ゼンたちが部屋に戻ると、そこにはフルートたちの他にエラード公とシオン大隊長、ケーラと深緑の魔法使いが集まっていました。
「あら、オーダじゃないの。久しぶりね。いつの間にエスタ城に来てたのよ」
とルルに言われて、オーダは広い肩をすくめました。
「一週間くらい前だ。挨拶に来ようとしたら、近衛部隊の連中に『勇者殿が辺境部隊の傭兵なんぞにお会いになるか!』と追い払われたんだよ」
「それはそれは。部下たちが大変失礼なことをした」
とシオン大隊長が詫びると、オーダは、にやっとしました。
「だから、ばったり出くわすのを期待して、城内をうろうろしていたんだ。俺の読みは正しかったな」
すると、フルートが言いました。
「オーダにも来てもらえて本当に心強いよ。辺境部隊の力もきっと必要になるんだ。ありがとう」
「おう、さすが金の石の勇者は人の使い方を知ってるな! そう、人ってのは、誉めて誉めて誉めまくって動かすもんだ。で――」
オーダは急に笑顔を引っ込めると、エラード公へ目を向けました。じろじろと眺めてからまた言います。
「確かにエラード公だな。ウフマンの牢獄は一度入ったら死ぬまで絶対に出られないと聞いていたんだが、そこまでのことでもなかったのか」
「兄上と勇者たちのおかげだ。彼らの寛大な心に私は救われた」
とエラード公は言いました。冠こそかぶってはいませんが、立派な服を着てマントをはおり、真実の錫を握った姿は、いかにも国王らしく見えます。
オーダはまた肩をすくめました。
「どう見ても兄貴の留守の隙に王座を横取りした簒奪者(さんだつしゃ)にしか見えないんだがな。その錫を持ってなんともないからには、本当にフルートたちの味方になったってことか。わかった。俺も信用することにしよう」
オーダの身分から言えばとんでもなく無礼なことばでしたが、エラード公は怒りませんでした。かつて兄王を裏切り金の石の勇者たちを暗殺しようとした事実は、どう言い訳しても消えなかったからです。
「感謝する」
と神妙に答えます。
「よし、それじゃ始めるぞ。ユギルさんが敵方の領主を見つけ出した。トーラさんがそれをケーラさんに知らせてくれたんだ」
とフルートが口火を切って、話し合いが始まりました。
「裏切り者の領主たちだね。何人くらいいたのさ?」
とメールが尋ねると、ケーラが答えました。
「セイロスについた領主は全部で六人でした。ただ、そのうちのジャーガ伯爵はセイロスに殺されてしまったので、現在は次の五人になっております」
「シオン隊長たちに教えてもらって、地図に彼らの領地を書き込んでみたんだ」
とフルートがエスタ国の地図の載ったテーブルに招いたので、全員がそこに集まりました。文字が読めない仲間たちのために、フルートが地図を指さして読み上げていきます。
「アンリ伯爵領、ユーゴー男爵領、ゾルゾルー侯爵領、ダントス伯爵領、バム伯爵領……以上の五カ所だ」「思ったよりは少なかったわね。それに、なんだかエスタ国の東側や南側に集まってるんじゃない?」
椅子に乗って地図をのぞき込んでいたルルが首をかしげました。セイロスに寝返った領主の領地は、エスタ国の東から南にかけて集中していたのです。
エラード公が溜息をついて答えました。
「エスタは豊かな国と言われるが、それは西部と北部の平原地帯の話だ。南部や東部は山ばかりで、上がりが少ない。今、名前が挙がった者たちは、以前は特に豊かな場所に領地を持っていた。それが、私に加担したためにこんな場所に領地替えさせられたのだから、恨み骨頂だったことだろう」
「まあ、いわゆる辺境地帯ってやつだな。この辺は本当に貧乏で何もないから、争いも起きない。俺たち辺境部隊もめったに派遣されない場所だぞ」
とオーダも言います。
「ワン、でも、そういう場所なら基地を作っても見つかりにくいですよね。この五人の領地をセイロスはどんなふうに渡り歩くつもりだろう?」
