城代が言っていた通り、翌日の午後にはオグリューベン公爵がアーペン城に到着しました。
武人のような体格の公爵は、皇太子や姪のブリジットにひとしきり挨拶をしてから、フルートたちを一室に招きました。
「貴殿たちには皇太子と姪を助けていただいて、本当に世話になった。夕食にはまだ早いが、軽い食事を準備させたので、一緒に食べながら話そうではないか」
フルートたちが皇太子を助け出す話を持ち出したときには妙に渋っていた公爵ですが、この日はいやに上機嫌で愛想のよい声をしていました。単純に感謝しているだけではなさそうでしたが、フルートたちは知らん顔で招待に応じました。こちらからも公爵に頼まなくてはならないことがあったからです。
案内されたのは歓談用の客室でした。アーペン城は公爵が狩りのときに家臣たちと寝泊まりすることがあるので、それなりの設備になっていたのです。
フルートたちは客室にずらりと飾られた武器防具を見て目を丸くしました。美しい装飾が施されていて、まるで宝石のようです。
「私はこういうものを集めるのが趣味なのだ。これだけの数の名品は、国王陛下でさえお持ちではないぞ」
と公爵は得意そうに言い、さらにフルートが背負っている剣に興味を示しました。
「それが噂の火の魔剣だな? ぜひ見せてもらえるだろうか」
「見せるだけならかまいませんが、お貸しすることはできません。ぼく以外の人が持つには危険すぎるんです」
と言いながら、フルートは背中から炎の剣を抜いて、公爵の前にかざして見せました。ほぉ、と公爵は身を乗り出しました。
「これが火の魔剣か――。案外地味なものだな。柄にはまっている石はなんだろう? ルビーやガーネットではなさそうだが……」
その様子に、ゼンが低い声で言いました。
「あんまり大した奴じゃねえな。武器を見る目がねえ」
「あれ、そうなの?」
とメールは聞き返しました。やはり声は潜めています。
「ここにある武器や防具はどれも見た目が派手なだけだ。金銀宝石はどっさり使ってあるが、実戦で使えばすぐに壊れちまう。それに、本当の目利きなら、フルートのもう一本の剣や俺の弓矢にだって目をつけるはずだぞ。フルートのロングソードはかなりの名刀だし、俺の弓矢だって魔法の力があるんだからな」
「なるほどね。つまり、武人のように見えるけど、実際にはかっこつけてるだけってことか」
「実際に強いのかどうかは、俺は知らねえ。ただ、戦士より城で着飾ってる貴族どものほうに近いんだろうとは思うぞ」
「確かにそんなふうに見えるよね」
とメールは肩をすくめます。
一方、フルートは公爵に剣を見せ終えると、席についていよいよ本題を切り出しました。
「ぼくたちは皇太子殿下をエスタ城から救出したし、公爵のご希望通り、ブリジットさんも助け出してきました。ぼくたちはあなたの頼みを聞きました。それでぼくたちからもお願いがあるんですが――」
すると、公爵が話をさえぎりました。
「あ、いや、しばらく。実は私にもうひとつ勇者殿たちに頼みたいことがあるのだ」
ルルやメールはたちまち怒り出しました。
「なによ、私たちはちゃんと皇太子たちを助けてきたじゃない!」
「それなのに、今度は何を頼もうってのさ!? ずうずうしいじゃないか!」
フルートも厳しい声で公爵に言いました。
「ぼくたちは別に金品がほしくて皇太子たちを助けたわけじゃありません。大事な同盟国のエスタが危機に陥るのを防ぎたくて駆けつけただけです。今、エスタはのんびりしていられるような状況じゃないと思うんですが」
「無論それはわかっている。私が頼みたいことというのは、皇太子殿下の身辺警護なのだ。ここは守りの堅い山城だが、敵は飛竜に乗って空からやってくると聞く。空から来られたのでは、この城でもとても守り切れん。どうか、安全になるまで殿下をお守りしてほしいのだ」
