「すげぇ効果だな。都中大騒ぎだぞ」
カルティーナの都を囲む壁の外で、ゼンが言いました。その前にはフルートとポポロ、犬に戻ったポチとルルがいます。先ほどの門に近い場所でしたが、茂みがあるので人目にはつきません。
「良かったのかい、フルート? あんなことみんなに教えちゃってさ」
とメールが尋ねました。木の葉を使って巨大なゴーレムを創ったのは彼女です。
フルートは答えました。
「エスタ王が誘拐されたことは、じきにみんなにばれてしまう。それをジャーガ伯爵やセイロスに悪用されないように先手を打ったんだ。それに、こう言っておけば、オグリューベン公爵もぼくたちに協力するしかなくなるからな」
「ワン、それは確かにそうですね。自分の名前をはっきり出されちゃったんだから」
「公爵は絶対焦るわね」
と犬たちがくすくす笑います。
フルートは話し続けました。
「昨日も言ったように、ここから先は二手に分かれて別行動だ。メールとポポロとルルはアーペン城に戻って皇太子たちを守ってくれ。皇太子が公爵の元にいることは話してしまったから、公爵の出城のアーペン城も目をつけられるかもしれない。襲撃にはくれぐれも注意してくれ」
「あいよ。そんときにはまた緑のゴーレムを創るさ」
とメールは答えました。今までで最大のものを木の葉で創ることができたので、とても張り切っています。
すると、急に丘の向こうから複数の声が聞こえてきました。
「ワン、誰か来る。軍隊のようですよ」
とポチが言ったので、一行は茂みに身を潜めました。やがて丘を越えてやってきたのは、鎧兜で武装した大勢兵士たちでした。まるで逃げるように、大急ぎで朝日の方角へ向かっていきます。
部隊にひるがえる旗印を見て、ポチが言いました。
「ワン、あれはジャーガ伯爵の軍隊ですよ。あの紋章はさっき門の外で見かけました」
「とすると、あの白い馬に乗ってる奴がジャーガ伯爵か」
とゼンは部隊の中央付近にいる人物を見つめました。ひときわ立派な鎧兜を着て、伯爵家の紋章を染め抜いたマントをはおっています。
「カルティーナから離れようとしてるわね。都を包囲するのはあきらめたのかしら?」
とルルが言っているところへ、丘の向こうから今度は馬の蹄の音が響いて、十数名の騎馬兵がやってきました。全員がエスタの近衛兵の服を着ています。
「あ、シオン隊長よ」
とポポロはささやきました。近衛部隊の中に彼らがよく知っている顔があったのです。
シオン大隊長はジャーガ伯爵の軍隊に追いつくと、大声で呼び止めました。
「待たれよ、ジャーガ伯爵! どこへおいでだ!?」
軍隊は立ち止まりました。ジャーガ伯爵が白馬の上からあわてて振り向きます。
「こ、これはシオン大隊長殿。大変な事態になったようですな」
「左様、エスタの一大事だ! 陛下をお助けにまいらねばならん! 陛下のためにはせ参じた伯爵には、さっそくご活躍いただこうと思ったのに、どこへ行かれるのだ!?」
大隊長に問いただされて、伯爵はますますあわてふためきました。
「い、いや、私のこの程度の兵力ではとても間に合わないだろうと考えましてな――その、一度郷(くに)に戻って軍を立て直してからまた参上しようかと――」
「嘘ばっかし。あいつ逃げようとしてるよ」
とメールが仲間にささやいたので、フルートが答えました。
「このままだとエスタ王救出部隊の旗頭にされて、セイロスとまともに敵対する羽目になるから、あわてて逃げ出してるのさ」
大隊長もそれは承知の上のようでした。芝居がかった様子で大袈裟に空をふりあおいで言います。
「それは実に残念だ。伯爵が実に折良く都に来てくれていたので、さっそく陛下救援の陣頭指揮をとってもらおうと思っていたのだが。準備が整い次第、ぜひ参戦していただきたい」
「しょ、承知した。それではこれにて失礼――」
ジャーガ伯爵は軍隊を率いて大急ぎで離れていきました。東の彼方の伯爵の領地へ逃げ帰っていったのです。
