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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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33.鍛え直された剣

 ジャーガ伯爵を人質にした深緑の魔法使いとジャックは、馬を走らせ、もう大丈夫と思われる場所まで来ると速度を落としました。その後は馬の頭を並べて進んでいきます。

 しばらくはどちらも何も言いませんでしたが、やがてジャックが口火を切りました。

「深緑殿、ひとつ質問してもいいでしょうか?」

「ほい、なんじゃな?」

 と魔法使いの老人は言いました。口調は親しげなのですが、濃い眉の下から彼を見る目は射抜くような鋭さです。

 ジャックは気後れして口ごもりましたが、自分から言い出したので、思い切って尋ねました。

「深緑殿の作戦はうまくいきましたが、どうして魔法で直接伯爵を捕まえなかったんですか? そのほうがもっと簡単だったと思うんですが」

 老人の目がいっそう鋭くなりました。

「怖かったかね? わしの魔法で書状なんぞに変えられて?」

 ジャックは憤慨したように首を振りました。

「いいえ! 常人には思いつけないすごい作戦だと感心したけど、怖いとは感じませんでした! 深緑殿は四大魔法使いのおひとりなんだから、失敗するなんてありえません! ただ、そんなすごい魔法使いなら、あんなことをしなくても、魔法で伯爵を捕まえられるはずだと思ったんです。どうしてなんでしょう?」

 彼が作戦の意図を真剣に知りたがっているのだとわかって、老人は厳しい目をやめました。穏やかな口調になって言います。

「確かに、魔法を使えば伯爵は簡単に捕まえられたの。だが、あそこはセイロスがいる場所から近すぎた。おまえさんは感じなかったろうが、わしには強烈な闇の気配がびんびん伝わっとったんじゃ。あそこでわしが魔法を使えば、即座にセイロスが気づいて飛んできたじゃろう。だから、あらかじめ充分に離れた場所でおまえさんに魔法をかけ、わしもジャーガ軍の兵士に化けて、伯爵に近づいたんじゃ。自分の魔法を解くのには魔法は必要ないからの」

「そういうことでしたか。よくわかりました!」

 率直に納得したジャックに、老人はほほえみました。作戦に関心を持ち、その理由や仕組みを知ろうとしている彼に、好感を持ったのです。

 同時に、ちょっと意地悪な気持ちも頭をもたげてきます。

「それにの、今回の作戦はわしのオリジナルではないんじゃ。赤いドワーフの戦いとも呼ばれとる、ジタン山脈での第二次戦の際に、勇者殿が考え出したものなんじゃよ」

 とわざと言ってみます。ジャックがフルートの幼なじみで、嫉妬からフルートをいじめたり裏切ったりしていたことを、老人は知っていたのです。

 案の定、ジャックは顔つきを変えました。

「あいつの……」

 と言ったきり、視線をそらしてしまいます。

 そんな彼へ老人は話し続けました。

「サータマン国とメイ国の連合軍が、魔金を狙ってジタン山脈を占拠していたときのことじゃ。我々は北の峰からジタンに移住するドワーフたちと一緒に戦っとった。勇者殿はポポロ様の魔法でドワーフたちを魔金に変えると、宝目当てに山を下りてきた連合軍の中でドワーフたちを元の姿に戻して、司令官たちを人質にしたんじゃよ。わしはそのときの作戦を真似ただけじゃ」

 

 ジャックは相変わらず目をそらしたまま何かを考えていましたが、やがて、ひとりごとのように言いました。

「いかにもあいつらしい作戦だ……。敵も味方も殺さねえし、傷つけねえ。あいつが考えることは、いつだってそればっかりだからな。だけど……だけど、でも!」

 ジャックはふいに向き直りました。強い声になって話し続けます。

「それだけじゃ戦いに勝てねえことだって、現実には山ほどあるんです! 人を切ったり殺したりするのは全然気持ちいいことじゃねえ! だけど、それをやらなかったら勝てねえし、ロムドだって敵に蹂躙されちまう! あいつは金の石の勇者だから全員を守って助けようとするけれど、俺はあいつじゃねえし、金の石の勇者でもねえ! だから、俺はロムドの軍人らしく勇敢に戦って、そのことでロムドを守っていく! 俺はそう決めてるんです!」

