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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第12章 厚顔

40.困惑

 「まいったよね。ホント、これってどうしたらいいのさ?」

 とメールが言いました。

 ここはオグリューベン公爵の出城のアーペン城です。メールとポポロとルルの部屋には、砦から戻ったフルートたちがいました。部屋の中央には石になったエスタ王も立っています。山奥の砦に置き去りにはできないので、ここまで運んできたのです。

 金の石を使ってもエスタ王は元に戻りませんでした。セイロスの魔法が強力すぎて、ポポロにも打ち消すことができません。どうやってもエスタ王を生身に戻すことができなくて、彼らは困惑していたのでした。

 メールは話し続けました。

「ポポロにも無理だったんだもん、あたいの父上たちにも無理だよね。父上たちは海の王だから、強力な闇魔法を打ち消すことはできないんだ。天空王に頼むってのはどうだろ?」

「無理よ。天空王様は地上での出来事に関わることはできないわ」

 とルルが悔しそうに答えました。天空王は強力な光魔法の使い手ですが、力がありすぎるために、厳格な契約の下に置かれているのです。

 すると、ゼンが隅の壁に目を向けました。シオン大隊長から預かってきた真実の錫が、布にくるまれた状態で立てかけてあります。

「なあ、そいつでエスタ王をたたいてみたらどうだ? ひょっとすると元に戻るかもしれねえぞ」

「ワン、それは――」

 とポチが言いかけましたが、ゼンはさっさと錫をつかんで布を投げ捨てました。杖の先でエスタ王を小突きますが、王が石のままだったので舌打ちします。

「やっぱりだめか」

「ワン、当たり前ですよ。杖が壊れたらどうするつもりだったんですか」

 とポチは文句を言いました。

「真実の錫は心にやましいものを持った人間を罰して姿を変えるんだ。闇魔法を解除する力は持っていないさ」

 とフルートもゼンから錫を取り上げました。また壁に立てかけて、そのまま考え込んでしまいます。

 

「ワン、それにしてもセイロスはどうしてエスタ王を石にしていったんだろう? てっきり人質に連れて行くと思っていたのに」

 とポチが言うと、ポポロが答えました。

「大急ぎで出撃準備をしなくちゃいけないから、邪魔になると思って残していったのよ、きっと……。人の体液を吸い取る怪物を番犬に置いていったんでしょう? エスタ王を石にしたのは、怪物から守る意味もあったんだと思うわ」

「後からまた来て、エスタ王を利用するつもりだったのね」

 とルルも言います。

 メールがフルートに尋ねました。

「ねえさぁ、エスタ王を元に戻す方法ってないのかい? ずっとこのままってわけにはいかないだろ?」

 フルートは考え事から我に返りました。

「もちろんだよ──。それに、ずっと石のままでいると、エスタ王はそのうちに完全に死んでしまうらしい。精霊たちがそう言っていた。魔法で魔法が解除できないとなれば、残る方法はひとつだけだ」

「それって?」

「セイロスを倒す」

 フルートの声は穏やかでしたが、メールも他の仲間たちも思わずぎょっとしました。フルートがセイロスを「倒す」と言い切ったのは初めてのような気がします。

「奴を殺すってことか?」

 とゼンが疑わしそうに聞き返すと、フルートはかすかに笑いました。

「もちろん、セイロスを殺さずに倒せるなら、それに越したことはないさ。でも、そんな方法があると思うか? このままでは奴はずっと世界征服を企み続けるし、ロムドだって幾度となく襲われる。エスタ王だってこのまま死なせるわけにはいかない。それしか方法がないんだとしたら、やるしかないんだ」

 フルートの口調は穏やかなままでしたが、ことばと表情には名状しがたい強いものがありました。青い瞳はここにいない誰かを見据えています。

 仲間たちはますますとまどいました。いくらフルートが覚悟を決めても、本当にそんなことができるんだろうか、と誰もが考えます。

 すると、ルルがポチに頭を寄せてささやきました。

「ねぇ、フルートはいつからセイロスを『奴』って言うようになったのかしら? 前は『彼』って呼んでいたから、そんな丁寧な呼び方する必要ないのに、って思っていたんだけど」

 そう言われて、ポチも、そういえば、と気がつきました。

 フルートの中で、いったいいつセイロスは「彼」から「奴」になったのか。なんとなく、闇大陸で過去の真実を見てきてからのような気もします――。

 

