フルートたちはシオン大隊長の案内でエスタ城内の別宮に行き、皇太子の母親のブリジットという女性に会うことができました。
若干のすったもんだはありましたが、大隊長の取りなしでなんとか信用してもらい、メールが彼女の身支度を手伝うことになりました。
「さあ、あなたたちは外よ」
とルルが男性陣を通路に追い出します。
待っている時間を使って、フルートとゼンはシオン大隊長にこれまでのことを話して聞かせました。大隊長には驚くようなことばかりの話です。
「いやはや。まさかピラン殿がロムドまで飛んで行っていたとは。ピラン殿は未完成の大いしゆみで城を脱出したが、その直後に大いしゆみは壊れてしまうし、ピラン殿は行方知れずになるしで、非常に心配していたのだ。それほどの距離を飛んでいくとは、さすがはピラン殿の道具だ」
と大隊長が感心したので、ゼンはあきれ顔になりました。
「馬鹿言うなよ。いくらピランじっちゃんでも、そんなに飛ぶ矢は作れねえぞ」
「ピランさん自身が、あり得ないと言って驚いていたんです。たぶん天空の国の魔法の援助があったんだと思います」
とフルートも言います。
すると、大隊長はひどく驚き、少し考えてからまた話し出しました。
「城が何者かに襲撃されて陛下が誘拐されたのは、昨日の昼前のことだ。知らせを受けて、わしたちはどうしていいのかわからなくなった。魔法使いは全員が昏倒して、目覚めた後は魔法が使えなくなっていたし、占い師の占いの道具はすべて真っ二つに裂けて、陛下の行方を知る手段がなくなってしまったのだ。大陸制覇をもくろむセイロスのしわざだろうという予想はついたが、奴の居所もわからない。万事休すと途方に暮れていたのだが、わしたちのあずかり知らぬところで、救援の手が差し伸べられていたのだな。まさか、天空の国からの援助があったとは――」
「だから、ぼくたちが駆けつけてきたんですよ」
とフルートは穏やかに言い、すぐに真剣な表情になって続けました。
「ロムドからも正規軍が出発しています。司令官はワルラ将軍です。都を包囲しているジャーガ伯爵の軍勢を追い払って、伯爵にセイロスとのつながりを白状させようとしています。ワルラ将軍が到着するまで、なんとか持ちこたえてください」
「ありがたい。ジャーガは、都の中に敵の内通者がいるかもしれない、と言いがかりをつけて、都の出入り口を外から閉鎖してしまった。カルティーナは敵に包囲されているも同然の状況なのだ」
すると、ゼンが首をひねりました。
「そのへんはピランじっちゃんから聞いてたけどよ、なんで伯爵にそんなことをさせておくんだ? 近衛部隊ならすぐに連中を追い払えるはずじゃねえか」
「もちろん力ずくなら可能だ。だが、ジャーガは国や陛下のためにはせ参じたと言っている。しかも、陛下からカルティーナを守ってほしいと頼まれていた、と言うのだ。むろん、そんなことはありえん! 都を守っているのは我々近衛部隊なのだからな! だが、ジャーガは頑として譲らず、違うのであれば陛下から直々にそう言ってもらいたい、と言い張っているのだ」
「そうやって、エスタ王が誘拐されたことを明らかにしようとしているんですね。だからシオン隊長たちもジャーガ伯爵に強く出ることができないんだ」
とフルートが言います。
大隊長は苦々しく言い続けました。
「ジャーガは長らく王弟のエラード公に従ってきた男だ。陛下には恨みつらみが山ほどある。奴がセイロスと通じているのは間違いないのだが、確証がないし、セイロスの居場所もつかめん。陛下をお救いにいくこともできなくて、わしたちは――」
すると、フルートは手を上げて大隊長の話をさえぎりました。
「そのことですけど、セイロスはイシアード王のところにいるようです。いえ、今はどうかはわかりません。でも、少なくともつい最近まではそこにいて、最強の飛竜部隊を再編しようとしていたんです」
と、イシアード城に裏竜仙境の飛竜使いたちが集められていた話を聞かせます。
シオン大隊長はまた驚き、状況が呑み込めてくると、こめかみに青筋をたてて怒り始めました。
「そ――それでこのエスタ国内に分裂を招こうとしているのか!? 飛竜の基地を作ってエスタを攻めるために!? ジャーガめ、許せん! エスタを闇の本拠地にしようとは何事だ!!」
大隊長が剣に手をかけて飛び出していきそうになったので、フルートたちはあわてて引き留めました。
「待て、待てったら、おっさん!」
「ジャーガ伯爵に危害を加えたら、エラード派だった領主たちがいっせいに反発するんでしょう? いくらシオン隊長でもそれはまずいですよ」
いい歳をした大人の大隊長が少年のゼンやフルートにいさめられているのですから、まるであべこべです。
そんなところへ、部屋からメールとルルが出てきました。
「なぁに騒いでんのさ、三人して?」
「ブリジットさんの支度ができたわよ」
彼女たちの後ろからは、分厚い毛皮のコートを着た皇太子の母も出てきました。母親と言っても意外なくらい若い女性です。結い上げる暇がなかったので、長い金髪を帽子の下に垂らして、ひどく不安そうな顔をしています。
