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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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43.スー公爵

 召使いの知らせに、オグリューベン公爵は一瞬きょとんとしました。

「ブリジットについてだと? スー公爵が何故それを――」

 と言いかけて、急に息を呑みます。

 勇者の一行も、はっとしました。誰もが同じことに思い当たったのです。

 すると、そんな一同の真ん中に、いきなり二人の人物が現れました。どちらも小柄ですが、片方は丸い眼鏡をかけた老人、もう一方は黒っぽい服を着た中年の男性です。丸眼鏡の老人にフルートたちは見覚えがありました。ロムド城で魔法使いのトーラが見せてくれた、スー公爵です。

「なかなか案内していただけないので、勝手に失礼しましたぞ、オグリューベン殿」

 いきなり乱入してきたのに、スー公爵は余裕たっぷりです。

 ポポロは黒っぽい服の男を見てフルートたちにささやきました。

「あの人、魔法使いよ……」

 それは以前オグリューベン公爵の居城に侵入して、公爵のひとりごとを盗み聞きした男だったのですが、さすがのポポロにもそこまではわかりません。

 ようやく口がきけるようになったオグリューベン公爵が言いました。

「無断で部屋に飛び込んでくるとは無礼ではないか。皇太子殿下も金の石の勇者の一行もおいでだというのに」

 非難しながらも、不安そうな声は隠せません。

 スー公爵は満足そうにうなずきました。

「そうそう、ことは荒立てないほうがよろしい。なにしろ、姪御のブリジット様は、わしの城においでだからな。いや、心配はいらん。丁重に歓待中だよ。もうしばらく、わしの城でゆっくりしていただくつもりだ」

「やっぱり、てめぇがブリジットさんをさらったんだな!?」

「なんのためにさ!? 目的はなんだい!?」

 とゼンとメールがかみつくと、スー公爵はおもむろに少年少女を見回しました。

「君たちが金の石の勇者たちか。ご苦労なことだな。本物でもない皇太子に仕えているのだから」

 勇者の一行は、またはっとしました。

 オグリューベン公爵がたちまち顔色を変えてスー公爵に詰め寄りました。

「聞き捨てならないことを言ったな、スー殿! それはどういう意味だ!?」

「言ったとおりの意味だよ。そこにいる皇太子殿下は、実は国王陛下のお子ではない。四年前に王妃が預けていった、誰の子とも素性が知れない子で、エスタの皇太子などではないのだ。ブリジット様がじきじきにそう話して聞かせてくださった――」

 スー公爵が言い終わる前に、オグリューベン公爵は腰の剣を抜きました。刃をスー公爵へ振り下ろします。突然のことで、フルートたちには止められません。

 

 ところが、次の瞬間、剣は部屋の片隅に吹き飛ばされてしまいました。同時にオグリューベン公爵も床に引き倒されます。スー公爵の魔法使いが防いだのです。

 スー公爵はにやにやしながら政敵を見下ろしました。オグリューベン公爵のほうは頭を強く打ったので、すぐには起き上がれません。

 フルートは前に飛び出しました。

「たとえ血のつながりがなかったとしても、皇太子殿下はエスタ王から認められた跡継ぎです! エスタ皇太子に違いはありません!」

 スー公爵はフルートへ目を移しました。彼が背後に幼い皇太子をかばっていたので、ふふん、と笑います。

「理屈はそうであっても、領主たちの多くは、真実を知れば離れていくぞ。だから今さら皇太子を守っても無駄だと言っているのだ」

 フルートは唇をかみました。悔しいのですが、スー公爵の言う通りになるだろう、とフルートにもわかったのです。ようやくここまでまとめたエスタ領主の同盟が、音を立てて崩れようとしていました――。

 

 一方、当の皇太子は、スー公爵が何を言っているのかよくわからないようでした。それでも、オグリューベン公爵が突然剣を抜いたり倒れたり、フルートが厳しい顔でスー公爵に話したりしているので、ただごとではないことを察して、不安そうに部屋の人々を見回しています。

