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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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13.皇太子

 夜更けのエスタ城は暗く静まりかえっていました。

 王が誘拐されて行方知れずになり、反乱分子のジャーガ伯爵が王都を取り囲んでいますが、動揺を悟られないために、いつも通り灯りを落とすように、という指示が出ていたのです。

 すると、豪華な一室で子どもの泣き声が上がりました。

 すぐに隣の部屋の扉が開いて、ガウン姿の女性が燭台片手に駆けつけてきます。

「どうなさいました? 怖い夢でもご覧になりましたか?」

 と女性はベッドへ優しく話しかけました。小さな子どもが泣きじゃくっていたからです。子どもが何かを答えると、女性はうなずいてまた言います。

「大丈夫でございますよ。シオン大隊長や衛兵の皆様方が、必ず陛下をお救いくださいます。さあ、殿下はもう一度お休みくださいませ」

 子どもはエスタ国の皇太子だったのです。

 けれども、皇太子は泣きやみませんでした。涙ながらに訴える声が、今度ははっきりと響きます。

「父上の次は私の番だ! 私はきっと殺される! 殺されてしまうんだ――!」

 それを聞いて、ガウン姿の女性も涙ぐみました。まだ四つかそこらの幼い子どもが、必死に身の危険を訴えているのです。彼女は皇太子を胸に抱きしめて言いました。

「私が殿下のおそばにおりますよ。必ず殿下を守ってさし上げます。絶対に悪者なんかに渡したりはいたしません」

 けれども、皇太子を抱く彼女の腕は、あまりにもか細く頼りなげでした。皇太子は泣きやみません。

 

 すると、とんとん、と遠慮がちに部屋の扉がたたかれました。

 女性は振り向き、たちまち悲鳴を上げました。皇太子を背後にかばって叫びます。

「何者です!? どうやってここに入りました!?」

 部屋の中に勇者の一行が立っていたからです。

「くせ者だ! 早くだれか!」

 と幼い皇太子も叫びますが、誰も駆けつけてきませんでした。

「呼んでも無駄だよ。外はこうなってるからさ」

 とメールは扉を引き開け、床から天井まで緑色のものがぎっしりと詰まった通路を見せました。目を丸くした女性と皇太子に言います。

「木の葉だよ。衛兵たちがここに来れないように、通路をふさいだのさ」

 フルートは二人の前に進み出ました。

「ぼくたちは敵ではありません。ぼくたちは金の石の勇者の一行です。皇太子殿下を敵からお守りするためにロムドから飛んできました」

「金の石の勇者!?」

 と女性と皇太子はまた驚き、まじまじと一行を見ました。

「勇者なのに大きくないし強そうでもないぞ! 本当に勇者なのか!?」

 と皇太子に言われて、フルートは苦笑してしまいました。こんなふうに言われるのは久しぶりです。

 一方ゼンは女性に尋ねました。

「あんたが皇太子の母ちゃんなのか?」

 とたんに女性は顔を真っ赤にしました。

「とんでもない!! 私は殿下の乳母です! 殿下を生まれたときからお育てしております! ブリジット様は別宮においでです!」

「あら、皇太子とお母さんは一緒に暮らしてないわけ?」

 とルルが言ったので、ポチが答えました。

「ワン、王室や身分高い貴族の家ではそれが普通らしいよ。たとえ正妻の子どもでも、子育ては乳母がやるんだ」

 犬たちが人間のことばをしゃべったので、乳母は悲鳴を上げて飛びのきましたが、皇太子のほうは逆に身を乗り出しました。

「犬がしゃべった! すごい! もっとなんかしゃべってよ!」

 と目をきらきらさせてベッドから飛び降りてきます。

 ポチは皇太子に近寄って、ぺろりと顔をなめてやりました。

「ワン、金の石の勇者の仲間には、人のことばを話す犬もいるんですよ。だからぼくたちを信用してくださいね」

 わぁ! と皇太子は歓声を上げると、ポチを抱きかかえました。そんな様子は四歳の男の子そのものです。

 