とポチが言うと、シオン大隊長が答えました。
「一番考えられるのはこうですな──。イシアード国に一番近いアンリ伯爵領から我が国に侵入し、そこから西へ飛んで、ユーゴー男爵領、ダントス伯爵領、ゾルゾルー侯爵領、バム伯爵領と移動して、そこから国境の森を越えてロムド国に侵入するルートです」
すると、フルートが首を振りました。
「イシアード国からアンリ伯爵領に直接飛ぶことはできません。バム伯爵領からロムドに直接侵入するのも無理です。イシアード国とアンリから伯爵領の間には山脈があるし、バム伯爵領とロムドの間には闇の森があります」
と言って、飛竜は高く飛べないので山越えが難しいことや、森に降りられないので餌が獲れなくなることを説明しました。このあたりは、以前ロムド城でオリバンやセシルたちと話し合って考えたことです。
ふぅむ、とエラード公はうなりました。
「飛竜というのは無敵に見えるが、案外制約があるのだな。とすると、的はどういったルートで攻めてくるのだ?」
質問を受けて、フルートは地図の上へ指を走らせました。
「大きな山や森は避けて進むんですから、こうだと思います──。まずイシアード国からはユーゴー男爵領へ。間に大きな川がありますが、飛竜にはまったく問題ありません。次に、そこから南下してアンリ伯爵領へ。その後は、シオン隊長も言うように、ダントス伯爵領、ゾルゾルー侯爵領、バム伯爵領と西へ進んでから、国境にある闇の森を避けて北上して、森が切れたところでロムドに侵入するルートです」
フルートの指の動きを、深緑の魔法使いは身を乗り出して見つめていました。
「ということは、セイロスはロムドの東の街道に沿って攻めてくるつもりじゃな。陛下たちにお知らせして、東の街道の守りを固めてもらわねば」
と、さっそくロムド城と連絡を取ろうとします。
ところが、それまでずっと黙っていたポポロが急に言いました。
「本当にそうかしら……」
部屋の人々は思わずポポロを振り向きました。彼女がこんなふうに口を挟んでくるのはめったにないことです。
注目を浴びてポポロはたじろぎましたが、なに? とフルートに優しく聞き返されると、勇気をふるって話し続けました。
「あの……今フルートが言ったルートじゃ、時間がかかりすぎると思うのよ……。バム伯爵領からぐるっと闇の森を遠回りしたら、きっとロムド城に着くまで何日も余計にかかっちゃうわ。セイロスならば、もっと早いルートで来るんじゃないかと思うの……」
「でも、闇の森は飛び越えられないはずだよ。広くて一日では越えられないし、飛竜は生き物だから、休まずに飛び続けることもできないからな。それとも、どこか別の場所から近道できると思うのかい?」
とフルートは尋ねました。ポポロの話を否定しているのではなく、耳を傾けようとしているのです。
ポポロは頬を紅潮させて、一生懸命話し続けました。
「闇の森の南側はミコン山脈だけど、山の中に通り抜けられそうな谷間があるのよ。すごく狭くて急な谷だから人間が通るのは無理だけど、飛竜には越えられそうな気がするの。それがちょうどバム伯爵領に当たっているの」
「魔法使いの目で見つけたのかい?」
「ううん、天空の国の地図でそのあたりを見たときに気がついたのよ。ユギルさんからの報告を待つ間も、なんとなく考えていたわ。ここからロムドに入れるなぁって……」
「それは? どこだ?」
とフルートがすぐに地図をのぞき込んだので、ポポロはその上に手をかざしました。
「ローデズチノーニクノーウクンテー」
すると、かざした手の下で地図が変わりました。大半は今まで通りですが、一部分だけが、まるで森や山脈の実物を縮めて貼り付けたように、写実的な絵になったのです。曲がりくねった尾根や谷間もはっきりとわかります。
驚く一同に、ポポロは地図をなぞってみせました。
