フルートたちがワルラ将軍の部隊を訪れていたのと同じ頃。アーペン城では、オグリューベン公爵が伝書鳥のもたらした知らせを広げていました。自分の居城のヴィルド城から届いた手紙です。
馬でも半日で着く出城へ伝書鳥を飛ばすということは、火急の知らせだということです。文面に目を通すうちに公爵の顔色は青ざめ、次いで真っ赤に染まっていきました。身震いしながら手紙を握りしめると、ものすごい勢いで部屋を飛び出します。
「勇者!! 金の石の勇者はどこだ!?」
城中に響くような声でどなっていると、上の階からメールとポポロとルルが下りてきました。少年たちは姿を見せません。
「うるさいなぁ。そんな大声出さなくたって聞こえるよ」
とメールが言うと、公爵は手紙を振り回しながら迫りました。
「とんでもない知らせが届いた! 昨夜、金の石の勇者がカルティーナに現れて、陛下が誘拐されたことを触れ回ったと書かれている! これは本当なのか!?」
「本当よ。私たちもその場にいたもの」
とルルはあっさりと答え、公爵がまた真っ青になったのを見て続けました。
「何をそんなに慌てているのよ。あなたは仲間の領主に呼びかけてエスタ王を助けに行く、って約束したじゃない。フルートはその手伝いをしただけよ。ポポロが魔法でフルートの声を広げたから、カルティーナ中の人が聞いたわ。きっと大勢の領主が動いてくれるわよ」
公爵はぶるぶる震え出しました。
「馬鹿な……! そんなことを公言すれば、私が皇太子を利用して政権を狙っているのだと疑う輩(やから)が出てくる! 私は謀反人にされるではないか!」
だって本当にその通りだろ、と言いたいところでしたが、メールはぐっとこらえて、こう言いました。
「やだなぁ、そんなこと起きるわけないじゃないか。公爵はエスタ王を助けに行こうとしてるんだからさ。そんな忠臣のことを疑うヤツなんていないって」
公爵はまた顔を赤くしたり青くしたりしました。世間知らずのガキどもめ! と貴族らしくもない悪態をつくと、騒ぎに集まってきた家臣たちにどなります。
「ヴィルド城に戻るぞ! 早く準備をしろ! 急げ!」
思いがけない出発命令に、公爵の家来たちはあわてて駆け出しました。右往左往する家来をどなりつけながら、公爵自身も走り去ります。
「行った行った」
「これでもう自分勝手な知らんぷりはできないわよ。そんなことしたら、他の領主たちから攻撃されるんだから」
メールとルルは顔を見合わせてくすくす笑いました。フルートの作戦は見事に成功したのです。
すると、それまでずっと黙っていたポポロが、急に宙に向かって話し出しました。
「ええ。ええ、わかったわ。気をつけて――」
遠い場所からフルートたちが話しかけてきたのです。
「なんですって?」
とルルはポポロに尋ねました。
「無事にワルラ将軍の部隊に会えたんですって。これからヴィルド城に向かうって」
「あっちも計画通りだね。あとはうまいことエスタ王の居場所を突きとめて助け出せばいいってわけか」
メールがそんな話をしているところへ、階段を駆け上がってくる足音がして、幼い皇太子が現れました。ルルを見つけると歓声を上げて走り寄ります。
「いたぁ! ルル、あそぼう!」
「もう、また?」
ルルが嫌な顔をしていると、乳母もやってきました。
「度々すみません。ここには遊び係もいないので、殿下は退屈されていて――」
「ポチは? どこ?」
と皇太子が話に割り込んできました。
「ポチたちは用事で出かけたよ。だから、あたいたちと一緒に遊ぼう」
とメールは言いました。皇太子を守ることが彼女たちの役目です。それには一緒に遊んでいるのが一番確実だったのです。
「しかたないわね。尻尾は引っ張っちゃだめよ」
とルルも言いました。いやいや承知しているような口調ですが、皇太子が自分にしがみついて背中に顔を埋めても、おとなしくされるままでいます。怒りん坊でも根は気がいいルルです。
ところが、そこへ今度は皇太子の母のブリジットがやってきました。こちらは豪華なドレスに着替え、後ろに数人の女中を侍女のように従わせています。
乳母は通路の端に退いてうやうやしく頭を下げました。皇太子のほうはルルと遊ぶのに夢中になっています。
ブリジットは乳母や皇太子ではなく、メールとポポロへ話しかけました。
「叔父上が見当たりません。どちらにいらっしゃるか知りませんか?」
「オグリューベン公爵かい? ついさっき大急ぎでヴィルド城に戻って行ったよ」
とメールが答えると、ブリジットは悲鳴を上げました。よろめき、女中に支えられると、手にしていた扇子で顔をおおって嘆きます。
「叔父上が行ってしまわれた……! ご相談がまだだったのに……そんな……」
ブリジットがよろよろと去って行くのを、少女たちは、ぽかんと見送りました。
「なにさ、あれ?」
「大袈裟ね」
とメールとルルが話し合います。
ポポロはブリジットを見送り続けました。彼女はすぐそこに息子がいたのに、声をかけるどころか目を向けようともしなかったのです。まるっきり他人行儀です。
「もしかしたら本当に……」
ブリジットの後ろ姿を見送りながら、ポポロはそっとつぶやきました。