 ジャックは魔法使いの目を真っ正面から見つめていました。紅潮した顔には堅い決意が浮かんでいます。

 深緑の魔法使いは満足そうにうなずきました。

「おまえさんは充分勇敢じゃよ。将軍の従者はジャーガ軍の追跡隊に加わる必要はなかったのに、おまえさんは自分から志願して危険な任務に加わり、しかも、誰もが尻込みした任務を引き受けて、わしの魔法で書状に変身した。伯爵をみごと人質にできたのは、おまえさんの働きのおかげじゃ。さすがワルラ将軍の秘蔵っ子と言われるだけのことはあるわい」

 とたんにジャックは目をぱちくりさせて困惑の表情になりました。

「あの……それ、誰かが本当にそう言ってるんですか? 俺は貴族じゃないから士官学校に行ってません。戦闘のことを何も知らないもんだから、将軍や副官が一から教えてくださってるだけなんです。それに俺は頭もそんなによくねえから、覚えるにはいろんな経験を積むしかなくて、だから今回も追跡部隊に志願させてもらったんです。秘蔵っ子とか、そんなことは全然」

「ほう、そうかね」

 と老人は言うと長いひげをしごきました。

 士官学校で知識だけを詰め込んできた頭でっかちの青年将校が、実戦ではろくな戦いができないことを、彼は経験からよく知っていました。予備知識がないということは、それだけ素直に実戦力を身につけられるということです。しかも、ジャックには良いと思うことにすすんで志願する積極性もあります。

 なるほど、ワルラ将軍たちが目をかけて伸ばしているはずだわい、と老人はひそかに納得したのでした。

 

「あれはおまえさんのことなのかもしれんの」

 と老人は急にまた言い、意味がわからなくてきょとんとしたジャックに話し続けました。

「ユギル殿の占いの話じゃよ。わしらの中に鍛え直された剣を象徴にする者がいる、と言うていたらしい」

「ユギルさんの?」

 とジャックはますます目を丸くしました。ユギルは仮面の盗賊団の戦いで彼の人生を大きく変えてくれた恩人です。

 けれども、彼はすぐに首を振りました。

「俺の象徴は折れた剣だ、って前にユギルさんから言われたことがあるんです。心折られるような経験をしてきたんだろう、だけど折れても剣だから、それを握って他の人間を守ることができるって言われて。確かに俺は、ずっと馬鹿にしてきたフルートからこてんぱんにやられて……いや、あいつはそんなつもりは全然ねえから、それがまた癪(しゃく)に障って、でも、やっぱりあいつにはどうしてもかなわないもんだから、つい……だけどユギルさんからそんなふうに言われて嬉しかったから、俺はそのことばをずっと心の支えにしてやってきたんです」

 正直にそんなことを言うジャックに、老人は穏やかに話し続けました。

「象徴はの、時間がたつとけっこう変化するものらしいぞ。おまえさんは折れた剣だったが、鍛え直されて、また剣に戻ったんじゃろう。ロムドを守る剣にの」

 老人は相手を喜ばせるつもりで言ったのですが、ジャックは急に不機嫌になりました。口ひげが生えた口をとがらせて聞き返します。

「つまり、俺を鍛えたのはフルートだってことですか? あいつに徹底的にたたきのめされたから、鍛え直されたって?」

 老人は声をあげて笑い出しました。

「心を鍛え直すことは他人にはできんよ。きっかけを与えたのは他人だとしても、それができるのは、いつだって自分だけじゃ。おまえさんは自分で自分の心の剣を鍛え直したんじゃよ。正々堂々胸を張ればよかろう、ロムドの戦士」

 そんなふうに言われてジャックは顔を赤くしました。四大魔法使いのひとりから直々に誉められたのです。馬の上でうつむくと、嬉しさにこっそり、にやにやします。もちろん魔法使いにはそんな様子はお見通しです。

「若い者たちはいいの。おかげで少しも退屈せん」

 そんなひとりごとを言って、楽しそうにまた顎ひげをしごきます。

 

 深緑の魔法使いとジャック、それに荷物のように馬に積まれたジャーガ伯爵の三人は、追跡部隊の仲間が待つ方角へと進み続けました――。

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