着け、落ち着け」

 と竜使いたちがなだめますが、飛竜は首と翼をせわしなく動かして足踏みしていました。やはり何かを踏んだのです。

 

 すると、いきなり彼らのすぐそばで角笛の音が響き渡りました。

 次の瞬間、どぅぅん……と体に響く音がして足元が揺れ、屋上の縁に積もった雪がいっせいに落ちます。

 驚いた飛竜は飛び立とうと走り出しました。飛竜は助走をしてからでないと舞い上がれないのです。ところが、何かにつまずいて前のめりになり、次々と雪の中に倒れ込んでしまいました。

「なんだ!?」

「いったいどうしたのよ!?」

 飛竜から投げ出された竜使いたちは仰天してわめき立て、雪の中から現れたものに息を呑みました。それは屋上に縦横無尽に張り渡された太いロープでした。飛竜はロープに足を引っかけ、絡まって倒れてしまったのです。

「誰がこんな真似を――!?」

 と腹を立てながらロープを切ろうとすると、再び地響きがして屋上が激しく揺れました。急に屋上が傾き始めます。

 飛竜も竜使いたちも悲鳴を上げました。屋上はどんどん傾き、やがて真ん中から真っ二つに割れてしまいました。割れたところが、どずん、と音を立てて落ち込みます。ロープを振り切った飛竜は空に舞い上がりましたが、大部分の飛竜はもつれ絡まり合って、天井の割れ目へ落ち込んでいきました。竜使いたちも一緒です。

 その中にはギーもいました。斜面を滑り落ちてくる雪とも格闘しながら、必死でもがき、手に触れたロープをつかんでやっと身を起こします。

「くそっ! いきなりどうしたっていうんだ!?」

 悪態をつきながら頭上を見上げたギーは、そのまま動けなくなってしまいました。

 落ち込んだ屋上の縁にいつの間にかたくさんの兵士が立ち並んで、彼らを取り囲んでいたのです。兵士たちは揃いの銀の鎧兜を身につけていました。ロムド軍の正規兵です。

 その間に姿を現したのは、濃紺の防具をつけた老将軍でした。ロープに絡まり折り重なっている飛竜や竜使いたちを見下ろし、さっと手を振ります。

 とたんにまた重い音がして、巨大なものがいくつも縁に現れました。防御のために屋上に集められていた丸い岩です。ロムド兵が数人がかりで押して転がしてきます。

「馬鹿な……!」

「お、おい、よせ!」

 悲鳴を上げた竜使いたちと飛竜めがけて、岩がごろごろと転がり落ちてきました――。

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