オーダに案内されたノームの仕事場は、城の裏庭に広がる林を切り開いた空き地でした。空き地のまわりには木造の小屋がいくつも建ち並んでいますが、どれもオーダの腹のあたりまでしか高さがありません。体が小さいノームのための建物なのです。
ゼンたちはかがみ込んで小屋の中をのぞきましたが、ノームの姿は見当たりませんでした。
「連中はどこに行ったんだ?」
とゼンが尋ねると、オーダは片方の肩をすくめ返しました。
「みんなロムド城に行っちまったとよ。鍛冶屋の長殿が招集をかけたらしい。一晩でエスタ城からノームたちがいなくなったって話だ。連中は全員国王のお抱え鍛冶屋なんだが、王様より親方の指示のほうがずっと大事だったようだな」
オーダはあきれた口調でしたが、ゼンとメールは腑に落ちない顔をしました。
「それの何が変なんだ?」
「ピランさんはノームたちの師匠なんもん、当たり前だろ?」
人間の世界での暮らしが長くなってきても、相変わらず権力や身分の序列は理解できない自然の民の二人です。オーダが、やれやれとまた肩をすくめます。
誰もいない仕事場の真ん中には、雪をかぶった大きな荷車のようなものが何台も放置されていました。荷車にはおおいがかけられています。ゼンが近寄っておおいを外していくと、木や石の台座に据えられた武器が現れました。
「これが大いしゆみか。さすがにでかいな」
とゼンはさっそく調べ始めました。
台座の上には、長くて太い角材が載せられ、その先端に巨大な弓が取りつけられていました。弓には金属製の太い弦が張られていて、さらに金属のロープで複雑な巻上機につながっています。角材は上下に角度を変えられるようになっていました。それで空飛ぶ敵に狙いをつけるのです。
大いしゆみは他にも数台あって、形はや大きさはまちまちでしたが、基本的な構造は同じようでした。中には角材の上に太い金属製の矢が載ったままの大いしゆみもあります。
「でも、ピランさんが乗ってきた矢は、これよりもっと大きかったよね?」
とメールが言ったのでゼンはうなずきました。
「あれだけの矢を飛ばしたんだから、この何倍もでかいいしゆみだったはずだ。小さなノームがよく作ったよな――。よう、オーダ、このいしゆみはもう使えねえのか? なんか大丈夫そうに見えるぞ」
オーダは両手を広げてみせました。
「そいつらは失敗作なんだとよ。飛竜が攻めてきたときのために開発していたらしいんだが、空高く飛ぶ飛竜を追いかけられなかったり、強力に作りすぎて弓が引けなかったりしたらしい。最後に、これはって成功作ができたらしいんだが、完成する直前に都がジャーガ伯爵に包囲されたんで、長殿がいしゆみで城を脱出したら、その衝撃でいしゆみが壊れたってわけだ」
「失敗作なのかぁ……。これが使えたら、飛竜と戦うのにきっと役に立つのにね」
とメールは残念そうに大いしゆみを見回しました。木と金属を組み合わせて作られた武器は、どっしりと頑丈そうで、その気になればすぐにも使えそうに見えます。
すると、ゼンが一台をぽんとたたきました。
「使えねえかどうか、試しにいっちょやってみようぜ」
言うが早いか、いしゆみにかがみ込みます。
オーダはあきれ顔になりました。
「どうやるっていうんだ? うちの兵隊どもが面白がって使ってみようとしたんだが、一番小さいやつでも、びくともしなかったんだぞ」
「人間は力がねえからな」
とゼンは軽く言いながらいしゆみを調べていきました。巻上機の近くの小さなくぼみに灰色の石が詰まっているのを見つけて、ははん、とうなずきます。
「力のルビーを使おうとしたのか。そうだよな。ノームにこんなもんが動かせるわけがねえもんな」
「どういうことさ?」
とメールが尋ねると、ゼンはくぼみから灰色のかけらをこじりだして、メールにぽんと投げました。
「それは燃え尽きた力のルビーだ。魔石の一種で、小さくてもべらぼうな力を持ってるんだが、力を使い果たすとこんなふうに灰色の石ころみたいになっちまう。これで大いしゆみを動かそうとしたんだが、力が足りなくて魔石のほうが燃え尽きたんだ」
「そんだけ大いしゆみを動かすのは大変だってこと?」
「よほど強力に作りたかったんだろう。矢を高く遠く飛ばそうとしたら、弓が強くなるのは当然だからな――っと、こいつは本当に失敗作だな。これ以上は高く狙えねえ。このまま発射したら城の壁をぶっ壊すぞ」
ゼンはそんなことを言いながら隣の大いしゆみへ移動しました。またあちこち調べてから、うなずきます。
「よし、こいつはなんとかなるかもしれねえ。矢も載ったままになってるしよ」
おいおい、とオーダはまたあきれた声を出しました。
「そいつは一番でかくて強力な奴じゃないか。うちの兵隊が二十人がかりで取りついても、爪の先ほども動かなかったんだぞ。いくら力自慢のドワーフでも無理だ。なあ、吹雪」
