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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第14章 大いしゆみ

49.裏庭

 フルートたちの一行は、ロムド城のユギルから連絡が入るのを、今日もじっと待っていました。

 年が明けて新年になったのですが、誘拐されたエスタ王に代わって王位に就いたエラード公が、国中の領主へ出兵を呼びかけたので、カルティーナの都からは新年を祝う雰囲気など吹き飛んでいました。兵士を率いた領主たちが続々と集結してくるので、都の周辺は普段の何十倍もの人間で大変な混雑になっています。

 けれども、集まってきた領主たちの対応は、エラード公とシオン大隊長が一手に引き受けてくれたので、フルートたちが呼び出されることはほとんどありませんでした。出兵に応じなかったエラード派の領主については、名前をもうユギルに知らせてあったので、占いの結果が出るのを待っていたのです。

 いつものことですが、待つことが嫌いなメールはたちまち退屈してしまいました。だからといって、できることもなかったので、退屈しのぎに毎日城内を散歩します。今日も彼女は城の裏庭を歩いていました。無理やり連れ出されたゼンも一緒です。

 庭に積もった雪を踏みながら、メールはゼンに話していました。

「ねえさぁ、ユギルさんからの連絡、遅いと思わないかい? 怪しい領主を知らせてから、もう三日だろ? いい加減、敵の名前が判明してもいいはずなのにさ」

「もう三日じゃなく、まだ三日だろうが。相変わらず待てねえ奴だな」

 とゼンはあきれると、メールがにらんできたのを無視して話し続けました。

「一度も会ったことがねえ奴のことを占うのは、けっこう大変らしいぞ。エスタの領主なんて、会う機会はなかったもんな。時間がかかってもしかたねえだろう。フルートがそう言ってたぞ」

「それはそうかもしんないけどさぁ……こうしてる間にもセイロスが着々と戦いの準備をしてるのかと思うと、こっちも何かしなくちゃって思うんだよね」

「何言ってる。べらぼうな人数の兵隊が集まってきてるじゃねえか。領主たちと一緒によ。準備は着々と進んでるぞ」

「そういう準備じゃなくて、あたいたちの準備のことだよ! そんなこともわかんないのかい!?」」

 とメールが癇癪を起こしたので、ゼンは顔をしかめて片耳をふさぎます──。

 

 エスタ城の裏庭には小さな庭園があり、その先は畑になっていました。どこも一面雪でおおわれていますが、雪が畝(うね)の形に盛り上がっているので、そこが畑だとわかります。使用人の姿はありません。

 ざくざくと凍った雪に足跡を残しながら、二人は歩き続けました。

 真っ白い息を吐きながら、メールがまた言います。

「味方はどんどん集まってきてるし、間もなく敵方の領主も判明するんだろうけどさ。その後はどう攻めればいいんだろうね? いくら兵士が大勢集まったって、その頭の上を飛竜に飛んで行かれたら、どうしようもないよ」

「そりゃそうだが、フルートがそんなことを考えないわけがねえ。あいつがどうにかするさ」

 とゼンは答えました。難しいことを考えるのは苦手なので、その手のことは全面的にフルートに任せてしまっています。

 それが無責任に聞こえたのか、メールはあきれた顔になりました。

「ユギルさんが敵の領主たちを見つけ出したら、そこを攻めるっていうのはいいよ。飛竜部隊の中継基地もあるだろうから、それも抑えて、セイロスが飛竜でやってくるのを待ち構えるんだ。でもさ──何度も言うけど、飛竜は空を飛ぶんだよ。地上からいくら攻撃したって届かないし、飛竜が基地を見捨てて先へ飛んで行っちゃったら、地上の軍隊にはどうすることもできないよ。どうしたらいいのさ?」

「だから俺たちも出動するんじゃねえか。俺たちは飛べるんだからよ」

「あたいたちはたったの六人だよ? ポチとルルと花鳥で空を飛んだって、三組にしかならないんだ。それに対して飛竜部隊は百頭以上もいるんだから、いくらあたいたちが頑張ったって、全部の飛竜を倒したり停めたりするのは無理じゃないか」