シオン大隊長は部下たちとそれを見送り、丘の彼方に伯爵軍が消えて見えなくなると、急に馬の向きを変えました。周囲に向かって呼びかけます。
「おいでだな、勇者殿!? 出てきて話を聞かせてもらおうか!」
うってかわった厳しい声に、勇者の一行はぞろぞろと茂みから出ていきました。本当に彼らが出てきたので、部下の近衛兵たちは目を丸くしています。
「なんで俺たちがいるってわかったんだよ?」
とゼンが尋ねると、大隊長は言いました。
「これほどの騒ぎを引き起こしておいて、そなたたちが説明もしないとは思えんからな。で? なにゆえ、陛下が誘拐されていることを明かした。しかもあれほど大々的に。都中の住人がひとり残らず真相を知ってしまったぞ!」
極秘にしてきたことをぶちまけられたので、大隊長はこめかみに青筋をたてていました。返事次第ではただではすまない雰囲気です。
けれども、フルートは落ち着き払って答えました。
「それが目的なんです。皇太子は無事にオグリューベン公爵に保護されたけれど、公爵はエスタ王救出を渋っています。あんなふうにみんなに知らせておけば、公爵は嫌でも手伝うしかなくなるし、他の領主たちも公爵のところへ集まってきます」
大隊長は驚き、たちまち苦虫をかみつぶしたような顔になりました。
「なんという荒療治だ。それを口実にジャーガ伯爵が都に攻め込んできたらどうするつもりだったのだ。だが、言ってしまったものはしかたがないし、伯爵の軍隊が撤退していったことも事実だ。我々は陛下救出部隊を編成して、オグリューベン公爵に協力を求めることにする。勇者たちも城に来られよ」
けれども、フルートは首を振りました。
「女の子たちは皇太子を守りに行くし、ぼくとゼンとポチはオグリューベン公爵のところに戻ります。公爵と協力していると言ったからには、ぼくたちは公爵のところにいないと。でも、後でまた合流できるはずです」
「わかった。ではまた後ほど」
「はい、また後で」
勇者の一行に見送られて、シオン大隊長と近衛兵たちは都の中に戻っていきました。一刻を争う事態なので、あっという間に駆け去ってしまいます。
再び自分たちだけになると、メールが言いました。
「あたいたちもそろそろ皇太子のところに戻るよ。フルートたちはまっすぐヴィルド城に行くのかい?」
公爵自身はまだ出城のアーペン城にいますが、フルートたちは、先に公爵の居城に戻ると言っていたのです。ヴィルド城は公爵の居城の名前です。
フルートは答えました。
「いや、ヴィルド城に行く前に西に飛ぶ。ワルラ将軍の部隊を見つけたいんだ」
「ワルラ将軍の? なんでさ?」
「もうロムドに戻っていいって伝えに行くつもり? ジャーガ伯爵がカルティーナから撤退したから」
とルルも尋ねます。
「もちろんカルティーナが解放されたことは伝えるけどね。ワルラ将軍たちに伯爵軍の後をつけてもらうんだ。伯爵は絶対にセイロスと連絡を取り合う。その尻尾をつかみたいんだ」
なるほど、と仲間たちは納得しました。すぐさま二手に分かれて空に飛び立ちます。ルル、メール、ポポロの少女たちのグループと、ポチ、フルート、ゼンの少年たちのグループです。
「ポチ、気をつけて行きなさいよ。フルートとゼンも無茶しちゃだめよ」
「なんかあったらポポロを通じて連絡するからさ」
「そっちでも何か変化があったらあたしに知らせてね……」
と少女たちが言うと、少年たちも言いました。
「ワン、そっちこそ気をつけて」
「この先、状況に合わせて作戦は変わっていくと思う。そのときにはすぐに知らせるから」
「ルルは皇太子に尻尾を引っ張られてもかみつくんじゃねえぞ」
「なによ、それ! 失礼ね!」
ゼンのことばにルルが憤慨したので、仲間たちはつい笑ってしまいました。
それじゃ、と言い合って彼らは別れました。少女たちは皇太子がいるアーペン城へ、少年たちはワルラ将軍の部隊を見つけるために西へ。
朝の空の中、二匹の風の犬は離れていきました――。