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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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47.心配

 「フルートの奴、やっぱりセイロスをかなり意識してやがるな」

 エラード公たちとの話し合いが終わり、エスタ城に準備された部屋に落ち着くと、ゼンがそんなことを言いました。

 ちなみに、フルートはまだ部屋に戻ってきていませんでした。少女たちもふたつ隣の部屋にいるので、この部屋にいるのはゼンとポチだけです。

 ポチはちょっと首をかしげました。

「ワン、最近フルートが、らしくないようなことを言うからですか?」

「ああ。今までだったら、いくら憎たらしい相手でも『殺す』なんてことは絶対に言わなかったんだぞ。とにかく二千年に一人の超お人好しなんだからよ」

「ワン、フルートは殺すとは言ってませんよ。セイロスを倒すって言ったんです」

「意味は同じだろうが」

 とゼンは言って溜息をつきました。

「口ではわかったようなことを言っていても、相当ショックだったんだろうなぁ。ポポロが昔セイロスの恋人だったってことがよ。まあ、好きな奴が昔、別の男と婚約までしていたと知ったら、やっぱり心穏やかじゃねえよな、男としてよ。やきもちも妬けてくるだろうし」

 すると、ポチはまた頭をかしげました。

「ワン、それはどうかなぁ? セイロスの恋人だったのは、ポポロじゃなくてエリーテ姫ですよ。それに、フルートからは嫉妬の匂いがしないんです。ゼンとポポロを取り合ったときとは違いますよ」

「おい」

 昔のことを蒸し返されて、ゼンが嫌な顔をします。

「ワン、ただ、誰かを守ろうとする気持ちはものすごく強くなってます。前からフルートはそうだったけど、このところ、前とは比べものにならないくらい守りの気持ちが強くなってるんです。セイロスを倒すってことばも、そんな気持ちから出てくるんじゃないかな」

「ポポロをセイロスから守ろうとしてるのか──」

 とゼンは言ってちょっと考え込み、改めてポチに尋ねました。

「なあ、実際のところ、どうなんだ? ポポロはエリーテ姫の生まれ変わりで、デビルドラゴンの我慢の力を体ん中に持ってるんだろう? だからあんなに魔力が強いわけでよ。その力をセイロスが自分のほうに取り返すってことはできるのか?」

 ポチはたちまち困った顔になりました。絨毯が敷かれた床を見ながら答えます。

「ワン、ぼくもそれはずっと考えていたんだけど、よくわからないんですよ……。ポポロが真相を知ってセイロスのところに行くなんてのは、何がどうなったって絶対ありえないけど、セイロスが知ったらどうなるのかな、って。ポポロはもうエリーテ姫の記憶なんて全然ないけど、セイロスはものすごく強力な魔法使いだから、ポポロから力を取り戻すことはできるのかもしれない。フルートもそれを心配してるんじゃないかと思うんですよ」

「だから奴をやっつけるしかねえって考えてるわけか」

 とゼンはまた溜息をつくと、自分のベッドに腰を下ろしました。膝に頬杖をついて言い続けます。

「でもなぁ。なんか落ちつかねえんだよなぁ。あいつが倒すの殺すのなんて言うのを聞くと」

「ワン、だからフルートは殺すなんて言ってませんてば」

 とポチがまた抗議します──。

 

 と、ゼンは急に顔つきを変えました。素早く立ち上がって窓に歩み寄ります。

「ワン、なんですか!?」

 とポチは驚いて身構えました。敵がやって来たのかと思ったのです。

 ところがゼンはすぐにまた元の顔に戻ると、頭をかいてベッドに戻ってきました。

「脅かして悪ぃ。外から視線を感じたんだが、ただのカラスだった」

 そこでポチもベッドに飛び乗って伸び上がりました。窓の外を見ようとしたのですが、そのときにはカラスはもう木の枝を離れて、どこかへ飛び去っていくところでした――。

 

 

 一方その頃、フルートはひとりでエスタ城の屋上に来ていました。

 雪で造られたように白いエスタ城ですが、屋上には本物の雪が降り積もって、一面真っ白になっていました。その中央に見張りの塔がそびえ、三角屋根の頂上で国王旗がひるがえっています。

 見張りの兵士は見張り塔に詰めているので、屋上に人影はほとんどありませんでした。そこを歩いて屋上のヘリまで行くと、眼下にカルティーナの城下町が広がって見えます。今朝降った雪は家々の屋根や広場にも積もって、街を銀世界にしていました。街を囲む八つの丘には八つの砦が影絵のようにそびえています。

 フルートはそのままたたずんで城下町を眺めました。時折、身を切るような風が吹いてきますが、魔法の鎧を着ているので寒さは感じません。黙ったまま何かをじっと考え続けます。

