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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第11章 突入

35.知らせ

 「おっ、雪だぞ」

 部屋の窓から外を眺めていたゼンが、舞い降りてくる白いものに気づいて言いました。エスタ国にもついに本格的な冬がやってきたのです。フルートたちがロムド城を離れてから、ちょうど四週間が過ぎていました。

「今年ももうすぐ終わるものね。当然だ」

 とフルートも窓を見て言いましたが、雪が次第に本降りになってきたので、心配そうな顔になりました。

「辺境部隊は今も郊外で駐屯しているんだよな? 雪で難儀していないかな」

 ゼンは、へっと肩をすくめました。

「オーダたちが雪くらいで音を上げるかよ。俺たちドワーフ猟師だって、雪の後は猟がしやすくなるから歓迎するんだぞ」

 するとポチが言いました。

「ワン、年が明ければ雪はもっと降るし寒さも本格的になりますよ。戦争をするのには条件が悪くなるから、さすがのセイロスも戦いを仕掛けるのは躊躇(ちゅうちょ)するんじゃないかなぁ。飛竜は寒さに強くないから、冬の空を飛ぶのは苦手なんですよ」

 フルートは思わず苦笑しました。以前、同じようなことを考えて、セイロスが開戦を送らせるのでは、と期待したことを思い出したのです。今度は慎重に言います。

「相手はあのセイロスだ。ぼくたちの常識は通用しないだろう。用心して備えておいて間違いはないさ」

「そういうことだな」

 とゼンもうなずいて無精ひげが濃くなってきた顎をかきましたが、ふと手を止めてフルートを見つめ直しました。

「そういや、今日は何日だ? 十二月の――ひょっとして、今日がおまえの誕生日じゃねえのか?」

 フルートは、にこりと笑いました。

「思い出してくれたんだ。ありがとう。うん、今日が誕生日さ」

「ちっくしょう! ばたばたしてて、すっかり忘れてたぞ! 覚えていたら誕生祝いのご馳走を作ってやったのによ!」

 ゼンは悔しがり、ポチはフルートに飛びついて顔をなめました。

「ワンワン、お誕生日おめでとうございます! 今日で十七歳ですね」

「いつの間にかね」

 とフルートはまた笑いました。彼が魔の森へ行って金の石の勇者になったのは十一歳のときですから、ずいぶん時間が過ぎたことになります。

「来月は俺の誕生日で、二月はルルの誕生日で、三月がメールだ。俺たち四人の誕生日が続いてるんだよな。今回の一件が片付くまで誕生祝いはお預けだから、何人分が一緒になるんだ? ケーキも特大にしなくちゃいけねえぞ……」

 ゼンはぶつぶつとそんなことを言っています。

 フルートは黙ってほほえみました。必ず勝って誕生祝いができると信じて疑わない友人を、頼もしく見つめてしまいます。

 

 すると、ポチが急に耳をぴんと立てて振り向きました。誰もいない部屋の真ん中を見て言います。

「ワン、あそこに――」

 そのことばが終わらないうちに、部屋の中に淡い光が湧き起こりました。深い緑色の光がみるみる強くなって、人影に代わっていきます。

 光が消えた後に深緑の長衣の老人と銀の鎧兜の青年が立っていたので、フルートたちは驚きました。

「深緑さん! ジャック!」

 魔法使いの老人は、顔のしわをいっそう深くして、少年たちに笑いかけました。

「無事に勇者殿の元へ飛べましたの。来たことがない場所だったので、ロムド城の白たちの力を借りましたわい」

 ジャックは目を見張って周囲を見回していました。場所移動の魔法に驚いて、すぐには口がきけない様子です。

 ゼンは尋ねました。

「深緑さんはともかく、どうしてジャックまで一緒なんだ? ワルラ将軍のところにいたはずだろうが」

「彼は今、わしと一緒に作戦行動の最中ですじゃ。ジャーガ伯爵を追跡して捕らえましての」

「ジャーガ伯爵を捕まえた!」

 とフルートたちは身を乗り出しましたが、老人が顔を曇らせたので、どきりとしました。

「セイロスに気づかれましたか?」

 とフルートが慎重に尋ねると、魔法使いはいっそう難しい顔になりました。

「今頃はもう気づいているでしょうな。セイロスやエスタ王の居場所を問い詰めて、もう少しで白状させられるところじゃったが、突然伯爵の心臓が停まってしまいましたのじゃ」

