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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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29.確認

 「そうか。うん、わかった。こっちでも確認してみる」

 ヴィルド城の部屋の中で、フルートが宙に向かって言いました。話している相手は、もちろんポポロです。

「どうした?」

「ワン、なんの話ですか?」

 ゼンとポチに訊かれて、フルートは答えました。

「ポポロが魔法でブリジットさんの悩みを突きとめたんだ。皇太子はやっぱりブリジットさんの本当の子どもじゃなかった」

 ゼンたちは顔をしかめました。

「やっぱりかよ」

「ワン、セシルのお母さんみたいに、エスタ王の跡継ぎが生まれたって言って、贔屓(ひいき)されようとしたんですね……」

「いや、それがちょっと違うんだ。ある日、エスタ王のお后がブリジットさんに赤ちゃんを連れてきて、エスタ王の子どもだと言って育てるように、と命令したらしいんだよ」

 仲間の少年たちは目を丸くしました。

「ワン、お后が? なんで?」

「自分の子どもなら、わざわざ違う奴に渡して『育てろ』なんて言わねえよなぁ。どういうことだ?」

「そうだな――」

 フルートは拳を口元に当てました。

「一番考えられるのは、エスタ王の命令だったってことだな。エスタ王に王子がいなかったせいで、弟のエラード公と王位争いが起きて内戦寸前までいった。エラード公は捕まって幽閉されたけど、このまま王子がいないとまた同じような争いが起きるかもしれないから、男の子の赤ちゃんをブリジットさんに渡して、エスタ王の子どもだと言わせたのかもしれないな」

「ワン、皇太子が生まれれば王位争いが起きなくなると思って?」

「完全にはなくならないだろうけど、皇太子さえいれば争いはぐんと減るだろう?」

「ワン、それはそうかもしれないけど――それならエスタ王とお后の子どもってことにしても良かったんじゃないですか? どうして、わざわざ側室のブリジットさんに?」

「お后のまわりにはいつもたくさんの人がいるから、お后が急に子どもを連れてきたら、誰もがおかしいと思うはずだ。その点、側室は大勢いるから、その中のひとりに子どもが生まれても、あまり不自然じゃなかったんだろう」

 フルートの説明にゼンは口をとがらせ、ちょっと考えてからまた尋ねました。

「じゃあ、あの皇太子は誰と誰の子どもなんだよ?」

「そこまではぼくにもわからないよ。ただ、エスタ王の子どもと言ってもおかしくないような外見の赤ちゃんを選んだんだと思う。皇太子もエスタ王も、黒髪に灰色の瞳だからな」

 ゼンとポチは思わず溜息をついてしまいました。国の安定のためには必要なことかもしれませんが、なんとも後ろ暗い話でした。しかも、当の皇太子はそんなことなど何も知らないのです。

 ところが、フルートは真剣な顔で考え続けていました。

「まずいよな、これは……」

 とつぶやいたと思うと、いきなり部屋の出口へ歩き出したので、ゼンたちは驚きました。

「お、ちょっと待てよ、フルート!」

「ワン、どこへ行くつもりですか?」

「オグリューベン公爵のところだ。話をしなくちゃいけない」

 フルートは厳しい声で言って公爵の部屋に向かいました――。

 

「なにごとだ、勇者殿。面談の途中で私を呼び出したりして、失礼ではないか。相手は我々に協力するためにやって来た領主だったのだぞ。勇者たちは世間知らずでまったく困る」

 部屋に呼び戻されたオグリューベン公爵は、不機嫌を絵に描いたような顔をしていました。勇者の一行に対等な敬意を払ってくれる大人は多いのですが、この人物はいつまでたってもフルートたちを子ども扱いです。

 フルートは家来や召使いをその場から退出させると、単刀直入に切り出しました。

「皇太子の生まれについてです。皇太子はブリジットさんの本当の子どもではありませんね?」

 フルートたちが初めて公爵を訪ねたとき、彼はブリジットからの手紙を「ありえん」と言って暖炉で焼いていたし、フルートたちが皇太子救出の話を持ちかけたときにも、迷ってから承知する、という不自然な様子を見せました。公爵は皇太子についてブリジットから真相を知らされているに違いない、とフルートは判断したのです。

 案の定、公爵は顔色を変えました。二人と一匹の少年たちの上で視線を泳がせてから、急にどなりだします。

「何を馬鹿なことを言う! こともあろうに皇太子の血筋を疑うとは何事だ! いくら金の石の勇者であっても、そんな無礼なことは許されんぞ! 勇者たちがエスタ人なら不敬罪で――!」

