一方、こちらはロムド城。
フルートに総指揮官とその副官を押しつけられたオリバンとセシルは、しかたなく、城の一室を作戦本部にして業務をこなしていました。
初めのうちは何もすることがなかった二人ですが、ワルラ将軍の部隊がエスタ国に入ったあたりから、ひんぱんに報告が届くようになり、同時に他の同盟国からも連絡が入るようになっていました。
白い鎧姿のセシルが報告書を手に言います。
「オリバン、伝声鳥を通じてザカラス国のアイル王から連絡だ。飛竜部隊が通過する際に通り道になると思われる場所に、軍隊を派遣してくださったようだ。『西の守りは我々に任せよ』というのがアイル王からの伝言だ。また、ロムドにも援軍を派遣してくださるらしい。こちらも今日明日には出発するらしい」
「そうか。ザカラスもまだセイロスの攻撃から完全には回復していないはずなのに。ありがたい話だ」
いぶし銀の鎧姿のオリバンはしみじみと言いました。ザカラスがロムドの仇敵だった時代は、もう遠い昔のことです。
セシルは書類をめくって次の報告に移りました。
「メイ国からは義母上の名前で陛下に書状が届いた。義母上は城に帰り着いた後、次々と命令を出していって、混乱していた国内をほぼ落ち着かせたようだ。『先の戦いでは大変世話になりました』と感謝のことばを書き送ってきたらしい」
彼女が「義母上」と呼んでいるのはメイ女王のことでした。女王はセイロスに操られて軍師チャストや兵士をロムドへ出兵させ、果ては自分の命まで危なくなったところをフルートたちに救われたのです。その後、女王はロムド城に身を寄せて体力を回復させ、皇太子のハロルドと一緒にメイ国へ戻っていきました。今から四ヶ月ほど前のことです。
「みごと国内を安定させたか。やはりメイ女王の手腕は並ではないな」
とオリバンは感心しましたが、セシルが妙に嬉しそうな顔をしていたので、どうした? と尋ねました。
セシルはぱっと顔を赤らめると、あわててまた報告書へ目を向けました。
「いや、実は、義母上が第三十二部隊をロムドに派遣すると言ってきたのだ」
「メイ国第三十二部隊――ナージャの女騎士団か!」
とオリバンは言いました。男にひけを取らないほど勇猛で統制の取れた、メイ国の女騎士たちです。
セシルはうなずきました。
「女騎士団の半数は、メイ城を脱出したハロルドを警護してロムドまで来ていた。その後、義母上やハロルドを警護しながら、またメイ国へ戻っていったのだが、国内が落ち着いたので、彼女たち全員をロムドへ派遣する、と義母上は決めたのだ」
「素晴らしい!」
とオリバンは歓声を上げました。かの女騎士たちは以前セシルの下で聖なるナージャの森を守っていました。セシルがオリバンと婚約して国を離れ、ロムド城で暮らすようになってからも、彼女たちはずっとセシルを自分たちの隊長と仰ぎ続けていたのです。
「これであなたにも直属の部下ができるな! よかった!」
オリバンが自分のことのように喜ぶので、セシルもまた嬉しそうな顔になりました。ありがとう、とほほえみます。
そこへ、どこからともなく声が聞こえてきました。
「殿下、妃殿下、失礼してよろしいでしょうか?」
芯の通った明確な女性の声ですが、室内には姿が見当たりません。
「白の魔法使いか。無論だ」
とオリバンが答えると、彼らの目の前に白い長衣の女神官が姿を現しました。胸に手を当てて一礼してから話し出します。
「カルティーナに向かって移動中のワルラ将軍の部隊から、緊急の連絡が入りました。カルティーナを包囲していたジャーガ伯爵の軍隊が、包囲を解いて撤収したそうです」
オリバンとセシルは目を丸くしました。
「それはまた何故?」
とセシルは聞き返しましたが、その横でオリバンは急に思い当たった様子になりました。ひどく渋い顔と声になって尋ねます。
「ひょっとして、フルートたちのしわざなのではあるまいな?」
「そのようでございます」
と女神官は答え、オリバンの表情がみるみる険しくなるのを見て、あわてて続けました。
「ただし、勇者殿たちは力尽くで伯爵の軍隊を追い払ったわけではないようです。エスタ国の有力な領主のオグリューベン公爵と協力してエスタ皇太子を保護し、他の領主たちにエスタ王救出の協力を呼びかけたとか。その結果、ジャーガ伯爵は大急ぎで兵をまとめて、カルティーナから逃げ出したそうです」
セシルはまた驚きました。
「フルートたちはエスタ国の領主たちを味方につけたのか? いつの間に。彼らがここを離れてから、まだわずか四日だぞ」
「連中に時間は関係ない。いつでも、どこにいても、すぐに仲間や協力者を見つけ出すのだ」
とオリバンは言いました。いまいましいけれども認めるしかない、と言いたそうな口ぶりです。
オリバンの機嫌が少し直ったので、白の魔法使いは報告を続けました。
「勇者殿の指示を受けて、ワルラ将軍はジャーガ伯爵へ追跡部隊を差し向けました。伯爵が自分の領地へ逃げ込む前に捕らえて、セイロスやエスタ王のことを白状させるつもりのようです――。それで、殿下にお願いがございます。我々四大魔法使いのうちのひとりを、ロムド城の守りから解いていただけますでしょうか? 追跡部隊に加わらせて、ジャーガ伯爵の追求に協力させたいと思います」
「四大魔法使いを行かせるのか?」
とセシルはロムド城の守りが薄くなることを心配しましたが、オリバンは即座にうなずきました。
「ジャーガ伯爵の後ろにセイロスがいるとなれば、追跡して問い詰めるのも一筋縄ではいかない。四大魔法使いの力が必要だな。誰を行かせるつもりだ?」
「深緑を予定しております」
「よかろう。よろしく頼む」
オリバンの承諾に、女神官は一礼してから消えていきました。仲間の魔法使いたちの元へ戻っていったのです。
また部屋に二人だけになると、セシルはオリバンに話しかけました。
「エスタ王はセイロスに監禁されているのだろう? いくら深緑殿が一緒でも、追跡隊をセイロスと対決させるのは危険すぎると思うぞ」
「それは私も同感だ。彼らにそこまでさせるつもりはないし、フルートたちも同じ考えだろう。追跡隊の役目は、あくまでもエスタ王が囚われている場所の発見なのだ」
「では、どうやってエスタ王を助け出すんだ?」
「私ならば、ワルラ将軍の部隊やエスタ領主の軍隊に敵の拠点を包囲させ、圧倒的な兵力で一気にたたく。また、その騒ぎに乗じて深緑の魔法使いを侵入させて、エスタ王を保護させる。セイロスは身代金で人質を解放することなど考えていないのだから、これが一番正しい方法だ。だが――」
そこまで言って、オリバンは微妙な笑いを浮かべました。窓の向こうに見える空へ目を向けて続けます。
「このやり方はどうしても敵味方の双方に大きな被害が出る。だから、あいつはきっとこうはしないだろう。もっと別の方法を思いついて、エスタ王を助け出そうとするに違いない。そういう奴だ」
窓の向こうの空は青く晴れ渡っていました。白い雲の間からどこまでも遠く見通すことができそうな空なのですが、どんなに目をこらしても、その中にフルートたちの姿を見つけることはできませんでした。