 フルートは乳母に言いました。

「ぼくたちは、ある人から皇太子殿下と殿下のお母さんを助け出してかくまうようにと頼まれました。殿下のお母さんがいる別宮まで案内してください。お願いします」

 けれども、乳母は首を振りました。

「そ――そんなことはできません! 私は乳母です! ブリジット様の別宮に近づくことなんて、できるはずがないでしょう!」

「息子の皇太子を育ててあげてるっていうのに?」

 とルルがあきれたようにまた言いました。エスタの厳しい身分制度は、こんなところにも浸透しているのです。

 フルートたちはちょっと困りました。居場所がわからなければ、皇太子の母親を救出することはできません。

「ワン、あなたのお母さんがどこにいるか知りませんか?」

 とポチは皇太子に聞いてみましたが、彼はポチの尻尾を捕まえようとするのに夢中で、返事らしい返事はありませんでした。

「しかたない。外に出て衛兵に聞いてみることに――」

 とフルートが言っているところに、外の通路から妙な音が聞こえてきました。ざっざっとこすれるような音と、獣のような低いうなり声です。

 一行はたちまち緊張しました。

「何かが近づいてくるわよ!」

 とルルが言ったので、フルートは真剣な顔になりました。

「怪物か?」

「わからないわ! 木の葉の中をくぐってくるのよ!」

「木の葉に抑えるように言ってるんだけど、強引に進んでくるんだよ!」

 とメールも言います。

 ゼンは扉に走ると、灯り石をメールに投げました。

「おまえとフルートは暗いと何も見えねえからな! そいつで照らしてろ!」

 と言って、自分は入り口の前で身構えます。

 フルートは皇太子と乳母を背後にかばって剣に手をかけました。

 ポポロはいつでも魔法が使えるように両手を突き出し、ポチも皇太子の前で低く構えます。

 すると、葉ずれの音が大きくなって、うなり声がすぐそばまで迫ってきました。木の葉が向こう側から力任せに押されて、こちら側にふくれあがります。

 緑の塊の中から、ぬっと手が飛び出してきました――。

 

「あれ?」

 勇者の一行は目を丸くしました。

 木の葉の中から飛び出してきたのは、長い爪や毛やうろこが生えた怪物の手ではありませんでした。ごく普通の男性の手です。

 続いてもうひとつの手が突き出て、木の葉をかき分け始めました。うなり声が大きくなって、急に人の声に変わります。

「殿下!! ご無事ですか、殿下――!?」

 現れたのは、近衛隊の制服を着て階級章を肩から下げた中年の男性でした。木の葉だらけになりながら部屋の中に飛び込み、フルートたちがいるのを見て、びっくり仰天した顔になります。

「勇者たちではないか! 何故ここにいるのだ!?」

「シオン隊長!!」

 とフルートたちもいっせいに言いました。木の葉の防壁を突破して現れたのは、エスタの近衛大隊長のユーリー・シオンだったのです。

 

「これは勇者たちのしわざか!? 通路が異様な状態になって殿下の部屋に行くことができない、と衛兵から知らせを受けて駆けつけたのだ! なにゆえ、このような真似をしたのだ!?」

 大隊長に責められてメールは口を尖らせました。

「しょうがないじゃないか。あんたがこっちに向かってたなんて知らなかったんだからさ」

「シオンのおっさんこそ無茶のしすぎだぞ。木の葉の中を無理にくぐったりして、窒息したらどうするつもりだったんだよ」

 とゼンも文句をつけます。相手はエスタ城の守備隊の最高司令官ですが、そんなことには全然頓着しようとしない二人です。あまりに無礼なので、皇太子の乳母は卒倒しそうになっています。

 フルートは大隊長に言いました。

「ちょうど良かったです。ぼくたちは皇太子と皇太子のお母さんをエスタ城から避難させるために来ました。皇太子のお母さんのいる場所を教えてください」

 シオン大隊長はまた目をむきました。

「ブリジット様を!? 何故――いや、それよりも、殿下たちをどこへお連れするつもりなのだ!?」

 そこでフルートは大隊長に耳打ちしました。今回の件にオグリューベン公爵が関わっていることは、まだ公にできなかったのです。

 大隊長はたちまち納得した顔になると、少し考えてから言いました。

「確かに、殿下はそちらにお移しした方が良さそうだな。この城では今、敵の妨害によって魔法使いたちが力を失っているし、都は裏切り者のジャーガの兵に囲まれている。この城の中では殿下の身の安全が充分確保できそうにないのだ」

「わかってます。だからぼくたちが来たんです」

 とフルートが言う横から、短気なメールが口を挟んできました。

「さあ、そのブリジットって人のところに案内しとくれよ! こっちは明るくなる前に皇太子を連れてここを出なくちゃいけないんだからさ」

 言いながら、さっと手を振ると、木の葉が音をたてて部屋に流れ込んできました。部屋を出るために、通路をふさいでいた木の葉をどかしたのです。

 すると、通路から大勢の声や悲鳴があがりました。見ると、部屋に向かって通路を流れる木の葉の中で、幾人もの衛兵が倒れてもがいています。彼らもシオン大隊長のように木の葉の壁を突破しようとしていたのです。

「ったく。みんな揃って無茶しやがるぜ」

 とゼンがあきれます。

 

 フルートはポポロに言いました。

「ぼくたちは皇太子のお母さんを連れてくる。君は乳母さんと一緒に皇太子に旅支度をさせてくれ。寒くない格好を頼む」

「殿下をどこへお連れしようというのです!?」

 と乳母は顔色を変えましたが、大隊長が取りなしました。

「心配ない。彼らはあの金の石の勇者だ。殿下を必ず安全な場所にお連れしてくれる」

「私はどこかに行くのか? どこに? 乳母は――?」

 状況が呑み込めてきたのか、皇太子は急に不安そうになってきました。今にも泣き出しそうに顔を歪めます。

 フルートは急いで言いました。

「もちろん、殿下の乳母も一緒に行きますよ。ポポロ、二人の準備の手伝いを頼む」

「わかったわ」

「ワン、ぼくも一緒に残って手伝いますよ。さあ、殿下、泣いたりしないで準備をしましょう」

 とポチが頭で皇太子を押して励ましました。乳母は皇太子の衣装室に飛び込み、ポポロがそれを追いかけます。

「さあ、ぼくたちは皇太子のお母さんのほうを」

 とフルートは言うと、シオン大隊長やゼンやメールやルルと一緒に通路へ出ていきました――。

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