 すると、ポチがくんくんと鼻を鳴らしました。

「動揺の匂い。それから、偽りと脅しと隠した恐怖の匂い。公爵は嘘を言っていますよ」

 公爵はたちまち怒りで顔を真っ赤にしました。

「何を言う!? 獸の分際で!!」

 とポチを蹴飛ばそうとしますが、ゼンが素早くその足を捕まえました。あっという間に公爵を引き倒してしまいます。

 床に仰向けに倒れた公爵を、フルートはのぞき込みました。

「お静かに。他人に聞かれてはまずい話のはずですよね? ポチは魔法の犬だから、人の感情をかぎ分けることができるんです。ポチの前で嘘はつけませんよ」

 公爵は倒れたままフルートとポチを見比べました。ポチがまた、くんくんと鼻を鳴らしたので、今度は青ざめて口をつぐんでしまいます。

 

 そんな公爵へフルートは話し続けました。

「あなたは皇太子が本当はエスタ王やブリジットさんの子どもじゃないことを知っていたけれど、皇太子として擁護しようと考えた。でも、ブリジットさんの口から真相が明らかになっては大変だから、彼女も皇太子と一緒に連れ出してほしいとぼくたちに頼んだ。そういうことですよね?」

「す、すべては国のためだ! エスタ国の安定と平和のためには皇太子が必要なのだ! だから、私は皇太子を守ろうと決心を――!」

 公爵は弁解を始めました。真相が公にされれば、公爵はエスタ中の領主をだました裏切り者ということになります。命さえ危ない状況になるのですから必死です。

 フルートは静かに言いました。

「安心してください。ぼくたちは皇太子の秘密を洩らすつもりはありません。皇太子がいるからこそ、エスタの領主たちがエスタ王を助け出そうと集まっているんですから。ぼくたちにも皇太子は必要なんです」

 公爵は目を見張り、がばと床から跳ね起きました。

「そうか! そうか、そうか――いや、その通りだ、金の石の勇者! 貴殿は歳に似合わず頭が切れるな! 本当に大事なことがよくわかっている!」

 笑いながら何度もフルートの肩をたたく公爵に、ゼンは、けっ、と顔をしかめ、ポチもあきれた顔になりました。公爵が何を考えているのか、匂いをかがなくてもわかったのです。

 フルートは落ち着き払って話し続けました。

「皇太子は今まで通りエスタ国の皇太子です。エスタ王が自分の跡継ぎとして認めていたんですから、それは間違いありません。領主たちに協力を求めるのも、皆で一致団結してエスタ王を救出する計画も、いっさい変更はなしです。ただ――」

 フルートの声が急に鋭さを増しました。

「これから敵の飛竜部隊と戦闘が始まって、万が一こちらが不利な情勢になっても、ぼくたちを裏切るような真似はしないでください。こちらには人の考えがわかるポチがいるし、力がある仲間たちも大勢います。あなたが裏切ろうとしたら、すぐわかります」

 それは完全な脅しでした。自分たちを裏切ったらただではおかない、と言っているのです。

 オグリューベン公爵は笑うのをやめて青ざめ、ゼンとポチはびっくりしました。フルートは射抜くような目でで公爵を見据えています。

「も、もちろんだ」

 公爵がうわずる声で答えると、フルートはすぐに背を向けました。部屋に公爵を残して、自分の部屋に戻ります──。

 

「おい、なんであんな言い方したんだよ。おまえらしくもねえ」

「ワン、まだ公爵が裏切る可能性があったんですか?」

 ゼンとポチに口々に訊かれて、フルートは答えました。

「その可能性は充分あったさ。ぼくたちがセイロスに押されて劣勢にになったら、公爵はきっと『皇太子は実はエスタ王の子どもじゃなかった。自分は金の石の勇者たちにはめられたんだ』と言って、セイロス側に寝返る。そんなことになったら、皇太子は間違いなく殺されるぞ」

 あ、とゼンとポチは顔を見合わせました。また顔をしかめて溜息を洩らします。

「んとに、人間って奴はどうしてこうなんだ? 自分の身ばかりかわいくてよ。やっていいことと悪いことの分別が全然ついてねえぞ」

「ワン、偉い人ほどそんな感じですよねぇ」

「ロムド城には偉くても誠実な人が多いんだけどね。ここはロムドじゃないから」

 と言ってフルートは自分のベッドに寝転がりました。次の瞬間にはもう寝息をたて始めます。あっという間のことです。

 仲間の少年たちはその寝顔をのぞき込みました。

「ワン、フルートも気疲れしていたんだ」

「無理ねえよな。こいつこそ、どんなに偉い立場になったって、とことん誠実でお人好しなんだからよ。あんな連中と馬が合うはずがねえ」

 枕元でそんな話をされても、フルートはまったく目を覚ましません。

 ポチとゼンはまた溜息をつきました。

「ワン、早くロムドに帰りたいですね」

「まったくだ。メールやポポロやルルと一緒によ」

 それは、今はまだかなわない夢でした――。

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