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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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54.ダントス伯爵領

 その頃、飛竜部隊の次の目的地であるダントス伯爵の領地では、兵士たちが忙しく動き回っていました。オーダが引き連れてきた辺境部隊です。エスタ城があるカルティーナから急ぎに急いで、飛竜部隊の先回りに成功したのでした。

 星も見えない暗い夜でしたが、雪が積もった森の中ではかがり火がいくつも焚かれ、斧の音がひっきりなしに聞こえていました。兵士たちが森の木を切っているのです。オーダが斜面に立ってその様子を見守っていると、ひとりの兵士が森から出てきて言いました。

「作業は順調だぜ、オーダ隊長。朝には準備が整う」

 辺境部隊は大半が傭兵なので、柄はあまり良くありません。

 答えるオーダのほうも、ちっとも隊長らしくありませんでした。

「上等上等、その調子でがんばってくれ。俺はここで楽させてもらってるからな」

 その足元では白いライオンの吹雪が腰を下ろして、のんびりとあくびをしています。

 

 すると、兵士は急に真顔になりました。

「なあ隊長、本当に大丈夫なのか? こんなことをしたら、やばいような気がするんだが」

 オーダは肩をすくめました。

「でかい図体のくせに気が小さい奴だな。大丈夫に決まってるだろうが。新しい国王になったエラード公だけでなく、総司令官のフルートもちゃんと約束したんだぞ。敵より早く到着できたから、これでご褒美は確実だ。だが、敵の基地を占拠できたら褒美は倍額、敵を追い払ったら三倍なんだからな。どうせやるなら、そこまで徹底してやらなくちゃ嘘だ」

 敵を撃退できたら報奨金は四倍出す、とフルートは言っていたのですが、オーダはそれを勝手に三倍に引き下げていました。兵士はそんなことは知らなかったので、兜を脱いで頭をかきました。

「もちろん、褒美はたくさん欲しいさ――。だが、ここもエスタだ。本当に隊長の言う作戦を実行してかまわないのか? 後で罰を食らったりしないんだろうな?」

 オーダは口笛を吹くように口をとがらせました。

「ここは敵に寝返った奴の領地だ。なんで遠慮の必要がある。それに俺たちはエスタ人じゃない。やばくなったら、褒美を持って国外に逃げりゃいいんだ」

 けれども、兵士はやっぱり納得しませんでした。

「この近くの出身の奴がいるんだよ、隊長。そいつがぐずぐず言うもんだから、みんなも後ろめたくなってるんだ」

 オーダはまた肩をすくめてしまいました。ちょっと考えてから、こう言います。

「よし。それじゃ成功したときの褒美を四倍に増やしてやる。これなら文句を言ってる奴も黙るだろう。急げよ! 夜明けまでにはなんとしても準備を終えなくちゃいけないんだからな!」

 成功報酬が四倍と聞かされて、兵士は飛び上がりました。あとはもう何も言わずに仲間たちの元へ戻っていきます。じきに兵士たちの間から威勢の良いかけ声が上がりました。木を切り倒し薪に割る音が急に活気を帯びてきます。

 やれやれ、とオーダは無精ひげが伸びた顎をなでました。

「結局フルートが言ったとおりの褒美を出すことになっちまったか。うまいことピンハネできるかと思ったんだが――。ま、しょうがない」

 とひとりごとを言いながら、部下たちが働く森に背を向けます。

 そちらは下りの斜面になっていて、下りきった場所に館と小さな町がありました。領主のダントス伯爵の居城と城下町です。さらにその向こうには石造りの基地もあって、夜通し焚かれるかがり火に照らし出されていました。

「あそこに飛竜どもを立ち寄らせなかったら褒美は四倍だからな。勝負だぞ、セイロス」

 とオーダはまたつぶやいて、にやりとしました。

 森で木を切る音は背後で続いています――。

 

 やがて、東の空が白んでくる頃に作業は完了しました。

 大量の薪や丸太を積んだ荷車が、森の外れにずらりと並んでいます。荷車自体も森の木を利用した、にわか仕立てのものでした。それが百台以上もあります。

「よしよし、上出来だ。夜明けと同時に始めるぞ」

 とオーダが言っていると、兵士のひとりが町を指さしました。数人の男たちが町から馬で走り出てきたのです。全員が鎧兜を身につけて、腰には剣を下げています。雪を蹴立てて斜面を駆け上がると、オーダたち辺境部隊の手前で立ち止まって呼びかけてきます。

「おまえたちは何者だ!? ここはダントス伯爵のご領地だぞ! 勝手に森の木を切るとは何事だ!? それを置いて、さっさと立ち去れ!」

 ははぁん、とオーダはまた顎をなでました。

「俺たちを捕まえずに追い返そうとするからには、俺たちを町に入れたくないわけだな。ま、そりゃそうか。これから町にお偉い連中がやってくるんだからな」

 一方、部下たちはオーダのそばに集まって言いました。

「どうするんだ、隊長。あいつらと戦うのか?」

「こちとら一晩中木を切って、へとへとだぞ」

「だが、隊長がやれというなら、あいつらくらいなら倒してやるけどな」

 オーダは手を振りました。

「やめとけ、町の中には兵隊がもっと大勢いるぞ。そいつらとまともにやり合う気はないんだ。とりあえず連中を追っ払おう」

 そう言うと、オーダは腰の大剣を引き抜きました。それを見て敵はまたこちらに向かってきましたが、オーダの部下たちは逆に大きく退きました。ライオンの吹雪は、ぺたりとその場に身を伏せます。