 フルートたちは二の句が継げなくなりました。ジャーガ伯爵は肝心の情報を口にする前に絶命してしまったのです。

 するとジャックが言いました。

「どう考えてもやっぱりおかしいですよ、深緑殿! 部隊の仲間のところへ連れていくまで伯爵はずっと元気だったのに、取り調べを始めたとたん、泡を吹いて倒れてそれっきりですからね! 死ぬような兆候なんて全然なかったんですよ!」

「泡を吹いたってことは毒か?」

 とゼンが言うと、ポチは首をかしげました。

「ワン、ただの毒なら深緑さんに助けられるでしょう。それができなかったってことは、呪いかなにかじゃないかしら」

「セイロスを裏切ろうとすると心臓が停まってしまう呪いか」

 とフルートは言いました。仲間であっても都合が悪くなれば簡単に殺してしまうセイロスに、強い嫌悪感と怒りを覚えます。

 深緑の魔法使いがまた言いました。

「わしらはセイロスから書状が届いたと言って伯爵に近づいたのですが、とたんに伯爵は自分の領地から離れようとしましたのじゃ。部下たちは領地に向かわせておいて、自分だけ逃げようとしましたからの。伯爵の領内にセイロスがいるのは間違いないでしょう」

「だから、急いでおまえらに知らせに来たんだ。伯爵が捕まって死んだことにセイロスが気づいたら、何か始めるかもしれねえからな」

 とジャックも言います。

「何かってなんだよ?」

 とゼンが言ったので、フルートは答えました。

「ジャーガ伯爵の城から逃げ出すか、ロムドに向けて出撃するか。いずれにしても伯爵の領地から離れようとするだろう」

「ワン、それじゃエスタ王は?」

「エスタ王は大事な人質だから、きっと一緒に連れていくだろうな」

 実際には、セイロスは足手まといになるエスタ王を置き去りにすることを決めたのですが、さすがのフルートにもそこまでは予想できません。

「ちくしょう! 逃げられる前にエスタ王を助け出さねえと!」

 とゼンはいきり立ちましたが、フルートは唇をかんで考え込んでしまいました。ポチが困ったように言います。

「ワン、フルートは当分ここを離れられないですよ。エスタ中の領主が集まってきているんだもの。このヴィルド城からフルートがいなくなったら、領主たちは失望して集まらなくなるし、怒って造反する人も出るかもしれません」

「じゃあ、このままセイロスがエスタ王を連れて逃げるのを見送るつもりか? 俺たちは領主どもが出撃準備をすませるまで待って、それからようやく動き出すって!? んな馬鹿な!」

 とゼンは声を荒げましたが、フルートは返事をしませんでした。今すぐエスタ王救出に向かいたいのは山々なのですが、エスタの領主たちに対しても責任があります。どうしたらいいか考え続けます。

 

 と、フルートは目を上げました。まじまじと見つめたのは、幼なじみの顔です。

「なんだよ……俺の顔に何かついてるってのか?」

 とジャックがいぶかしがると、フルートは今度は魔法使いを振り向きました。

「深緑さんたちはこの後も何か任務がありますか? なければ、ちょっとお願いしたいことがあるんですが」

「我々の一番の上官はあなたですぞ、勇者殿。あなたの命令は他の誰の命令にも優先されますわい」

 と魔法使いが答えたので、フルートは微笑しました。

「ありがとうございます。命令と言うよりお願いなんです」

 そう前置きしてから、フルートは話し始めました――。

 

 

「勇者! 金の石の勇者はいるか!?」

 武人のような体格のオグリューベン公爵が、どなりながらフルートたちの部屋に入ってきたのは、深緑の魔法使いとジャックが現れた一時間ほど後のことでした。

 公爵は腹を立てて顔を真っ赤にしていましたが、部屋の中にフルートがいるのを見ると、驚いたように立ち止まりました。横に彼が知らない老人もいたので、さらにぎょっとした顔になります。

