ところが、セイロスがエラード派の領主たちと会った数日後、状況が急変しました。セイロスの元に、ギーが息せき切って駆け込んできたのです。
「セイロス、ジャーガ伯爵からの連絡だ! 伯爵はカルティーナから撤退したらしい!」
「なんだと!?」
さすがのセイロスもこの知らせには驚き、ギーが差し出した通信文を奪い取りました。
ギーが話し続けます。
「伯爵はカルティーナから誰も出られないようにしておいて、不満が高まったところでエスタ王が誘拐されたことを暴露するはずだったよな? そうすればエスタ中の領主が動揺するから、そこにセイロスが人質を見せれば、多くの領主がこちらの味方につくって。混乱に乗じて皇太子も暗殺することになっていたよな? だが、伯爵がカルティーナから撤退してしまったら――」
「よんどころない状況が発生したためにカルティーナから撤退する、とだけ書いてきているな」
とセイロスは通信文をにらみつけました。伝書鳥が運んできた書状は、実際にはある程度の長さがあったのですが、大半がセイロスの健康を祈ったり、セイロスが自分に与えてくれた温情に感謝したりする前文で占められていて、肝心の連絡は最後の二行にしか書いてなかったのです。
「さては、計画に失敗したことを詳しく書くと、私の怒りに触れると考えたか。愚か者が愚かな小細工をしおって」
「また連絡をよこす、と最後に書いている。どうするんだ?」
とギーは尋ねました。伯爵からの連絡だけでは詳しい状況がわからないので、困惑しています。
セイロスも厳しい顔で考え込みました。今すぐ状況を知りたいと思うのですが、その手段がなかったのです。苦い顔でつぶやきます。
「こんなときにあいつがいればな。あんな奴でも偵察には使えた」
セイロスが思い出しているのは幽霊のランジュールでした。先のロムドとの戦いで決裂してから、姿をまったく見なくなっていたのです。
そのランジュールがフルートたちにくっついて闇大陸に渡り、パルバンでセイロスの過去の秘密を知ったことを、セイロスはまだ知りません。
「本当に、どうするセイロス? ジャーガ伯爵のところへ出向くか?」
とギーにまた聞かれて、セイロスは舌打ちしました。情報網の弱さは、彼も認めざるを得ません。だからこそエラード派の領主たちを抱き込んだのですが、先日味方にしたばかりなので、まだ思い通りに使うことはできませんでした。
セイロスはいまいましそうに言いました。
「ジャーガの軍隊をこちらから探しに行けば、飛竜でエスタ上空を飛び回ることになる。それはできん。奴からの次の連絡を待つしかないだろう」
どこかから、ククク、と意地の悪い笑い声が響きました。竜が笑っているのですが、セイロスにしか聞こえないので、ギーはまったく反応を示しません。
セイロスはいっそう不愉快な顔になると、ギーへ言いました。
「カルティーナの様子が知りたい。ここの下働きをひとり連れてこい。そいつを偵察に送り込む」
ギーはとまどいました。
「だが、ここの使用人はみんなジャーガ伯爵のものだぞ。人数も少ないし」
「かまわん。カルティーナに潜入しても怪しくなさそうな奴を選んでこい」
「わかった」
ギーはすぐさま使用人がいる台所へ走っていきました――。