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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第6章 緑のゴーレム

18.緑のゴーレム

 白み始めた空の下。

 純白のエスタ城は薄暗がりの中に白々とそびえていました。城壁の通路に見張りの兵士の姿はありますが、城内から人の気配はほとんど伝わってきません。城はまだ目覚めていないのです。

 一方、城の周囲に広がるカルティーナの都では、早起きの住人が動き出していました。朝早くから仕事に取りかかる働き者たちです。ところが、開口一番飛び出してきたのは「困った困った」「ああ困ったぞ」ということばでした。

 カルティーナは都の周囲の八つの丘をつなぐように防壁をめぐらしていて、丘の間には八つの門があります。都の外に出るにはその門をくぐらなくてはいけないのですが、四日前に突然やってきたジャーガ伯爵の軍隊が、外に居座って門を閉鎖してしまったのです。

 内側からどんなに訴えても無駄でした。無理に外へ出ようとすれば「敵の間者だろう!」とあらぬ嫌疑をかけられて斬り殺されそうになります。人々は門の外へ出られなくなってしまいました。外へ仕事に出かける商人も職人も旅人も聖職者も、すべて都に足留めです。

 一方、外からカルティーナの都に入ろうとする人々も、同じようにジャーガ伯爵の軍隊に通せんぼをされていました。いくら身の潔白を訴えても、絶対に通してもらえません。例外は都の周りに農地を持つ百姓だけでしたが、彼らも荷車などを厳重に確かめられました。それでも、百姓たちが作物や麦を運んできたので、都の住人は飢えずにすんでいました。

 当然、都の住人は伯爵の軍隊を撤退させてほしいと国王に訴えましたが、エスタ城にはなんの動きもありませんでした。やがて、王は重い病気にかかって寝込んでいて、ジャーガ伯爵に撤退命令を下すことができないらしい、という噂が都中に広がりました。けれども、それも本当かどうかわからなかったのです。

 誰もがジャーガ伯爵に腹を立て、早くなんとかしてほしいと願いましたが、状況はいっこうに好転しません。カルティーナを包囲されてから五日目の朝が明けようとしていましたが、今日も伯爵の軍隊のせいで都の外に出られないのだと思うと、「困った困った」と溜息が出てきてしまうのでした。

 

 都の門を守る近衛兵たちも、やはり困り顔を突き合わせていました。

「ジャーガ伯爵め。いったい、いつまで居座るつもりだ」

「我々を包囲しているつもりか? 馬鹿にしおって。陛下さえご命令くだされば、あんな連中はすぐにも蹴散らしてやるのに」

「いや、それができないからシオン大隊長も困っておられるんだ」

「陛下がご病気だからか? だが、そんなのは宰相殿が代わりに命じればいいだけじゃないか」

「そんなのはとっくにやっているんだ。だが、伯爵は国王直々の命令でなければ撤退しない、と言っているんだよ。曲がりなりにも、陛下のためにやって来た、と言ってやってきているからな。力づくで追っ払ったりしたら、伯爵だけでなく他のエラード派の領主までが怒って攻めてくるだろう。実際、エラード派の領主たちはこの状況を面白がって注目しているらしい」

「またエラード派か。エラード公はとっくに失脚したっていうのに、いつまでがんばるつもりだ」

 そこまで話して、衛兵たちはまた顔を見合わせました。どの顔も、困った困った、と表情で言い合っています。

 夜が明ければ都の住人たちがまたやってきて、門を守る衛兵たちに「ジャーガ伯爵の軍隊を早くなんとかしてくれ!」と訴えます。中には、何もしない衛兵たちを逆恨みする住人まで出てくるのです。

「早くなんとかしてほしいのはこっちのほうだよ」

 と衛兵からもぼやきが飛び出します──。

 

 そのときです。

 あたりの木々が急にざわざわと音をたて始めました。梢で木の葉がいっせいに鳴り出したのですが、枝を揺らすような風は吹いていません。

 異様な気配に衛兵たちは緊張しました。

「門を開けるのを待て!」

 と隊長が待機していた門番へどなります。

 すると、木の葉がいきなり枝を離れました。冬でも葉を落とさないはずの常緑の木々が、すべての葉をいっせいに枝から落としたのです。しかも、風もないのに渦を巻き、空へと舞い上がっていきます――。

 呆気にとられて見上げた彼らの視線の先で、緑色の塊が生まれていました。四方八方から木の葉が飛んできて、都を囲む壁の上に集まっていたのです。明るくなった空の下に、濃い緑色が雲がふくれあがっていきます。

「なんだあれは!?」

「伯爵のしわざか!?」

 衛兵たちは口々に言い合いましたが、壁の外からも同じような声が聞こえてきました。

「あれはなんだ……!?」

「城の魔法使いのしわざか……!?」

 門の外に陣取っていたジャーガ伯爵の兵隊たちも、この光景に仰天していたのです。

 木の葉の塊が大きくなっていくにつれて、都の中からも住人たちの驚く声や叫び声が上がり始めました。ついには都中の木々が丸裸になったのではないかと思うほどの木の葉が一カ所に集まり、ざわめきながら空へ伸び始めます。逆に壁の下に向かって動いていく木の葉もあります。

 木の葉が地上に触れたとたん、ずしん、と巨人が足を踏み鳴らしたような地響きがしました。

 いえ、それは本当に巨人でした。寄り集まった木の葉は巨大な人の姿になり、都の壁の内側と外側にそれぞれ左右の足を置いて立ったのです。はるか上のほうでは、木の葉が動いて人の顔を作っています。

「か、怪物だ!!」

「これはゴーレムだぞ!」

 衛兵たちはあわてて門塔の中に駆け込みました。そこに弓矢が置いてあったのです。

 門の外ではジャーガ伯爵の兵士たちがゴーレムに攻撃を始めていました。無数の矢が巨人に飛びますが、相手は木の葉でできているのでダメージを与えられません。矢は木の葉を突き抜けて壁の内側にまで飛んできます。

「撃て、撃て!」

「都に入れるな!」

 衛兵たちもゴーレムに矢を放ちましたが、やはりなんの効果もありませんでした。矢は素通りして飛んでいきます。

 すると、壁の向こうからジャーガ伯爵の兵士の声が聞こえました。

「あれは木の葉だ! 火矢を使おう!」

「そうだ! 火なら効くはずだぞ!」

「早く火矢を──!」

「馬鹿な!!」

 と衛兵たちは青ざめました。外れた火矢が都に飛び込めば、都で火事が起きるかもしれません。

「こちらからも火だ! 連中より先にあれを焼き尽くせ!」

 隊長の命令に、衛兵たちはまた門塔に走りました。かがり火から松明を抜き取ってゴーレムに火をつけようとします──。

 

 そのとたん若い男の声が響き渡りました。

「無駄だ! やめろ!」

 同時に、ごうっと激しいつむじ風が巻き起こり、外れた矢を巻き上げました。中には火矢も混じっていましたが、火は風に吹き消され、向きを変えて外へ戻っていきました。ジャーガ伯爵の陣営からまた叫び声が上がります。

 衛兵たちは松明を握ったまま自分の目を疑っていました。矢を追い返した風が、巨大な犬のように見えたからです。

 伯爵の陣営からも同じような声が聞こえていました。

「犬だ!?」

「犬の怪物だ!」

「あれは──風の犬だぞ!」

 と。

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