フルートはすぐにうなずきました。
「それじゃ皇太子たちのところへ戻ろう。アーペン城に出発するんだ」
それを聞いて皇太子の母が歓声を上げました。
「アーペン城は叔父上のお城だわ! では、手紙が叔父上の元に届いたのね! ああ、よかった!」
とたちまち安心します。まるで少女のような素直さです。
「おっさん、くれぐれも早まるんじゃねえぞ」
とゼンはシオン大隊長に念を押します。
大隊長は渋い顔をしながらも、なんとか平静を取り戻しました。
「実は、殿下やブリジット様と一緒に、勇者たちに頼みたいものがあるのだ」
と言い出します。
ルルは露骨に嫌な顔をしました。
「なぁに? 今度は誰を助けろって言うの? 私とポチはもう定員ぎりぎりよ」
「いや、人ではない。外に準備させてある」
と大隊長は全員を別宮の外へ案内しました。そこには小さな馬車が停まっていて、白い長衣の男が立っていました。シオン大隊長を見るとフードを脱いで頭を下げます。
「言われたものをお持ちしました、大隊長殿」
その人物を見て、フルートたちは、あれっと思いました。ロムド城にいるはずの魔法使いと同じ顔をしていたのです。
「トーラさん――のはずはないよねぇ?」
「ということは、あなたがケーラさんなの?」
「はい、そうです。お初にお目にかかります、金の石の勇者の皆様。お噂は常々兄から伺っていました」
と双子の魔法使いの片割れはまた頭を下げました。短い金髪も身長も体つきも、本当にトーラと瓜二つです。ただ衣の色だけが、トーラは黒だったのに対してケーラは白でした。
「あれを勇者たちに」
と大隊長に言われて、ケーラは馬車から布に包まれた長いものを取り出しました。大隊長が受け取って布をほどくと、金と銀でできた錫(しゃく)が現れたので、フルートたちは驚きました。先端には青い美しい玉もついています。悪しき心を持つ者を罰して姿を変えてしまう、真実の錫です。
「そうか。エスタ王はこの錫を残してさらわれたって、ピランさんが言ってましたね」
とフルートが言うと、大隊長は錫を大切に包み直しました。
「これはこうして布に包んであっても、やましい思いを持つ者を罰する。彼は魔法使いの中でも特に忠実で正直な男なので、預かってもらっていたのだ」
「それはわかります。トーラさんもそうでした」
とフルートに言われて、ケーラはとても嬉しそうな顔になりました。
「兄は元気でいるでしょうか?」
「元気です。ただ、エスタ城のことをとても心配していました。ぼくたちはトーラさんからも頼まれてここに来たんです」
そこへ大隊長が錫を渡してきたので、フルートは無造作に受け取りました。もちろん姿が変わるようなことはありません。
大隊長は満足そうにうなずきました。
「やはり金の石の勇者たちだな。これを殿下たちと共に安全な場所に運んでほしいのだ」
真実の錫を? と勇者の一行はまた驚きました。
ちょっと考えてから、ゼンが言います。
「そいつをジャーガって奴に持たせりゃいいんじゃねえのか? きっと一発で罰を受けるぞ」
「そうそう。エスタ王のために駆けつけたって言ってるんだろ? 真実の錫を渡して証明させりゃいいじゃないか」
とメールも言いましたが、大隊長は首を振りました。
「陛下が命じたのでなければ、ジャーガは絶対に手に取ろうとはせん。逆に錫を破壊される危険さえあるのだ。これは陛下の大切な守り、エスタの宝だ。頼む、陛下が無事に城に戻られるまで、安全な場所に隠しておいてくれ」
フルートはうなずきました。
「わかりました、お預かりします。さあ、皇太子の部屋に戻りましょう。そろそろ空が明るくなってきたから、急がないと」
一同が歩き出すと、ケーラは一、二歩後を追って、すぐに立ち止まりました。フルートたちに向かって言います。
「お願いです。どうか国王陛下をお救いください──。陛下は心優しくて寛大なお方です。地方から城に上がった田舎者の私や兄を気にかけて、あれこれご配慮くださいました。まだ子どもだった私たちに、それがどんなに嬉しく心強かったことか。その陛下の一大事だというのに、私は魔法が使えなくなって、どうすることもできません。こうしている間にも、陛下に何事があったらと思うと、私は──」
フルートたちは立ち止まってケーラを振り向いていました。魔法使いは人目もはばからず涙を流していたのです。シオン大隊長が引き返して肩をたたきます。
「心配するな。フルート殿たちが陛下を忘れるはずがない。必ず陛下をお救いくださる。もちろん我々近衛隊も全力で戦う覚悟だ」
フルートも言いました。
「エスタ王は必ず助け出します。約束します」
「トーラさんもロムド城でおんなじ事を言って泣いたんだぜ。やっぱり双子だな」
とゼンは笑います。
そこで一同は改めて歩き出し、馬車のそばにケーラだけが残りました。
「よろしくお願いします、勇者の皆様方」
とケーラは頭を下げ、一行が別宮から宮殿の中に戻っていく様子をずっと見送っていました――。