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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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41.厚顔・1

 オグリューベン公爵が、石にされたエスタ王に困惑するどころか喜んだので、フルートたちは呆気にとられてしまいました。

 ゼンやルルやメールが怒り出します。

「なんだよ、てめぇ! エスタ王が元に戻れなくてもいいって言うのか!?」

「エスタ王はまだ死んでないのよ! それなのに見捨てるつもり!? あんまりじゃない!」

「さては、皇太子をエスタ王にして、それでめでたしめでたしってことにするつもりだね!? あんたは新しいエスタ王の後ろ盾になって権力がふるえるんだからさ! エスタ王が助かるほうが都合悪いんだろ!?」

 息巻いて迫るゼンたちに、公爵もさすがに我に返って、これはまずいと考えたようでした。急いで手を振りながら言います。

「いやいや、これは勇者たちに誤解をさせてしまったようだ。私は別に陛下をお救いしないと言うわけではない。むろん――そうだ――あのセイロスという男は絶対に倒さなくてはならん。そのために国中の領主に協力を呼びかけたのだから。我々の元に集まってきた兵力は相当のものだ。皇太子殿下には、それを指揮する総大将になっていただかなくてはならないが、それには皇太子という肩書きでは権威が足りない。だから、殿下には国王になっていただかなくてはならない、と言っているのだ。もちろん、それは陛下をお救いするまでの間のことだ。陛下が元に戻られたら、エスタ国王は再び陛下になることだろう――」

 蕩々(とうとう)と話すオグリューベン公爵に、ゼンたちはまたあきれてしまいました。公爵は絶対にエスタ王を助けることなど考えていなかったはずだし、皇太子を総大将にするために国王になってもらう、というのも、今この場で思いついたことに違いないのですが、そんなことはおくびにも出さない厚顔ぶりです。

「皇太子殿下を総大将にすると言うんですか? 殿下はまだ四歳ですよ」

 とフルートは聞き返しました。声が厳しくなっていますが、公爵はそれもどこ吹く風でした。

「御年は関係ない。陛下が陣頭に立てない以上、皇太子がその代わりを務めることは当然のことだ。むろん、実際の陣頭指揮は、その能力がある別の者が務めることになる」

「フルートにやらせようっていうのね? ずうずうしい!」

 とルルが牙をむいても、公爵は平然としていました。

「いいや、私だ。私は皇太子殿下の大叔父なのだからな。幼い殿下に代わって私が陣頭指揮をとるのは当然のことだろう」

 勇者の一行はまた呆気にとられてしまいました。

「てめぇが軍勢を指揮して戦うっていうのか? マジかよ」

「敵はあのセイロスだよ。本気で勝てると思ってんのかい?」

「セイロスは飛竜部隊を連れているわよ。それでどうやって戦うつもり?」

「ああ、もちろん私ひとりで陣頭指揮をとるわけではない。金の石の勇者にも協力してもらう。勇者はこれまで何度もあの男と戦ってきた経験があるし、私と勇者は強い同盟を結んでいるのだからな」

 結局、公爵はやっぱりフルートに総大将を押しつけるつもりでいるのでした。このやろう! とゼンがまた公爵に迫ろうとします――。

 

 そのとき、部屋の扉が外からたたかれました。

「殿はおいででしょうか!? 火急の用件でございます! 中にお入れください!」

 アーペン城を公爵に代わって管理している城代でした。声がせっぱ詰まっています。

 公爵が扉を開けようとしたので、フルートはあわててポポロを振り向きました。

「エスタ王を!」

 石になった王を他人に見られてはまずいと考えたのです。

 ポポロは急いでまた肩掛けを鞄から出そうとしましたが、突然、あっ、と手を止めました。その手の中で薄衣の肩掛けがひとりでにちぎれていったのです。無数の切れ端になると、透き通るように薄れて消えていってしまいます。とうとう魔法の寿命が尽きたのでした。

