「そうか、セイロスがジャーガ伯爵のところに来たのは、たった一カ月前のことだったんだな」
「ワン、セイロスが飛竜を連れてディーラから退却したのは十一月上旬でした。その後イシアードで王に裏竜仙境の住人を集めさせてから、エスタにやってきたんですね」
セイロスがいる山の砦に向かう間、フルートたちは案内役の兵士からいきさつを聞いて、そんな話をしていました。
兵士はフルートたちが尋ねることにはなんでも答えてくれました。空の上でゼンに荷物のように担がれていたので、少年たちの機嫌を損ねて放り出されないように必死だったのです。聞かれていないことまで一生懸命話してくれます。
「わ、我々はあの男を国王陛下のお使いとばかり思っていたんだ。あの男は殿様に大金を渡してくれたから、殿様はそれで新しい兵隊を大勢雇ったし、俺たち全員にすばらしい装備を買い揃えてくださった。それで陛下を守りに行くと聞かされたから、我々もすっかりそのつもりで都に行ったんだ」
「なにが守りだ。てめえらはジャーガ伯爵と一緒にカルティーナの都を包囲していたじゃねえか。敵を取り囲むみたいによ」
とゼンが言い返すと、兵士はますます必死になりました。
「本当だ! ロムドが送り込んだ間者が陛下のお命を狙っているから、絶対に誰も都に入れてはいけない、と殿様に言われていたんだ!」
「ったく。んなでたらめを信じやがって」
「ワン、ロムド王がそんなことするわけないじゃないですか」
とゼンとポチはあきれました。
「エスタとロムドは長い間戦いを繰り返していて、とても仲が悪かった。時間をかけて作られた人の気持ちは、簡単には変えられないのかもしれないな」
とフルートは溜息をつきます。
やがて、行く手に砦の山が見えてきました。砦そのものは木々に隠れてまだ見えませんが、砦に続く山道が見つかったので、一行は道に降りました。
「あとはぼくたちだけで行けるから、あなたはここから戻ってください」
とフルートが言ったので兵士は驚きました。道案内だけでなく、セイロスとの交渉役もさせられるだろうと覚悟していたのです。そう言うと、ゼンが鼻で笑いました。
「セイロス相手に交渉なんかできるかよ。一発で殺されるぞ。いいからとっとと城に戻れって」
「ワン、きっとセイロスと戦いになるし、そこに巻き込まれたら危険ですからね」
ゼンやポチにもそんなふうに言われて、兵士はあっけにとられました。ロムド王の手先のはずの金の石の勇者たちが、エスタ人の彼を思いやってくれたことが、あまりに意外だったのです。しばらく考え込んでから、こんなことを尋ねてきます。
「さっきの話だが……殿様があの男と組んで国王陛下を誘拐したというのは本当なのか?」
「本当だぜ。んで、国王がいなくなったエスタ城におまえらが押しかけて、王様を出せ、と大騒ぎしたわけだ。国中に大混乱を起こすためによ」
兵士はうめき声を上げると、今度はずいぶん長く黙ってしまいました。やがて、つぶやくように言います。
「それでは殿様は罰を受けることになる。我々もきっと……」
少年たちは思わず目を見交わしました。ジャーガ伯爵はもうその罰を受けてしまった、と全員が心の中で思ったのですが、誰もそれを口にはしませんでした。
兵士は兜を脱いで頭を下げると、彼らの前から去って行きました。顔を見れば、いかにも人の良さそうな中年の男性でした。その後、ジャーガ伯爵の城に戻ったのか、まったく別の場所へ逃げていったのか。フルートたちが彼にまた会うことはありませんでした――。
兵士の姿が森の中に見えなくなると、一行はまたポチに乗って飛び上がりました。山道をたどりながら砦を捜します。
やがてゼンが言いました。
「あったぞ! あれが砦に違いねぇ!」
フルートとポチは行く手へ一生懸命目をこらしましたが、彼らにはまだ深い森と細い山道しか見えませんでした。
ゼンが山道の先を指さします。
「あそこに石の橋が見えねえか? その先にあるのがきっと砦だぞ」
そう言われて、フルートたちにもようやく谷川の石橋と石積みの壁が見つかりました。どちらもひどく古びていて、今にも崩れそうです。
ところがゼンは眉をひそめました。
「なんだ、あの砦。外側はおんぼろなのに、中はやたらと綺麗だぞ。まるで昨日造ったばかりみたいじゃねえか」
仲間たちはもうしばらく先へ飛んでから、ようやくゼンと同じものを見ました。
「ワン、本当だ。壁が真っ白だし、屋根も綺麗になってる」
「セイロスのしわざだな。砦を使うのに修理したんだ。用心しながら近づいてくれ」
とフルートに言われて、ポチは旋回しながら近づき、やがて砦の上までやってきました。
砦は囲む外壁こそ崩れそうなままでしたが、入り口の門から先には道に真新しい石畳が敷かれ、赤茶色の屋根に白い塗り壁の建物がいくつも建っていました。どの建物も意匠を凝らした見事な作りになっています。
「ワン、砦と言うより館かお城みたいですね」
とポチは以前ここに来たエスタ領主たちと同じことを言いました。
「おんぼろな砦になんていられねぇって言うんだろう、セイロスは。なにしろ要の国の王子様なんだからよ」
ゼンは皮肉たっぷりです。
「襲ってくる気配がないな」
とフルートは砦を眺めながら言いました。彼らは姿を消しているわけではないし、砦の上を何度も旋回しているのに、セイロスも飛竜もいっこうに現れないのです。もうここにはいないんだろうか、と不安が湧き上がってきます。
「ワン、降りてみますね」
とポチが舞い降ります。
一行が砦の中庭に立っても、敵は姿を現しませんでした。真新しく見える砦ですが、人の気配がありません。
ところが、ポチは鼻をくんくんさせてから、小さな建物を示しました。
「ワン、あそこから飛竜の匂いがしますよ」
「てぇことは、あそこは馬小屋じゃなく竜小屋か」
「でも、セイロスの飛竜部隊には建物が小さすぎるんじゃないか?」
少年たちは話し合いながら竜小屋に近づきましたが、そこもすでにもぬけの殻でした。敷き詰められた藁の上に、食い散らかされた骨だけが残っています。
「牛の骨だな」
とフルートは一目で判断すると、竜小屋を見回してさらに言いました。
「この広さでは飛竜二頭を飼うのがやっとだろう。とすると、ここにいたのはセイロスとギーの飛竜だな。飛竜部隊の竜たちは別の場所にいるんだ」
「ワン、それこそイシアード王のところですか?」
「そうかもしれないな……。セイロスたちの飛竜がいなくなっているってことは、イシアード王のところへ戻ったのかもしれない」
「飛竜部隊を連れてくるためにか?」
ゼンのことばにフルートはうなずきました。
「奴がエスタの領主たちをもう味方につけていたら、飛竜部隊の中継地ができたことになる。いよいよロムドに攻めて出るぞ」
「じゃあ、エスタ王も一緒に連れていかれちゃったんだ! 早く追いかけないと!」
とポチがまた変身しようとします。
そのときです。
隣の建物から悲鳴が聞こえてきました。甲高い女性の声です。
フルートたちは、はっと顔を見合わせました。誰もいないとばかり思っていた砦に、まだ人がいたのです。
「どこだ!?」
「ワン、こっちから聞こえましたよ!」
耳が良いポチを先頭に、少年たちは竜小屋から隣の建物に飛び込んでいきました――。