 乳母も、皇太子が本当はエスタ王の子ではないという話に、うろたえて立ちすくんでいました。これまでのブリジットの態度から思い当たるところがあったのでしょう。まさか本当に……とつぶやいています。

 すると、スー公爵が石になったエスタ王に気がつきました。ふん、とまた馬鹿にするように笑って、お供の魔法使いに言いました。

「この連中が陛下をあがめ奉るとは偽善もいいところだな。こんな像は壊してしまえ」

「承知しました、殿」

 と魔法使いが進み出てきました。それが本物のエスタ王だということに、彼らは気がつかなかったのです。オグリューベン公爵の剣を吹き飛ばしたのと同じ魔法を、エスタ王にも浴びせようとします。

「だめだ!!」

 フルートたちは魔法使いに飛びかかろうとして、逆に魔法で吹き飛ばされました。ゼンは青い胸当てのおかげで平気でしたが、飛ばされたメールを抱きとめたところに、フルートとポチとルルが一度にぶつかってきたので、視界を遮られて一瞬何も見えなくなります。

 ポポロは、とっさに皇太子を抱きしめていました。白と青の乗馬服だったポポロの服が黒い星空の衣に変わって、彼女と皇太子を魔法から守ります。

「さあ、壊してやれ!」

 とスー公爵にまた言われて、魔法使いはもう一度呪文を唱えました。吹き飛ばしの魔法が石になったエスタ王へ飛んで行きます。

 

 すると、ポポロが振り向きざま叫びました。

「セエカ!」

 とたんに攻撃魔法は向きを変え、魔法使いの男へ戻っていきました。男とその後ろに立っていたスー公爵を吹き飛ばして壁にたたきつけてしまいます。エスタ王は無事です。

 フルートは跳ね起きて魔法使いに飛びかかりました。男に馬乗りになって言います。

「手を出すな! あれはエスタ王なんだ! 本物のエスタ王なんだ――!!」

 皇太子もポポロの腕から飛び出しました。

「父上に何をする、無礼者!!」

 と言いながら走っていきます。その行く先には真実の錫が立てかけてありました。錫が悪い人間を罰することを、皇太子は知っていたのです。

「あ、だめよ!」

 ポポロは止めようとしましたが間に合いませんでした。

 皇太子が錫をつかみます――。

 

 すると。

 錫を握った手が急に変わり始めました。

 ぷっくりとした小さな子どもの手が、みるみる大きくなっていったのです。指が長く太くなり、関節が力強く節くれだち、手の甲に黒い毛が薄く伸びてきます。爪も大きくなります。

 部屋の一同は絶句して皇太子を見守りました。

 変化は手だけではありませんでした。皇太子の体も大きくなっていきます。背が伸び、肩幅や背中が広くなり、手足は太く筋肉質になります。これまで着ていた子どもの服が消え、別の服が現れます……。

 やがて、彼らの前から幼い皇太子は消えてしまいました。代わりに錫を握って立っていたのは、長身の大人の男性でした。黒髪と灰色の瞳はそのままですが、引きしまった体に、王族が着るような立派な服をまとっています。

「うっそ! どうして皇太子が錫で変わっちゃうのさ!?」

 とメールは叫びました。

「そうよ! 錫は悪いことを企んでる人だけを罰するはずよ! 皇太子がそんなこと考えてたはずないじゃない!」

 とルルも言います。

 ところが、フルートとゼンとポポロとポチは何も言うことができませんでした。大人になってしまった皇太子を呆然と見つめてしまいます。

 オグリューベン公爵やスー公爵も同様でした。二人とも吹き飛ばされて床に倒れたまま、信じられないように皇太子を見ていました。

「そんな……そんなまさか……」

「……エラード様……?」

 彼らの目の前に現れた男性は、エスタ王の弟のエラード公だったのでした。

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