 すると、部屋の外の通路が急に騒がしくなってきました。誰かが靴音荒く近づいてきます。

 ポチが耳を澄まして言いました。

「ワン、オグリューベン公爵ですよ」

「もうヴィルド城から到着したのかよ。早かったじゃねえか」

 とゼンが驚くと、フルートが言いました。

「君の名前で呼び出したからだよ。君とジャックがジャーガ伯爵の偵察に行った、と公爵には教えてあったからね。エスタ王の手がかりをつかんだのかもしれないと考えて、飛んできたんだろう」

「なんだ、エスタ王のことがそんなに心配だったのかよ? 見かけによらず忠臣じゃねえか」

「いや、エスタ王が無事で見つかると、領主たちに呼びかけたのが無駄になるから、そっちを心配しているんだよ」

 フルートの答えに、仲間たちは思わず顔をしかめてしまいました。

「ったく、領主って連中は」

 とゼンはまた舌打ちします。

 フルートはポポロに話し続けました。

「エスタ王のこの姿を公爵以外の人に見られるのはまずいな。何か方法はあるだろうか?」

「姿隠しの肩掛けをエスタ王にかけてあげるわ。そうすれば見えなくなるから」

「でも、肩掛けは傷んできているんだろう?」

「あたしはさっきエスタ王を元に戻そうとして魔法をひとつ使っちゃったから、継続の魔法がかけられないのよ。肩掛けだってもう少しだけなら使えるわ。大丈夫よ」

 ポポロはそう言いながら、肩から下げた鞄から薄衣(うすぎぬ)を取り出しました――。

 

 武人のような体格のオグリューベン公爵が部屋に入ったとき、彼には四人と二匹の勇者の一行しか見えませんでした。公爵に従ってきた家来たちも同様です。

 公爵は怒ったように少年少女を見回し、その中にフルートがいたので驚いた顔になりました。

「勇者はいつの間にこちらに来ていたのだ!? 私が出発したときには、魔法使いと一緒にヴィルド城にいたはずではないか!」

「深緑さんの魔法で送ってもらいました。その魔法は危険が伴うので、ぼく以外の人には使わないようにしてもらっているんです」

 とフルートは答えました。平然としていますが、もちろん真っ赤な嘘です。

 公爵はうさんくさそうにまた一同を見渡しましたが、相変わらずエスタ王の姿は見えなかったので、それで? と言いました。

「何度も言うが、私は忙しいのだ。いよいよ開戦が迫ってきたというのに、私をこんなところに呼び出すとは、いったいどれほど重要な要件だというのだ?」

 公爵の声には棘(とげ)がありましたが、その陰に不安が潜んでいることに、ポチは気がつきました。フルートの言うとおり、公爵は自分の出番がないままに事件が解決してしまったのではないか、と心配しているのです。

「それをお話しする前に人払いを願います。とても重要なことなんです」

 とフルートが言ったので、公爵はすぐに家来たちを部屋から出しました。扉が閉まると急き込んで尋ねます。

「これでよかろう? いったい何があったというのだ?」

「エスタ王をセイロスから取り戻しました。このアーペン城に連れてきています」

 フルートの合図を受けてポポロが肩掛けを引き外すと、エスタ王が現れました。公爵が、ぎょっと身を引きます。

 

 けれども、公爵は王をまじまじと見て笑い出しました。

「脅かすな、これは陛下の石像ではないか! こんなもので私をだまそうとするとは。悪ふざけもたいがいにしてくれ!」

「いいえ、それは本物のエスタ王です。あなたがこのエスタ王を粗末に扱うような真似をしたら、ぼくたちは全力で阻止します」

 公爵はたちまち笑いを引っ込めました。フルートの真剣な声にもしや、と考えたのです。彫刻にしては精巧すぎる石像を改めて眺めます。

「これが陛下だというのか……? まさか……」

「セイロスの魔法で石に変えられてしまったんです。今のぼくたちの力では元に戻すことができません。戻すためには、セイロスを倒すしかないんです」

 とフルートは言い、だから、と続けようとしました。だから味方の領主たちに呼びかけて、セイロスに総攻撃をかけましょう、と――。

 ところが、フルートが言うより早く、公爵はまた声をあげて笑い出しました。面食らうフルートたちの前で手を打合せ、笑いながら言います。

「そうか! そうか、そうか! 勇者たちにも陛下を元には戻せないのか! それではエスタに国王が不在になる! いよいよ皇太子殿下に国王になっていただくときが来たぞ!」

 喜んでそんなことを言う公爵に、フルートたちは呆気にとられて、ことばを失ってしまいました――。

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