フルートはすぐにうなずきました。
「それはぼくたちも考えていました。ぼくたちは四人と二匹います。二手に分かれて、片方が皇太子を守ります」
「二手に? もう一方は何をするのだ?」
「もちろんエスタ王を敵から救出するんです。でも、ぼくたちだけでは力が足りません。ぼくたちがお願いしたいのはこのことです。どうかエスタ王救出に力を貸してください」
ところが、公爵は急に考え込む顔になると、わざとらしく腕組みしました。
「いや、そうしたいのは山々だが、陛下がどこにおいでか、我々にはわからないのだぞ。この広い世界のどこへ陛下をお助けに行けば良いのやら……」
「エスタ王が囚われている場所はぼくたちが見つけます。公爵にはエスタ王を救出に行く味方を集めてほしいんです」
「そうか……だが、はたして私などがそのような出過ぎた真似をして許されるのかどうか……」
公爵の態度が煮え切らないので、ゼンとメールは顔をしかめました。公爵がエスタ王を助けに行きたがっていないと気づいたのです。そこで、わざと聞こえよがしに言い合います。
「なんだぁ? まさか公爵は、エスタ王を助けたくねえ、なんて言うんじゃねえよなぁ? んなのは裏切り者のすることだもんなぁ」
「まっさか! オグリューベン公爵はすごく忠実で人望のある人だって聞いてるよ。絶対に味方の領主たちに呼びかけて、エスタ王を助けようとしてくれるさ。まあ、それだけの実力がないんなら、どうしようもないけどさ」
メールの皮肉に、公爵はたちまち真っ赤になりました。憤慨して言い返します。
「失礼な! 私は陛下の家臣の中でも指折りの実力者だぞ! 私に賛同して力を貸してくれる領主たちも、大勢心当たりがある! すぐにも呼びかけることができるわ!」
メールの挑発に簡単に乗ってしまうのですから、実に浅薄です。
フルートがすかさず言いました。
「それでは、よろしくお願いします。できるだけ大勢味方を集めてください。敵はあのセイロスです。魔法も使えるし飛竜で空を飛ぶこともできるけれど、ぼくたちがいます。みんなでエスタ王を助け出しましょう」
「あ、ああ……わ、わかった」
勇者の一行に押しきられる形で公爵が承知したところへ、料理ができたと召使いが知らせにきました。公爵は軽い食事と言っていたのですが、かなりの数の料理や飲み物が運び込まれてきます。
話し合いはそこまでになり、あとは食事の時間となりました――。
その後、自分たちの部屋に戻った勇者の一行は、いっせいに話し出しました。
「ちょっと、何よあの公爵の態度! 皇太子さえ手元に無事なら、エスタ王なんかもうどうでもいいって感じだったわよ!」
「だよね。一応協力するって約束したけどさ、ホントに協力するかどうかわかんないよ。あたいたちに皇太子を守らせといて、自分のほうは約束なんか忘れたふりをするかもね」
「ったく、これだから人間は――。おい、これからどうするんだよ?」
とゼンがフルートに尋ねました。公爵など頼らずに自分たちで味方を集めたいくらいでしたが、エスタ国にそんなあてはありません。
すると、フルートが言いました。
「確かに公爵の態度は信用できない。ただ、ひとつだけ確信を持てたことがある。公爵は皇太子を本物だと思ってる。というか、本物として扱おうとしている。皇太子がエスタ王の子どもじゃない可能性はまだあるけど、公爵が皇太子を本物として扱うなら、やりようはあるんだ。公爵がぼくたちに全面協力するしかないようにしてしまおう」
仲間たちは驚きました。
「そんなこと、本当にできるの?」
とルルが聞き返します。
「できる。夜の間にもう一度エスタ城まで行こう。で、そこから先は二手に分かれて行動するんだ。グループ分けはこうだ」
フルートは落ち着いた声で具体的な作戦の説明を始めました――。