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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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55.非情

 セイロスの率いる飛竜部隊がダントス伯爵領へやってきたのは、その日の午後も遅くなってからのことでした。

 雪におおわれた森の向こうに白いものが立ち上っていたので、ギーが尋ねます。

「セイロス、あそこがそうか? なんだか煙が上がっているように見えるんだが」

「なに?」

 セイロスは顔つきを変えて、飛竜の速度を上げました。じきに煙の元へたどりつきます。

 そこは森の中の城下町でした。柵の内側に低い石垣や建物が寄り集まっていますが、柵や家は燃え尽き、石垣や建物の土台は黒焦げになっていました。火はもう消えていましたが、焼け跡から煙が立ち上り続けていたのです。

 飛竜部隊は城下町の上を飛び回りましたが、焼け残っている建物はほとんどありませんでした。町の西はずれに築かれた基地も、すっかり燃えてしまっていました。

 

「ここが次の基地なのか!?」

「焼けて何もないじゃないか!」

 竜使いたちが騒ぎ出す中、セイロスは地上へ降りていきました。焼けた城下町と森の間の雪野原に、町から逃げ出した住人を見つけたのです。皆、呆然と立ちつくしたり、座り込んで泣いたりしていましたが、セイロスは哀れみの目を向けませんでした。厳しい声で問いただします。

「ダントス伯爵はどこだ!? いないのか!?」

 すると、家来に付き添われたダントス伯爵が、森の中から転がるように出てきました。セイロスの前に膝をつき、頭を下げて言います。

「申しわけありません。明け方に敵の襲撃を受けました――! 火のついた荷車が町に突っ込んできたのです! 折からの強風にあおられて、あっという間に町全部が燃えてしまいました!」

 話しながら伯爵はさめざめと涙を流しました。貧しい彼に与えられていたのは、この城下町と自分の館、それに町の周辺のわずかな耕作地だけでしたが、その大半が焼失してしまったのです。

「今朝は強風など吹いていなかった。魔法のしわざだ」

 とセイロスは言いました。冷ややかな口調の陰に怒りが潜んでいます。

 伯爵は泣きながら話し続けました。

「兵士たちと基地を守ろうとしましたが、火の回りが早すぎてどうすることもできませんでした。着の身着のまま逃げ出すのがやっとでした。煙にまかれて焼け死んだ者たちも少なくありません」

 とたんにセイロスは眉をひそめました。いまいましそうにつぶやきます。

「思い切った手を使ってきたな。まさかこんな真似をするとは思っていなかったぞ」

 セイロスの脳裏にはフルートの顔が浮かんでいました。魔法の風で火事をあおったと知って、ポポロのしわざと思い込んだのです。

 そんなことは知るよしもない伯爵は、セイロスの前にひれ伏し、額を地面にこすりつけながら言い続けました。

「どうか我々と領民をお救い下さい。あなたの魔力なら焼けた城下町を元通りにすることも可能でございましょう。なにしろ、あの基地をたった一晩で築かれたのですから――」

 領主の嘆願を聞きつけて、近くにいた住人たちも集まってきました。セイロスに向かってひざまずき、手を組んで一緒に嘆願を始めます。

「お願いです。どうかお助け下さい、旦那様」

「夜になれば、このへんは滝も凍りつくくらい冷え込むんです」

「このままじゃ、俺たちみんな凍え死んじまいます」

「どうか憐れと思ってお慈悲を……」

 けれども、相変わらずセイロスに心動かされる様子はありませんでした。ダントス伯爵へ厳しく尋ねます。

「飛竜の餌にするために集めた家畜はどうした。火に追われて森に逃げ込んだか」

 伯爵はひれ伏して泣くばかりで返事をしませんでした。セイロスが二度三度と問いただしたので、領民がおそるおそる答えます。

「豚や牛はみんな焼け死んじまいました」

「基地の中に囲ってあったから、火にまかれて……」

 

 びしり!

 突然頭上で巨大な鞭(むち)のような音が響いたので、人々は飛び上がりました。

 泣いていた伯爵も跳ね起き、真っ青になって上を見ましたが、空には飛び回る飛竜が見えただけでした。音がどこから聞こえたのかわかりません。

 すると、セイロスが言いました。

「揃いも揃って無能な連中め――。なんのために貴様たちに金を与え基地を造ってやったのだ。飛竜は飢えて疲れている。そのための基地だったのだぞ」

 セイロスの声には、はっきりとした怒りがありました。低い声は、なんだか地の底から響いてくるようにも聞こえます。

 伯爵と領民たちは思わず後ずさりました。セイロスの背後で黒い影のようなものが立ち上り始めたように見えたからです。よく見ると、それはセイロスの髪の毛でした。生き物のようにうねりながら持ち上がって、蛇の鎌首の形になります。その中に赤い二つの目が現れたので、ダントス伯爵はその場で腰を抜かしてしまいました。領民たちは悲鳴をあげていっせいに逃げ出します。

