「なんという連中だ! なんと無礼な! 私をなんだと思っているのだ!」
オグリューベン公爵は、フルートたちが立ち去ると、ようやくいつもの調子を取り戻しました。自分の子どもより幼い相手にやり込められてしまったことに、ふつふつと怒りがわいてきて、部屋の中でわめき続けます。
「このうえは同盟解消だ! あんな無礼なガキどもと手を組むことなどできん! 金の石の勇者だろうがなんだろうが、城から追い出して我々だけで――!」
けれども、そこまで言ったところで、公爵は急に我に返り始めました。彼が皇太子を保護していることは国中に知れ渡っています。エスタ王救出のために、領主たちが続々と集まっているところです。この状態で金の石の勇者と決裂したらどうなるだろう、と考えます。
「勇者がいなくなったとしても、敵は私を攻撃してくるな。私が陛下救援部隊の旗頭にされているのだから。ロムドを襲撃したという飛竜が、私の城に押し寄せることになる……」
そうなったら、彼に飛竜部隊を防ぐことはできません。他の領主たちと力を合わせたとしても不可能です。飛竜部隊と戦うためには、どうしても金の石の勇者の力を借りる必要があるのです。
公爵は部屋の棚から酒壜とグラスを取り出すと、強い酒を一気にあおりました。深い息を何度も繰り返すと、やがて本当に冷静さを取り戻していきます。
「そうだ……金の石の勇者たちがいなくなれば、私は敵とは戦えない。しかも、彼らを追い出せば、彼らは皇太子の正体を触れ回るだろう。皇太子は本当はエスタ王やブリジットの子どもではなかった、と言ってな。そうなれば私は破滅だ。領地どころか、この命さえ失う。いかん、それは断じていかん」
公爵は溜息をつくと、もう一杯酒をあおりました。それでようやく計算する顔つきになって、ひとりごとを言い続けます。
「手を結んでいる限り、彼らが私を裏切る心配はない。そうだ。この関係を続ければいいだけだ。友好的に協力関係を結んでおけば、万事うまくいく。飛竜との戦いも彼らが率先してやってくれるだろう。そうだ。これまで通りでいいのだ」
そんなふうに自分の気持ちを納得させていると、召使いがおそるおそる顔をのぞかせました。
「旦那様、お客様が待ちくたびれておいでですが……」
「おぉ、いかん、そうだった」
公爵は訪ねてきた領主を待たせていたことを思い出すと、すぐに部屋を出て行きました。部屋は空っぽになります。
すると、誰もいないはずの部屋の壁の上で、人影がゆらりと動きました。
影は次第に濃くなり、その中から人が出てきます。
それは黒っぽい服を着た小柄な男でした。抜けめのない目で出口を眺めて、低く笑います。
「公爵がなにやらひとりで騒いでいるので様子を見に来てみれば、ずいぶん面白い話を聞くことができたぞ。そうか、皇太子はエスタ王の本当の子どもではなかったか。皆すっかりだまされていたな。どれ、さっそくご主人に報告だ」
小柄な男の姿は薄れていって、やがて影と共に消えていきました。後には本当に空っぽになった部屋だけが残ります。
そこに何者かが潜んでいたことにも、重大な秘密を聞かれてしまったことにも、誰ひとりとして気づくことはありませんでした――。