 フルートたちが呆然としている間に、公爵は部屋の戸を開けて城代を引き入れてしまいました。公爵より年上の、白髪まじりの人物です。お話し中に申しわけありません、と詫びてから話し出そうとしてエスタ王を見つけ、ぎょっと立ちすくんでしまいます。

 すると、公爵が言いました。

「これは私が石工に命じて造らせた陛下の彫像だ。エスタ城を離れ陛下にも会えずにいらっしゃる殿下が、お寂しくないようにと思って、勇者たちにここに運んでもらったのだ」

 何食わぬ顔でそんな話をする公爵に、勇者の一行はまたまたあきれてしまいました。よくもこう次々と都合のいい話ができるものです。

 城代は公爵の嘘を信じたようでした。エスタ王の像に一礼すると、すぐに公爵に向かって話し出します。

「一大事でございます! ブリジット様のお姿がどこにも見当たりません!」

 姪が行方不明と聞いて、さすがの公爵も顔色を変えました。

「よく捜したのか? いつからだ」

「昼過ぎまでは城内においででした。昼食をおとりになってから、昼寝をするために寝室に引っ込まれて、二時間ほど後に召使いが声をかけに入ったところが、ベッドはもぬけの殻になっておりました」

 公爵は口ひげを震わせました。

「それでは、もうずいぶんたつ。何故もっと早く報告しなかった」

「昼前から一時雪が激しく降りました。ブリジット様が外へ散歩に出られて、そのまま城に戻れなくなっているのではないかと考えて、捜索隊を出しておりました。ですが、城の外にも、城の中にも、ブリジット様は見つからなかったのです」

「そんな馬鹿なことがあるか! もっとよく捜せ!」

 公爵に強く命じられた城代は、あわてて退出していきました。ブリジットを捜すために、城内の召使いたちを呼び集める声が聞こえてきます。

 

 部屋の扉が閉まると、公爵は深刻な顔で言いました。

「ブリジットは誘拐されたのかもしれん。ブリジットは皇太子の母親だ。我々に反発する誰かが賊を差し向けて、ブリジットをさらっていったのかもしれん」

「でもさ、ブリジットさんは皇太子の本当のお母さんじゃないんだろ? さらったって、あんまり意味ないんじゃないかい?」

 とメールが遠慮もなく聞き返すと、公爵は渋い顔になりました。

「それを知っているのは我々だけだ。他の連中はブリジットを皇太子の母と信じている」

 フルートは考え込んでいました。

「この城は皇太子がいるから守りも厳重になっている。それなのにブリジットさんが誘拐されたのだとしたら、相当熟練した犯人のしわざだな。そうでなかったら――魔法のしわざだ」

 一同は、はっとしました。セイロスがやってきてブリジットをさらったのかもしれない、と考えてしまったのです。

 けれども、ポポロがすぐに首を振りました。

「ブリジットさんがいなくなったのは昼過ぎなんでしょう? その時間なら、あたしもルルもお城の中にいたわ。もしもセイロスが忍び込んできたら、絶対にあたしたちが気がついたはずよ」

「そうね。セイロスが近づいただけで、私たちにはすぐわかったはずだわ。あいつの闇の匂いはものすごいもの」

 とルルも言って匂いをかぐように鼻を上げ、あらっ? と首をかしげました。

「闇の匂いはしないけど、かすかに魔法の気配がするわよ。ポポロの魔法じゃないわ。この城に他に魔法使いっていなかったわよね」

「やっぱり魔法のしわざか」

 とフルートは言って、また考え込んでしまいました。どこの誰が、何をするためにブリジットを誘拐したのか。今の段階では見当がつきません。

 

 そのとき、部屋の扉がまた勢いよく開きました。同時に小さな男の子が駆け込んできます。

「雪だよ、メール! ルル! 雪が積もったよ! 一緒に外で遊ぼう!」

 エスタ国の皇太子がノックもせずに部屋に飛び込んできたのでした――。

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