「そぉら、これでも食らえ!」

 とオーダが剣を振り下ろしたとたん、切っ先からごぉっと激しい風が巻き起こりました。雪の斜面を下っていって、突進してくる兵士たちを馬ごと吹き飛ばしてしまいます。

「どうだ、吹雪。今のは『余計な雑魚(ざこ)なんぞあっという間に吹き飛ばしてやる剣』だぞ」

 とオーダが言ったので、ライオンはあきれたように主人を見ました。人間のことばがしゃべれたなら、「なんだ、そのひどい技名は!」と文句を言ったかもしれません。

 

 敵の兵士たちが起き上がって町へ駆け戻るのを見て、部下たちもオーダの元に戻ってきました。

「連中にとどめを刺さなくていいのか、隊長?」

「すぐに味方を連れてくるぞ」

 口々に心配する部下たちに、オーダは言いました。

「気にするな。こっちのほうが早いんだからな。そら、仕上げといくぞ」

 そこで部下たちは駆け出し、荷車にわらわらと取りつきました。配られた革袋の中身を荷台の薪や丸太に空けます。それは松明(たいまつ)に使う油でした。たちまち油の匂いが漂い始めますが、部下たちはまた不安な顔になりました。

「これっぽっちしかないのか?」

「こんなんじゃ全然足りないだろう。どうするんだ?」

 けれども、オーダは平然としていました。

「いいんだよ。それは火口(ほくち)なんだからな。そら、火をつけろ!」

 そこで部下たちは荷車に火を放ちました。油に濡れた木はすぐに燃え出しましたが、その火はちょろちょろと控えめでした。部下たちが心配そうな顔を見合わせます。

 すると、いつの間にかまた剣を抜いたオーダが荷車の後ろに立ちました。部下たちに下がるように命じてから、風の魔剣を振り上げます。

「そぉれ、業火車突進剣!!」

 とたんに、ごごごぅ、と強烈な風がわき起こって荷車に吹きつけました。炎があおられて大きく燃え上がり、荷台の薪や材木を呑み込みます。

 それと同時に荷車が動き出しました。風に押され、下り斜面を雪を蹴散らしながら走っていきます。斜面を下りきった先には、ダントス伯爵の城下町がありました。荷車が燃えながら町に突っ込んでいきます。

 けれども、町の周囲には空堀と柵が廻らしてありました。荷車が堀に落ち込みそうになった瞬間、オーダがまた剣を振ったので、荷車は風に押されて堀を飛び越えました。そのまま柵に激突して大破しますが、荷車の炎は木の柵に燃え移りました。

「そぉれ、それ、それ! 全部まとめて突進しろ剣だ!」

 とオーダは剣を振り続け、風で燃え上がった荷車を次々突撃させました。

 荷車は勢いよく駆け下り、堀を飛び越えては柵に激突していきました。中には下ろしたままだった跳ね橋から、直接町の中へ飛び込んだ荷車もあります。驚いた住人が飛び出して消そうとしますが、火は大きくなるばかりです。

 やがて荷車は一台残らず町に突っ込みました。それでもオーダが剣を振り続けたので、火はますます燃え広がって柵を完全に焼き尽くしました。火の粉と炎が風に舞い上がり、町の建物に飛び火していきます──。

 

 火事がついに基地にも届いたのを見て、オーダはようやく剣を振るのをやめました。剣を収め、顔の汗を手で拭いながら、満足そうに言います。

「よしよし、これで任務達成。褒美は四倍だ」

「でも隊長、総司令官殿は基地を占拠して飛竜を撃退しろって言ったんじゃなかったのか? 町を焼き討ちしろとは言わなかったと思うんだが」

 と部下のひとりが突っ込んだので、オーダは、じろっとにらみつけました。

「馬鹿、俺たちがセイロスや飛竜部隊とまともに戦えると思うのか? そんな命知らずは俺はごめんだ。要は飛竜を基地に立ち寄らせなきゃいいんだよ。成功は成功だ。文句あるか」

 もちろん部下たちも命は惜しかったので、文句などはありませんでした。ごうごうと火の粉と煙を上げて燃える町を、斜面の上から眺めます。

 炎の中に逃げ惑う住人の姿を見つけて、オーダはつぶやきました。

「おまえにはこういう真似はできんだろうな、フルート。だが、戦い方としては、こういうのだってありなんだよ」

 燃える町を朝日が照らし始めました。大量の煙が青空に立ち上っていきます。

 オーダたち辺境部隊は、セイロスが向かう基地のひとつを潰すことに成功したのでした――。

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