「ここよ。山の中に湖があって、エスタ側の麓まで川でつながってるし、湖の後ろにある山を回ると、そこからまたロムドまで深い谷川が流れているの」
ポポロが示したルートが地図上で白い線になって光ったので、一同は、おおっとまた驚きました。光の線はエスタの南西の国境からミコン山脈の中を抜けて、ロムド国の南東の端までつながっています。
深緑の魔法使いが目を鋭く光らせました。
「湖のほとりに城があるのう。バム伯爵の城のようじゃな」
「ワン、山を抜けた先のロムド側は湿地帯ですよ。飛竜部隊が飛ぶのには好都合だし、その先にも飛竜部隊を遮るものがほとんどありません」
とポチも言います。
「そのまままっすぐ北へ飛べば、ロムド城があるディーラか。確かにセイロスには絶好のコースだな」
とゼンも言いました。そうするうちにポポロの魔法が切れて、天空の国の地図が元の不確かな絵に戻って行きます。
フルートは考えながら言いました。
「バム伯爵領はこのコースの入り口に当たる。飛竜部隊がこのコースに進んでくるのは間違いなさそうだな──。でも、飛竜は必ず途中の基地でも休む。まず敵の領地に作られた中継基地を潰そう。飛竜が休めないようにすれば、敵を弱らせることができる」
「わかった。さっそく領主たちに出撃命令を出そう」
とエラード公が言います。
すると、オーダがあきれたように言いました。
「相変わらず戦わないで勝つ方法を考える奴だな。戦闘なしで敵を壊滅させようってのか。俺たち兵隊は楽ができるから御(おん)の字だが、本当にうまくいくのか?」
フルートは首を振りました。
「基地を押さえただけでは飛竜部隊は倒せないよ。相手はあのセイロスだ。どんな状況でも、きっと前進しようとするだろう。でも、休憩が取れなかったら疲れやダメージは溜まっていくから、飛竜部隊は弱っていくはずだ。そこを待ち構えて一気にたたくんだ」
メールは目を輝かせて身を乗り出しました。
「決戦ってわけだね! どこで待ち構えるんだい?」
「バム伯爵領だ。例のコースは狭いから、待ち伏せに最適なんだ」
とフルートが答えると、とたんにゼンが難しい顔をしました。
「ここから遠いな」
「あら、エスタ国の外れなんだから当然でしょう? それに、ここからもっと遠い基地もあるじゃない」
とルルが不思議がると、ゼンは答えました。
「城の裏庭に大いしゆみの試作品があったんだよ。ピランじっちゃんが作ったやつだ。そいつで飛竜を撃ち落としてやろうと思ったんだが、ここは山ん中だし、運ぶのが大変そうだと思ってよ。ルルやポチでは重すぎて乗せられねえだろうしな」
すると、シオン大隊長が言いました。
「あの大いしゆみは強力すぎて誰にも扱えなかったのだが、ゼン殿には使いこなすことができたのか。それは非常に心強い。なんとかして我々がバム伯爵領まで運びましょう。幸い兵力は豊富ですからな」
フルートはうなずき、また考え込みました。この都には国中の領主の軍隊が続々集結しています。もちろん国王の正規軍もいるし、オーダたちの辺境部隊も、ワルラ将軍が率いるロムド軍も揃っているのですから、兵力としては本当に豊かです。これをどう動かせば、一番効率よく飛竜部隊を殲滅(せんめつ)できるか。真剣に作戦を考え始めます。
すると、急に犬たちが部屋の入り口を振り向きました。
「ワン、この足音は」
「ジャックね。ずいぶんあわててるんじゃないの?」
話し合っているところへ、部屋の扉が勢いよく開いて、本当にジャックが飛び込んできました。銀の鎧兜に上着を着た従者の格好ですが、挨拶も抜きでどなります。
「大変だぞ、フルート! エスタの東の砦から早鳥の知らせが来た! イシアード国の方角から飛竜の大群が飛んできて、エスタ国内に入り込んだぞ!」
「なんだって!?」
一同は愕然としました。
素早さはセイロスの攻撃の真髄ですが、飛竜部隊はフルートたちが予想していたよりはるかに早く、国境を越えてエスタ国に侵入してきたのでした――。