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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第8章 契約

24.館(やかた)

 エスタ国の南東の、隣国イシアードとの国境に近い山岳地帯を、ひとりの領主が馬車で進んでいました。ジャーガ伯爵と同じエラード派に所属していて、名をバム伯爵と言います。

 バム伯爵が行くのはジャーガ伯爵の領地でした。険しい山中にくねくねと続く道を、馬車は音を立てながら進んでいきます。

「ジャーガ卿め、よりによって、どうしてこんな場所に呼び出したりしたのだ。時間も費用も何もかも桁違いにかかったぞ。いったい何を考えているんだ――」

 バム伯爵は馬車に揺られながら文句を言っていました。行く手に目指す場所が見えてきたのです。それは山の上の砦でした。長い間放置されていたようで、今にも崩れそうな古い石壁に囲まれています。

 ところが、馬車が壊れかけた橋を渡って砦の入り口をくぐったとたん、周囲の様子が一変しました。

 砦の中では石壁が綺麗に積み直され、上から漆喰(しっくい)が塗られていました。中央には砦の建物がそびえていますが、そちらも壁が真っ白に塗り直され、真新しい煉瓦も積まれて、館と言いたいような外見になっています。

 バム伯爵が目を丸くするうちに馬車は館の前に停まりました。降り立った足元も、磨き上げられた大理石の床になっています。まだ建物の中に入っていないのに、です。

 

 すると、館の中から先に到着していた四名が現れました。全員が顔見知りの領主でしたが、肝心のジャーガ伯爵はいませんでした。全員がバム伯爵へ話し出します。

「やっとバム卿も到着した。これで全員が揃ったな」

「信じられるかね、バム卿? ジャーガ卿は七十年間も打ち捨てられていた砦を、こんなに立派に改修したんだぞ。まるで小さなエスタ城だ」

「だが、ジャーガ伯爵にどうしてこれだけの金があったのでしょうね? 我々と同様、王から左遷された身のはずなのに」

「あったようだな。なにしろ、我々にこんなものを送りつけてきたのだから」

 そう言ってひとりがポケットから取り出したのは、クルミほどもある巨大なダイヤモンドでした。それを見て他の領主たちもそれぞれ自分のポケットからダイヤモンドを出しました。バム伯爵も腰に下げた袋からダイヤモンドを取り出します。大きさはどれもほとんど同じです。

 領主たちはまた口々に話し出しました。

「ありえん! ジャーガ卿も我々も、エラード様が失脚したときに、王に土地も城も財産もすべて没収されたんだぞ! 代わりに与えられたのは、ほんのわずかな収益しかあがらない、辺境の痩せた土地だ! それはジャーガ卿だって同じだったのだから、こんなものを手に入れられるはずはないんだ!」

「いや、だが、その土地からダイヤモンドの鉱脈が見つかったという可能性はあるぞ。それで我々を呼び集めたのかもしれん」

「それこそあり得ないだろう。この付近は荒れ地だが、二千年も前から我が国の領土だった場所だ。ダイヤモンドの鉱脈が存在したら、とっくの昔に発見されて掘り尽くされているはずだ」

「いやいや、だが現にこうして」

「ジャーガ卿は人一倍欲の強い御仁だぞ。そんなものが見つかったら、独り占めしようとするに決まっている」

「では、このダイヤモンドはどういうわけなんだ?」

「だから、それが不思議だと、さっきから話しているではないか――」

 話し合いは喧々囂々(けんけんごうごう)と続きます。

 彼らはエラード派と呼ばれる派閥の伯爵や男爵たちでした。エスタ王の弟エラード公を王位に就けようと画策していたのですが、四年前の風の犬の戦いで公と一緒に処罰されてしまい、今は貧しい地方領主に落ちぶれています。

 

 バム伯爵は、仲間の領主たちに尋ねました。

「それでジャーガ卿はどこに? 中で待っているのか?」

「いや、それが……」

 仲間たちは何故か急に口ごもりました。伺うように屋敷の入り口を振り向きます。

 すると、それを待っていたかのように閉じていた扉が開き、中から男が出てきました。

「そんなところで立ち話などしていないで、中に入ったらどうだ。セイロスが待っているぞ」

 逞しい体に飾り気のない鎧と青いマントをつけた青年で、エスタではあまり見かけない二本角の兜をかぶっています。

 青年が出てきたとたん、仲間の領主たちは飛び上がりました。いっせいに黙り込んでしまいます。セイロス? とバム伯爵が不思議がると、仲間のひとりがささやくように言いました。

「ジャーガ卿はここにいない。我々を待っていたのはセイロスという別の人物なのだ。我々に話があるらしい」

「何者なんだ?」

「いや、我々もまだ会ってはいないのだが……」

 領主は口ごもってまた黙ってしまいました。館を伺う他の領主たちの目には恐れのようなものがあります。

「早く入らないか。セイロスが待ちくたびれるぞ」

 と兜の青年がまた言うと、領主たちは先を争って館に飛び込んでいきました。まるで主人の怒りを恐れる家来のようです。

「どうしたというんだ、本当に?」

 バム伯爵は驚きながら後に続きました。

 

 館の中は外見以上の豪華さでした。磨き上げられた大理石の廊下が続き、壁も天井も真っ白に塗られ、金で縁取られた黒曜石が美しく配置されています。

 バム伯爵は驚きながら歩いていきましたが、そのうちに不思議なことに気がつきました。これほどの館なら召使いや警備の兵士が大勢いておかしくないのに、どの角を曲がっても、人の姿がないのです。家来らしい人物は、道案内をしている青年だけでした。がらんとした建物の中に自分たちの足音だけが響きます。

 すると、急にひとりの領主が、うわっと声をあげました。

「ま、まただ! そこを横切っていったぞ!」

 と通路の行く手を指さします。バム伯爵はそちらを見ましたが、特に驚くようなものは何もありませんでした。鏡みたいな通路が続いているだけです。

「何が?」

 とバム伯爵は尋ねましたが、声をあげた領主はただ首を振るだけでした。他の領主たちも、幽霊でも出たように青い顔をしています。

「さっきから何を騒いでいるんだ? そら、こっちだぞ」

 と二本角の兜の青年は歩き続けました。こちらは何も頓着していません。

 すると、先ほどささやいた領主が、バム伯爵にまた耳打ちしました。

「ここには何かがいるんだ。長くて黒い……まるで、巨大な蛇……」

 とたんに、ばさりと大きな音が響きました。大きな鳥が羽ばたくような音です。

 領主たちはいっせいにまた飛び上がりました。バム伯爵も思わず飛び上がって周囲を見回しましたが、通路に鳥などはいませんでした。バム伯爵の背筋を、得体の知れない恐怖がぞぉっと駆け下りていきます。

「本当にいい加減にしろよ、おまえたち。そら、着いたぞ」

 と青年だけはあきれ顔でした。彼らの目の前で分厚い扉を押し開けます――。

 

 目の前に開けたのは白い壁に黒曜石を配置した部屋でした。ここでも黒曜石には美しい金の装飾が施されています。

 顔が映りそうな大理石の床の上、部屋の奥まった場所に立派な椅子があって、そこにひとりの青年が座っていました。黒っぽい防具を身につけ、椅子の肘置きに頬杖をついてこちらを見ています。整った顔立ちをしていますが、まなざしは射抜くような鋭さです。

「よく来てくれた、エラード派の領主の諸君。私はセイロス。今はロムドと呼ばれている国の、真の国王だ」

 立ちすくんでいる領主たちに、椅子の青年は落ち着いた声でそう言いました。

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