その後、フルートたちは城代から食事をふるまわれ、城内に準備してもらった部屋に落ち着きました。彼らが強く希望したので、男女関係なく全員同じ部屋になっています。
やれやれ、と椅子やベッドで一息ついたところへ、城内を偵察に行っていたポチとルルがそれぞれに戻ってきました。
「ワン、城内に怪しい企みの匂いはありませんでしたよ。安心して大丈夫そうです」
「皇太子たちも無事に部屋に案内されたわ。皇太子と乳母が一緒の部屋で、ブリジットさんはその五つ隣の部屋よ」
「なんだ、皇太子は母ちゃんと一緒じゃねえのか? んとに、王族ってのは親子でも親子らしくねえな」
とゼンが言ったので、メールが反論しました。
「あたいだって海の王族だけど、あたいたちは母上たちと小さい頃から一緒に暮らすよ。王族がみんなそんなだと思ったら、大違いだからね!」
「わかったわかった。人間の王族はわけわかんねえな、って言いたかったんだよ」
とゼンが弁解します。
すると、ポチが急に改まった様子になりました。全員を見回して言います。
「ワン、そのことなんですけどね、ちょっと気になってるんです。もっと集まってもらえますか?」
「さっきからあなたが気にしていたことね?」
とルルが言ったので、全員はすぐに床に下りてポチの周りに集まりました。
「ポチはここに来る途中、しょっちゅう女の人たちを振り向いていたな。乳母さんとブリジットさん、どっちを気にしていたんだ?」
とフルートも言いました。部屋の外に城の見張りが立っているので、声は潜めています。
「ワン、ブリジットさんのほうですよ――。ゼンも言っていたけど、なんだかおかしいんですよね。皇太子のことを全然気にかけていないんです。いくら乳母が一緒にいて世話をしてくれるからって、お母さんがあんなに知らん顔なのはやっぱり変です」
「このお城に着いてから、ブリジットさんは皇太子のところに行ったりはしていないの?」
とポポロが尋ねると、ルルが答えました。
「行ってないわね。自分の部屋に入った後は、全然外に出てこないわ。女中は大勢部屋に入っていったけどね」
全員は考え込んでしまいました。
「なんでそんなに息子に冷たいんだろ? ひょっとして、ブリジットさんはエスタ王が大嫌いだったのかい?」
とメールが言いました。エスタ王が嫌いだから、その息子の皇太子のことも嫌っているのではないか、という意味です。
ポチは首をかしげました。
「ワン、それはどうかなぁ。それだったら、ブリジットさんから憎しみや嫌悪の匂いがしそうなものなんだけど、それもないんですよね。ただ無関心なんです。まるで他人の子どもを見てるみたいに」
仲間たちは思わずどきりとしました。
顔を見合わせると、いっそう頭を寄せ合い、ごくごく低い声で話し合いを続けます。
「それってどうなの? 本当にそういう可能性はあるの?」
「あの皇太子がブリジットさんの息子じゃねえって可能性か?」
「そうだとしたらエスタ王の息子でもないかもしれないな。それならブリジットさんが無関心なわけもわかるけれど」
「でもさ、ブリジットさんが子育てを苦手なだけっていう可能性もあるんじゃないかい? たまにいるだろ? 子どもは産んだけど子育てに全然関心がなくて、自分が遊ぶことのほうに夢中になってる母親。若い人に多いみたいだけどさ」
「ワン、それなら確かにブリジットさんは若いですね。あんな格好をしてるから大人っぽく見えるけど、たぶんメールたちより少し年上なだけですよ。まだ二十歳になってないんじゃないかな」
ふぅむ……と一同は考え込んでしまいました。
フルートがまた言います。
「ぼくたちが会う直前、オグリューベン公爵はブリジットさんからの手紙を読んで、火にくべていたし、ぼくたちが皇太子を助けに行くと言ったときにも、すぐには承知しないで、しばらく何かを考えていた。ひょっとしたら、手紙にそのあたりのことが書いてあったんだろうか」