「そ、その人物は何者だ!? いつの間に我が城に――!」

 すると、フルートは落ち着き払って答えました。

「こちらは深緑の魔法使い殿。ロムドの四大魔法使いのおひとりです。ぼくたちのために、陛下が応援に遣わしてくださったんです」

「よろしくお見知りおきくだされ、公爵殿」

 と老人は丁寧に頭を下げましたが、公爵はたじろいで後ずさりました。彼を見る老人の目つきがあまりに鋭く険しかったので、気後れしてしまったのです。本当にあの四大魔法使いだろうか、と確かめるように老人を眺めます。

「ぼくに何か御用でしたか?」

 とフルートが尋ねたので、公爵はますますうろたえました。

「い、いや、実は、勇者たちが風の獣に乗ってこの城を離れた、と見張りから報告があったのだが……どうやら何かの間違いだったようだ」

 フルートは微笑しました。

「それはゼンとジャックです。ジャックというのは、深緑殿と一緒にぼくの応援に来てくれたロムドの兵士です。ジャーガ伯爵が自分の領地に戻ったという報告があったので、ぼくに代わって偵察に行ってもらったんです」

 フルートはジャーガ伯爵が死んだことを公爵には話しませんでした。深緑の魔法使いも知らん顔をしています。

 なるほど、と公爵はやっと納得しました。

「見張りからの報告を聞いて、私は勇者たちがまた非常識をしでかしたのかと心配したのだ。国中の領主に協力を呼びかけながら、肝心の勇者が陣営を離れるなど、もっての外だからな。さすがにその程度の分別は持ち合わせていたようだな」

「それはご心配をおかけしました」

 フルートは公爵の皮肉を涼しい顔で受け流します。

 

 ところが公爵が部屋を出て行って足音が遠ざかると、フルートは溜息をついて肩をすくめました。

「まったく……あんなことを言われるなんて、あいつらは何をやってきたんだよ?」

 ひとりごとの口調がいつもと違っています。

 深緑の魔法使いは笑い出しました。

「勇者殿たちは世俗の欲にまみれた連中の期待通りになぞ動かんよ。だが、それにしてもうまいもんじゃな、ジャック。まるで勇者殿がしゃべっているようじゃったぞ」

 そこにいたのは魔法でフルートの姿に変わったジャックだったのです。

 ジャックはフルートの顔で憮然としました。

「そりゃぁ、あいつのことはガキの頃から知ってるわけだから……。でも、よりによって、あいつの影武者をやらされるなんて。故郷の連中には、こんな姿は絶対に見せられねえや」

「どうしてじゃ? なかなか様になっとるぞ」

 と老人がからかうと、ジャックは本気で怒り出しました。

「ロムドのためと思ったから引き受けたんです! そうでなかったら、こんな格好、死んでもやらなかったんだ!」

 悔しそうに言う彼の脳裏には、エプロンを締めて髪を結い上げた幼なじみの少女が浮かんでいたのですが、さすがの老人にもそこまではわかりませんでした。ただ、気配でジャックの心情を察したのか、真面目な顔と声になって言います。

「そうじゃ。セイロスからエスタ王を救い出せるのは、勇者たちしかおらんからの。勇者たちが動けるようになるためには、勇者殿の身代わりが必要なんじゃ」

「わかってますよ」

 とジャックはぶっきらぼうに答えました。声もフルートそっくりになっていますが、口調と表情が違っています。

 

 さてさて、と深緑の魔法使いは顎ひげをしごきました。

 フルートはジャックに自分の身代わりを頼み、老人にはそんなジャックを守るように頼んで、ジャーガ伯爵の城へ飛んで行ったのです。

 彼はジャックの正体がばれないようにするだけでなく、ジャックの命も守らなくてはなりませんでした。この国には、陣営の旗頭のフルートを狙う敵が、少なからずいるはずだったからです。

「ちっくしょう。こんなことなら、書状に変身させられているほうが、まだマシだった……」

 鏡に映った自分にまだ愚痴を言っているジャックを、老人はさりげなく見守り続けました。

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