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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第9章 味方

27.味方

 「うひゃぁ、まいった! 領主どもが入れ替わり立ち替わりじゃねえか! 本当によく来やがるぜ!」

 部屋に戻ったとたん、ゼンはそう言ってベッドに転がりました。

 フルートもソファに倒れ込み、ポチは床に寝そべりました。全員が疲れた顔をしています。

 そこはオグリューベン公爵の居城のヴィルド城でした。フルートがカルティーナでエスタ王救出を呼びかけたおかげで、エスタ中の領主がヴィルド城に押しかけてきたのです。どの領主もフルートたちに協力することを誓ってくれましたが、ひとりが帰ると次がやって来て、それが帰って行くとまた次が来る、という具合にひっきりなしだったのです。

 オグリューベン公爵は、初めのうちこそ渋々と対応していましたが、領主たちが公爵の忠誠心や行動力をほめそやしたので、すぐに機嫌が直ってしまいました。今では、まるで自分がエスタ王救出を呼びかけたかのように上機嫌で領主たちを出迎え、協力の申し出に感謝しています。まったくフルートの作戦通りでした。

 

「これまでに何人くらい来やがった?」

 とゼンが言ったので、フルートは答えました。

「領主自身がやってきたのが八人、領主の命令でやってきた使者が二十二組だよ。これで味方の領主はちょうど三十人になった。でも、次第に遠い場所からも来るようになってるから、もっと増えるだろうな」

「ワン、金の石の勇者がエスタ王を助けようとしているって噂が、どんどん伝わっていってるんですね。金の石の勇者はエスタでも有名ですからね」

 とポチが言うと、フルートは苦笑しました。

「公爵が皇太子を保護していることのほうが効いているのさ。エスタ王に何ごとかあったら、皇太子が次のエスタ王だからな。エスタの領主としては無視するわけにはいかないんだ」

「ったく。そんな奴らを味方にするなんてよ」

 とゼンは仰向けのまま顔をしかめました。地位目当ての連中は信用できねえ、と考えているのがありありとわかります。

 フルートは言いました。

「しかたないさ。とにかく味方の領主をできるだけ多く集めるのが大事なんだから。セイロスのほうでも反国王派の領主を味方につけようとしている。なんとしてもそれを阻止しなくちゃいけないんだ」

「それはわかってる。だが、露骨だぞ。おまえやオグリューベン公爵に山のような贈り物を抱えてきた奴も大勢いたじゃねえか。ご機嫌を取っておいて、エスタ王が死んで皇太子が新しいエスタ王になったときには自分をよろしくって言ってやがるんだぞ。ったく!」

 ゼンはいつまでも不機嫌でした。まっすぐで単純な性格のゼンには、こういうことはとても受け入れられないのです。

 そこへ扉をたたいて公爵の家来がやってきました。

「勇者の皆様方、新しい領主の方々がお見えです。今すぐ面談室においでください」

 またか! とゼンはうんざりした顔になりましたが、フルートはソファから立ち上がりました。

「わかりました。すぐに行きます」

 領主たちに下心がたっぷりあるとわかっていても、あえて手を組まなくてはならないフルートでした──。

 

 ところが、領主との面談中に、思いがけない人物がやってきました。

 いつものように領主から金銀や高価な品物が贈られ、オグリューベン公爵が感謝のことばを述べている最中に、外の通路から切迫した家来の声が聞こえてきたのです。

「ちょ、ちょっとお待ちください! ただいまお取り次ぎを――うわぁぁ!!」

 悲鳴が響き渡ったので、公爵や領主は飛び上がりました。フルートとゼンとポチは即座に部屋の出口へ走ります。

 すると、彼らが外に出るより早く扉が開いて、大きな生き物が飛び込んできました。とっさに前に出たフルートに飛びかかり、床に押し倒してしまいます。

「フルート!!」

 ゼンとポチは助けに駆けつけようとして、目を丸くして立ち止まりました。

 フルートを押し倒した生き物が、ごろごろと猫のように咽を鳴らしながら、フルートの顔をなめていたからです。

 巨大な生き物を押し返しながら、フルートは言いました。

「よせ、よせって……! 重いよ、吹雪!」

 それは彼らがよく知っている白いライオンでした。フルートがやめろと言っているのに、フルートにのしかかったまま、雪のようなたてがみをすりつけて甘えています。

「ワン、どうしてここに吹雪が?」

「吹雪がいるってことは、奴もいるってことだよな?」

 とポチやゼンが話し合っているところへ、黒い鎧兜の大柄な男が入ってきました。一行へ、よう、と手を上げて見せます。

「やっぱりオーダかよ!」

「ワン、どうしてここに?」

 とゼンたちが驚く横で、フルートは言いました。

「吹雪をどかしてくれよ、オーダ! 動けないよ!」

「相変わらず、こいつの親愛の表現を理解しない奴だな。女が目配せしてきても気づかないような朴念仁(ぼくねんじん)になるぞ。そら、戻ってこい、吹雪」

 飼い主の命令に、白いライオンはすぐにフルートから離れました。忠実な飼い犬のようにオーダの傍らに腰を下ろします。

 