 すると、小さな足音が近づいてきて、少女の声が話しかけてきました。

「ここにいたのね、フルート。何を考えていたの……?」

 フルートは我に返って振り向きました。もちろん、そこにいたのはポポロです。寒い屋上に合わせて、暖かそうなコートを着込んだ格好になっています。

 フルートは穏やかに答えました。

「これからの見通しをね──。セイロスは今度はどんなふうに攻めてくるつもりだろう、って考えていたんだ」

 ポポロはうなずき、フルートの横に並びました。彼が眺めていた景色を一緒に眺め、やがてまた口を開きます。

「ねえ、フルート。今度は私たちにも戦わせてね」

 唐突なことばにフルートは驚いた顔をしましたが、ポポロは街を見たまま話し続けました。

「フルートたちはこの前、私たちを置いて闇大陸のパルバンに行ってきたでしょう? もちろん、ルルの具合が悪くてあたしたちが天空の国に行こうとしていたからだけど……。でも、今回はあたしたちもみんな戦闘に参加できるわ。今度は、あたしたちを残して、フルートたちだけで行ったりはしないでね」

 

 フルートは何も言いませんでしたが、心の中で密かにまた驚いていました。フルートがたった今、考えていたのは、セイロスの作戦のことなどではなく、どうやったらそのセイロスからポポロを守れるだろうか、ということだったのです。

 ポポロをまたアーペン城に行かせて、石になったエスタ王を守らせようか。ポポロだけでは承知しないだろうから、他の少女たちにも一緒に頼もうか。いや、それはメールが承知しそうにないな……などと考えを巡らしていたのです。頭の中をすっかり読まれてしまったような気がして、ポポロを見つめてしまいます。

 すると、ポポロはフルートに向き直りました。フルートの両手を取って握ると、驚く彼に話し続けます。

「ねえ、フルート、あたしたちとの約束、忘れていないわよね?」

「や、約束――?」

 フルートはオウム返しに言いました。鎧兜を着けていても。、ポポロの手のぬくもりと柔らかさは掌に伝わってきます。意識の大半がそちらに向いてしまって、質問の内容がほとんど頭に入ってきません。

 ポポロは何故か泣きそうな顔で笑うと、ゆっくりと話し続けました。

「最近のフルートは、ものすごく気負ってるわ。今度こそセイロスと飛竜部隊を倒そう。なんとしてもやっつけようって。そのために一生懸命考えているのもわかるの……。でもね、フルートがどんなに強くても、ひとりでは絶対にセイロスに勝てないわ。だって、セイロスはこの世で最強の闇魔法使いだし、フルートは魔法が使えないんだもの……。最近のフルートはまた自分だけで戦おうとしているみたい。そうすると、フルートはいつも自分だけで戦いに飛び込んで行くのよね。みんなを守ろうとして、自分ひとりだけで。ひとりでは無理だと思ったときには、ゼンやポチたち男の子だけで……。お願いだから、あたしたちにも戦わせて。あたしたちは女だけど、フルートと一緒に最後まで戦えるわ。あたしたちから離れないで一緒に戦って。それがあたしたちとの約束よ」

 フルートは面食らいました。君を置いていこうと考えたのは、君が女の子だからじゃなくて実は――とは話せるはずもなくて、うろたえてしまいます。

 ポポロは真剣な目をしていました。フルートだけを見つめる顔は、エリーテ姫とはこれっぽっちも似ていません──。

 

 フルートは腕を伸ばしてポポロの体に回しました。

 抱き寄せると、ポポロは驚いたように一瞬身を硬くしましたが、すぐに力を抜いて体重を預けてきました。すっぽりと両腕に収まった格好で、彼女もフルートの背中に腕を回してきます。

 フルートの中に改めていとおしさが湧き上がってきました。腕の中の彼女を強く抱きしめてしまいます。

 それをどう受け取ったのか、ポポロはまた泣きそうな顔でほほえみました。

「大丈夫よ、フルート。あたしたちはずっとあなたと一緒にいるから。最後の最後まで、あなたと一緒に戦うわ。だから……」

 ほろり、と宝石の目から涙がこぼれました。それでも笑顔で言い続けます。

「だから、あたしたちから離れていかないでね。ひとりで戦ったりしないで。約束よ」

 フルートは何も言わずにうなずきました。腕の中の大切な宝を抱きしめながら、もっと強くなりたい、と心に念じます。何があっても絶対に彼女を守り切れる、そんな強い男になりたいと――。

 

 城の屋上に降り積もった雪は、日の光を浴びて銀粉を混ぜたようにきらめいていました。その上を横切っていったのは、空を飛ぶカラスの影です。

 影が屋根から離れていっても、フルートはまだポポロを抱いていました。ポポロもずっと抱かれたままでいます。

 鳥が飛び去った冬の空は、青く晴れ渡っていました。

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