「そこはその――フルートの奇抜な作戦でよ」

 ゼンがそんなことを言ったので、メールは、もうっ! と怒り出しました。

「何もかもフルート任せにしないで、少しは自分でも考えなよ! それともその短い首の上についてる丸いのは、頭じゃなくて飾りなのかい!?」

「おまえなぁ、出動できねえ八つ当たりを俺にするなよ。俺にそんなことが考えつけると思うのか? そういうのはフルートの役目なんだぞ」

 とゼンはうんざりした顔になります――。

 

 そこへ雪を踏む音が聞こえてきて、木立の陰から大柄な男が姿を現しました。黒い鎧兜をつけて、雪のように白いライオンを従えています。

「なんだ、誰が夫婦喧嘩してるのかと思えば、おまえらだったのか」

 傭兵のオーダでした。

「なんだよ夫婦喧嘩って? 俺たちはまだ結婚してねえぞ!」

「どうしてオーダがここにいるのさ? ヴィルド城にいたはずだろ!」

 ゼンとメールが口々に言いながら駆け寄ると、オーダは笑いながら言いました。

「そんなふうに聞こえていたぞ。あながち間違いじゃないだろう? で、なんで俺がここにいるかというと、もちろんヴィルド城からおまえらを追いかけてきたからに決まってる。あそこでの仕事は終わったからな」

「あん? 仕事ってどんな仕事だよ? 戦闘はまだ始まってねえぞ」

 とゼンが不思議がると、オーダは今度は苦笑いしました。

「これだからな。俺たち辺境部隊が、なんでわざわざヴィルド城まで行っていたと思うんだ。ロムドから来たおまえらを疑って殺そうとする奴がわんさといたから、そいつらを片っ端から懲らしめていたんだぞ」

 ゼンとメールは目を丸くしました。

「フルートたちはそんな危ない状況だったのかい?」

「でも、俺たちは全然気づかなかったぞ」

「だろうな。フルートは俺たちに報奨金の一部を前払いしてくれたから、それで情報屋を雇って、おまえらに手を出しそうな連中を見つけ出していたんだ。なにしろ、エスタの連中のロムド不信は根深いからな――。だが、それももう終わった。反ロムド派の旗頭だったエラード公が、おまえらと手を組んだからだ。筋金入りのロムド嫌いだったエラード公を、どうやって懐柔(かいじゅう)したんだ? おまえらを殺そうとしたこともあったってのに」

「まあ、そりゃ……いろいろとな」

 どこまで真実を話していいのかわからなくて、ゼンはまた曖昧に答えました。オーダのほうも、それ以上は追求しませんでした。口に出せない事情があることを察したのかもしれません。

 

 ゼンとメールはまた散歩の続きを始め、オーダも吹雪も一緒についてきました。オーダは一時期正規軍にいてエスタ城の警備に当たったこともあったので、エスタ城を詳しく知っていました。漫然と歩いていたゼンたちに解説してくれます。

「この裏庭は前庭や中庭ほど派手じゃないが、けっこう大事な場所なんだぞ。おまえらは植物園や畑を通ってきただろう? 植物園に植わっていたのは薬草だし、畑は城に新鮮な野菜を提供している。この雪の下にも野菜はあるから、そのうちに掘り出して料理に使うはずだ。もちろん城の人間は人数がべらぼうに多いから、そんなもんじゃ足りないんだが、城の台所の料理長は、城の畑で採れた野菜が世界で一番うまいと自慢している。酒のつまみに畑から人参を何本か失敬したら、料理長に絞め殺されそうなほど怒られたこともあったな――。で、その木立の向こう側は作業場だ。粉ひき小屋も鍛冶屋もあるし、ノームの仕事場もある」

「ノームってことは、ピランじいちゃんの仕事場ってことか?」

 とゼンが聞き返すと、オーダは、にやっと笑いました。

「ノームの鍛冶屋の長殿は、馬鹿でかいいしゆみに乗ってロムド城まで飛んで行ったって? まったく、あの爺さんらしいな。爺さんが作った大いしゆみは壊れちまったが、仕事場には試作品がいくつか残ってるぞ。見てみるか?」

「おう!」

「見たい!」

 とゼンとメールは即座に答えました。ピランを遠く離れたロムド城まで運んだいしゆみには、とても興味があったのです。

 二人はオーダの案内でさっそく木立の向こうの仕事場に向かいました――。

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