 オグリューベン公爵はライオンに仰天して、領主と一緒にテーブルの陰に隠れていました。その場所からこわごわ頭を出して言います。

「あ、あなたたちの知り合いなのか、勇者殿?」

「はい、ぼくたちの古くからの友人です。お騒がせしてすみません――。でも、本当にどうしてここに、オーダ?」

 フルートにも訊かれて、黒い鎧の男は、にやりとしました。

「俺はこのエスタ国の兵隊なんだぞ。自分が守る国に俺がいて、どこが不思議だ」

「ワン、それじゃシオン隊長の命令で来てくれたんですね!」

 とポチが喜ぶと、オーダは肩をすくめました。

「俺は辺境部隊にいるんだから、近衛隊の大隊長殿なんか関係あるか。実は、先月エスタテト峠でおまえらの国の皇太子を守った功績をエスタ王から認められてな、俺自身が辺境部隊の部隊長に大抜擢されたのよ。今じゃ、五百の兵士を部下に抱える隊長様だぞ。おまえらがカルティーナで陛下の救出を呼びかけたと聞いたんで、部下どもと一緒にはせ参じた、というわけだ」

「へぇ、オーダが隊長かよ! エスタ王ももの好きだな」

「ワン、でも、オーダは以前、正規軍の小隊長になったことがありましたよね? 今度は部隊長だなんて、出世しましたね」

 とゼンやポチが言うと、オーダはからからと笑いました。

「正規軍は決まりがうるさくて俺には合わなかったんだ。その点、辺境部隊は気楽だから、部隊長も悪くないぞ。俺の上に辺境部隊の大隊長はいるんだが、面倒だからできるだけ顔を合わせんようにしてるし、俺があくせくしなくても、部下どもが熱心に戦ってくれるからな」

「なんだそれ。そんなのが隊長をやってて、辺境部隊は大丈夫なのかよ?」

 とゼンはあきれましたが、フルートは笑顔になりました。

「協力しにきてくれて、すごく嬉しいよ。ありがとう、オーダ」

「おう。俺たち辺境部隊の親方はエスタ王だからな。エスタ王になにかあったら、俺たち全員おまんまの食い上げになっちまうんだ。協力しないわけにはいかんだろう」

「ワン、オーダったら」

 ポチは尻尾を振って笑いました。口ではいいかげんそうなことを言っていても、オーダからは、フルートたちのために一肌脱ごうという決意の匂いがしていたのです。

 オーダは、ちょっと照れたような顔をすると、フルートとゼンを両脇にぐいと引き寄せました。

「とにかく俺たちの野営所に来い。こんなところじゃ、ろくな話もできないからな。残念ながら綺麗な女は切らしているんだが、酒と飯ならたらふくご馳走してやるぞ」

「勇者殿をどこへ連れていくつもりだ!? これからまだ面談の予定が五件もあるのだぞ!」

 とオグリューベン公爵が抗議すると、オーダは面倒くさそうに答えました。

「そんなもんは、あんたがひとりで相手すりゃいいだろう。うまい飯と酒のほうが何百倍も大事だ」

「な、なんだと――!?」

 オグリューベン公爵は怒って飛び出そうとしましたが、とたんに吹雪がガォン! とほえたので、真っ青になってまたテーブルの陰に飛び込みました。

「よくやった」

 オーダはにやにやしながら吹雪を誉めると、フルートとゼンを抱え込んだまま、さっさとヴィルド城を抜け出してしまいました。もちろんポチもついていきます。

 

 オーダが率いてきた辺境部隊は、城下町の門の外に駐屯していました。休耕地で焚き火をして暖をとっているので、白い煙が幾筋も空に立ち上っています。

 そちらへ歩きながらオーダはフルートたちに言いました。

「偉い公爵かなんか知らんが、おまえらが一緒にいるような連中じゃないだろう。どう見たって地位と権力が目当てだぞ。なんであんな連中と手を組んだんだ?」

「彼らの目的はわかってる。でも、味方が必要なんだよ」

 とフルートは言うと、セイロスが最強の飛竜部隊を編成していることや、エスタ国の領主たちを抱き込もうとしていることを話して聞かせました。

 オーダは渋い顔になると、無精ひげが生えた顎をこすりました。

「なるほど、エスタを分断させて、その隙にロムドを攻めようってわけか。やっこさんにしちゃ考えたじゃないか。力で攻めるだけしか能がない奴かと思っていたんだが」

「ワン、セイロスは二千年前に、光の軍勢を率いてデビルドラゴンと戦った総大将です。元々は戦略家だったんだと思いますよ」

 とポチが言うと、フルートも言いました。

「奴は二千年前の戦い方しか知らなかったから、最初は攻めるだけだったけれど、メイ国の軍師のチャストを抱えたりするうちに、現代風の戦い方を学んだんじゃないかと思うんだ。エスタ領主の派閥を利用してエスタ国内を混乱させて、さらに飛竜部隊の中継基地も作ろうとしているんだよ」

「まあなぁ。エスタに限らず、派閥争いに明け暮れる領主どもは本当に多いからな――。その点、俺たち辺境部隊はいいぞ。俺たちが動く基準はとにかく金だ。金がもらえて玉砕さえしないなら、みんな実に勇敢に戦うぞ。どうだ、わかりやすいだろう?」

「もちろん、エスタ王救出のために勇敢に戦ってくれたら、報奨金はしっかり出すよ。エスタの領主たちがぼくたちにもずいぶん貢ぎ物をしてくれてるからね。ありがたく活用させてもらうさ」

 大真面目な顔でそんなことを言うフルートに、ゼンやポチはあきれてしまいました。オーダも一瞬ぽかんとしてから、すぐに声をあげて笑い出します。

「なるほど、話がわかる大将殿だ! 部下どもにもしっかり言って聞かせてやろう。この戦いで活躍したら、金の石の勇者がたんまりと褒美を出してくれるとな! そら、着いた! 俺の天幕で祝杯といこう! とびきりの火酒の樽を空けてやる!」

「俺たちはまだ酒は飲めねえぞ!」

 とゼンは反論しましたが、オーダはかまわず彼らを引っ張って駐屯地に入っていきました――。

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