「皇太子は実は私やエスタ王の子どもじゃありません、って? それは確かに大ごとよね」
とルルが言ったので、全員はそれぞれに皇太子とブリジットを思い浮かべました。似ているような気もすれば、似ていないような気もして、よくわかりません。
すると、ポポロが言いました。
「ねぇ、でも……皇太子とエスタ王はなんだか似ていない?」
「あぁ、似てるかぁ!? 体型が全然違うだろうが!」
とゼンが大声を上げたので、仲間たちは、しーっといっせいに口に指を当てました。
「ゼンったら、静かにしなよ。それにさ、体型が違うから顔も違って見えるってことはあるだろ。大人と子どもの違いもあるし」
とメールが言うと、ルルも言いました。
「そういえば、エスタ王も皇太子もどっちも黒髪よね。目の色は?」
「二人とも灰色だな」
とフルートが言います。
けれども、ポチは首をかしげました。
「ワン、エスタ王に似た髪や目の色の子どもを連れてきて、エスタ王の子どもです、って言ってる可能性もありますよ」
ゼンやメールはうんざりした顔になりました。
「ああ、やだやだやだ。またこういう話かい? 人間ってのはさぁ」
「こんな話、いつまでもやってられねえぞ。なんか確かめる方法はねえのかよ?」
「ブリジットさんに聞くしか方法はないけど、ぼくたちが聞いて正直に教えてもらえるとは思えないな。明日、オグリューベン公爵が到着するのを待って、確かめてみよう」
と言って、フルートはまた考え込んでしまいました。それきり口を利かなくなってしまいます。
そこへ、部屋の扉をたたいて誰かが訪ねてきました。
ゼンが扉を開けると、噂をしていた当の皇太子が乳母と一緒に立っていたので、全員がぎょっとしてしまいます。
けれども、訪問者たちのほうはそんなことにはまるで気づきませんでした。皇太子が歓声を上げて部屋に飛び込んできます。
「いたぁ! ポチとルルだぁ!」
と犬たちに駆け寄ります。
後から入ってきた乳母が、すまなそうに言いました。
「くつろいでいらっしゃるところにお邪魔してすみません。殿下が、どうしても皆様と遊びたいとおっしゃって聞かなかったものですから」
「殿下が遊びたかったのはポチとルルだろ」
とメールは苦笑しました。皇太子はポチやルルを部屋中追い回して、きゃっきゃと笑っていました。ちょっと、やめてよ! とルルが怒っても全然気にしません。
「こら、尻尾を引っ張るのは反則だ。かまれるぞ」
とゼンは皇太子を捕まえると、ひょいと持ち上げました。そのまま自分の肩に乗せてしまったので、皇太子はまた歓声を上げます。
「高い高い! ねえ、歩いてよ!」
「俺はゼンだ」
「ゼン、歩いて歩いて! 早く!」
「しょうがねえな。そら、頭につかまってろよ」
とゼンは言うと、皇太子を肩に乗せたまま部屋の中をぐるぐる歩きまわりました。その足元を犬たちがついていきます。
楽しそうに笑う皇太子を見ながら、フルートは乳母に話しかけました。
「知らないお城に連れてこられて、不安だったし退屈だったんでしょうね。ブリジットさんは殿下と遊んだりはしないんですか?」
「ブリジット様はめったに殿下の元にはいらっしゃいません。陛下はしょっちゅうおいでになって殿下に声をかけてくださいますが、ブリジット様は、ひどいときには一か月以上も殿下の元においでにならないこともあって――」
そこまで言って乳母は口をつぐんでしまいました。母親なのにどうしてそんなに息子をほったらかしにするのだろう、と彼女も思っていたのです。ゼンたちに遊んでもらってはしゃいでいる皇太子を、ちょっとせつなそうに見守ります。
うぅん……。
フルートは心の中でまたうなって考え込んでしまいました。