 すると、周囲にいきなり高い柵が現れました。あっという間に彼らを取り囲んでしまいます。

 逃げられなくなった領民が柵に取りついていると、その背後にさらに大勢の人々が現れました。焼けた城下町を前に呆然としていた住人たちです。いきなり柵の中に移動してしまったので、驚いてきょろきょろします。

 恐怖の目を向けてくる伯爵たちを、セイロスはねめつけました。

「無能どもが。せめて我々の役にたつがいい」

 冷ややかに言い捨て、マントをひるがえして彼らに背を向けます。

 次の瞬間セイロスは柵の囲いの外に出ていました。そのまま振り向きもせず、自分が乗ってきた飛竜へ歩いていきます。後に残された人々は、呆気にとられてそれを見送りました――。

 

 セイロスが空にまた舞い上がってきたので、ギーと竜使いたちが集まりました。

「セイロス、下はどうなっているんだ?」

「飛竜は疲れ果てているぞ! これ以上飛ばせるわけにはいかない!」

「腹も減らしているんだ!」

「餌はちゃんとあるんでしょうね!? なかったらとんでもないことよ――!」

「下へ降りてみろ」

 とセイロスが言ったので、竜使いたちはいっせいに地上へ舞い降りていきました。

 ギーが心配そうにセイロスに言います。

「見たところ、すっかり丸焼けになってるようじゃないか。ひょっとして飛竜の餌も全部焼けてしまったのか?」

 とたんに地上から叫び声が上がったので、ギーは、ぎょっとしました。何事!? と飛竜から身を乗り出します。

 それは歓声でした。竜使いたちがいっせいに喜んでいるのですが、火事の煙がまだ上空に漂っているので、何が起きているのかよくわかりません。

「降りるぞ」

 とセイロスがまた降下していったので、ギーもついていきました。喜んで話し合っている竜使いたちのすぐそばに着地します。

 彼らの前には高い柵があって、その奥にたくさんの家畜がいました。牛、馬、豚、羊……賑やかに鳴きながら柵の中を走り回っています。

 竜使いたちがセイロスに駆け寄ってきました。

「こういうことなら、早く言ってくれよ!」

「餌は無事だったのね!」

「これで飛竜も俺たちも安心して休める!」

 と笑顔で口々に言います。

 柵の中にいるのは家畜たちだけでした。つい先程まで閉じ込められていたはずの伯爵や住人たちは、ひとり残らず姿を消していたのですが、竜使いたちはそんなことは知りません。家畜たちはがどこから来たのだろう、と疑うこともありませんでした。

「飛竜に餌をやれ。明日も日の出と共に出発するぞ」

 とセイロスは言って、自分の飛竜をギーに預けました。

 ギーと竜使いたちが飛竜を柵の中に追い込むと、家畜たちはつんざくような悲鳴を上げました。逃げ回ることしかできない哀れな生き物に、飛竜たちが襲いかかっていきます――。

 

 背後にその騒ぎを聞きながら、セイロスはまたいまいましそうな表情になっていました。吐き出すようにひとりごとを言います。

「この状況でも私の邪魔をするか、フルート。だが、私は止まらん。必ずディーラにたどりついて貴様の本拠地を潰し、仲間をひとり残らず血祭りに上げてやる。ただ――」

 声が急に冷静になりました。

「私には絶対的に部下が足りない。だが、無能な者は足手まといになる。なんとかして優秀な部下を確保しなくては」

 セイロスが考え込んでしまうと、ククク、と地の底から響くような声が湧き上がってきました。ひと筋の髪が鎌首に変わってささやいてきます。

「優秀な部下ならいくらでも呼べるではないか。簡単なことだ。私の名で呼びつければいい」

「消えろ」

 とセイロスがそっけなく言うと、髪はたちまち力を失って、兜の下から流れるだけになりました。

 セイロスは、ふん、と鼻を鳴らすと自分の腕を見つめました。黒く変わった水晶の籠手には、太い赤い筋が走っていますが、それが本物の血管のように脈動していたのです。籠手と腕の境目が溶け合っていて、どこまでが防具でどこからが生身の体が、見極めることもできません。

 革の手袋を脱ぐと、指先には黒い長い爪が伸びていました。傷つける獲物を探し求めるように、先端は鋭く尖っています。

 彼はまた手袋をはめ直すと、ひとりごとを言い続けました。

「もう少し部下が必要だ。それも優秀な部下が」

 思案する彼の上に、空から夕闇がゆっくりと下りてきていました――。

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