主人から同意を求められて、白いライオンはオーダとゼンを見比べるように眺めました。返事はせずに首をかしげます。さしずめ「どうなんでしょうねぇ」というところです。
ゼンはさらに大いしゆみを調べると、メールやオーダに手を振りました。
「下がってろ。試しに発射させてみるぞ」
と角材でできた大いしゆみの軸に手をかけます。ふんっ、とかけ声をかけると軸の先端が真上まで跳ね上ったので、オーダは目をむきました。
「なんでそれを動かせるんだよ!? 二十人がかりでも動かせなかった代物なんだぞ!?」
「人間二十人なら、大した力じゃねえ」
とゼンは言うと、巻上機の取っ手を握りました。力をこめるとすぐに巻上機が回って、金属のロープを巻き上げ始めます。
へぇっ、とメールは感心しました。
「さすがゼンだね。頭はあんまりでも、馬鹿力だけはあるんだからさ」
「なんだよ、誉めてるように聞こえねえぞ」
軽い憎まれ口をたたき合いながら、ゼンはロープを巻き続けました。手入れもされずに放置されていた大いしゆみですが、さびついて堅くなったりしていないところは、さすがピランの作った道具でした。巻き上げるにつれて、太い弓が大きくしなり、弦が鋭角に引き絞られます。
それが終わるとゼンは巻上機を固定し、さらに大いしゆみのあちこちをいじっていきました。何をやっているのか、メールやオーダたちにはわかりませんでしたが、やがて準備はすっかり整ったようで、ゼンが二人へ言いました。
「矢がどこに飛ぶかよく見てろよ。自分に落ちてきそうになったら、全速力で逃げろ」
「そんなものが頭の上に降ってくるっていうのか? 物騒だからやめておけよ」
とオーダは渋い顔でしたが、ゼンはかまわず大いしゆみのレバーを動かしました。とたんに固定が外れ、どん、という衝撃と共に矢が飛びたちます。衝撃は大いしゆみが反動で大きく動いた音でした。車輪が雪の積もった地面に深くめり込んでいます。
一同は矢を追って空を見上げました。太い鉄の棒はあっという間にエスタ城の見張り塔より高く飛び、白い雲の間に見えなくなってしまいました。
「見失っちゃったよ」
とメールが言うと、ゼンは答えました。
「いや、俺には見える。ずいぶん高く飛んでるぞ。鷹が飛ぶくらいの高さまで昇ってやがる……そら、落ちてきた」
「え、どこさ?」
「見えないぞ」
メールやオーダがきょろきょろしていると、ゼンが空の一カ所を指さしました。それが自分たちの頭上だったので、メールたちは仰天しました。あわてて逃げだそうとすると、ゼンがどなります。
「そこを動くな! 串刺しになるぞ!」
二人がぎょっと立ちすくむと、雲の間から矢が現れて落ちてきました。音もなく迫ってきて、空き地の真ん中に突き刺さります。矢を放った大いしゆみからほんの十メートルほどの場所でした。雪煙と共に小石が飛び散り、衝撃が地面を揺らします。
「よし、矢が重いから風の影響はさほど受けねえな。大いしゆみのほうも異常はねえ。大丈夫、使えそうだぞ――って、おまえら、何やってんだ?」
メールやオーダが頭を抱えて地面に突っ伏していたので、ゼンは目を丸くしました。ライオンの吹雪は主人を心配して鼻面を押し当てています。
メールが跳ね起きてどなりました。
「こんな近くに落とすんじゃないよ! 当たるかと思ったじゃないのさ!」
「ばぁか。遠くに撃ったらそれこそ危険だろうが。そこを誰かが歩いてたらどうすんだよ」
とゼンは言い返して、オーダに話しかけました。
「そこのできそこない以外は全部大丈夫そうだ。これの矢は他にもあるのか? 飛竜部隊の攻撃に使おうぜ」
「矢はノームたちの小屋にしまってあるようだが……おまえの力っていったいどれだけなんだ、ゼン? 誰にも使えなかった大いしゆみを軽々と撃ちやがって。いくらドワーフだからって、怪力にもほどがあるぞ」
そんなことをぼやくオーダに、ゼンは、ふふんと笑いました。
「俺はドワーフの中でも特別なんだよ。そうでなきゃフルートの仲間はやってられねえからな」
「ま、それは確かにそうかもね」
とメールも賛同しました。そういう彼女は、花や木の葉を自在に操ることができる、特殊な海の民です――。
そのとき、ゼンとメールにポポロの声が聞こえてきました。
「今どこにいるの? ロムド城のユギルさんから連絡が入ったわ。敵方の領主がわかったんですって。急いで戻ってきて」
「おっ、いよいよか!」
「今すぐ行くよ!」
とゼンとメールは張り切りましたが、オーダにはポポロの声が聞こえなかっったので、きょとんとしました。
「なんだなんだ? 何かあったのか?」
「敵方の領主がわかったんだ。一緒に来いよ!」
「吹雪もね!」
ゼンたちはオーダたちを誘うと、全速力で城の中に駆け戻っていきました。