オリバンがフルートたちの部屋で腹を立てていた頃、ロムド城からエスタ国へ向かう夜空を、二匹の風の犬が飛んでいました。月のない夜でしたが、よく晴れていて星が明るかったので、ユラサイの竜のような白い体がはっきり見えていました。背中に乗っているのはもちろん金の石の勇者の一行です。
「オリバンたちは今頃かんかんよ。ちょっとかわいそうなことをしちゃったわね」
とルルが言ったので、背中のメールが言い返しました。
「しょうがないじゃん。あたいたちが城を留守にするには、フルートの代理が必要なんだからさ。それに、あのまま城にいたら、あたいは頭が変になっちゃったよ」
すると、フルートもポチの上から言いました。
「今回のエスタ王誘拐が陽動で、セイロスが西から攻めてくる可能性もあったから、オリバンには西へ出動するように頼んでいたんだけど、その可能性が低いことがわかったからな。それなら、オリバンには総指揮官としてロムド城にいてもらったほうがいいんだ」
「ワン、セイロスはエスタ国の領主たちを味方にしようとしているようですからね。確かに、西から攻めてくるって可能性はかなり低いですね」
とポチが言うと、ポポロもフルートの後ろから言いました。
「でも、セイロスがそうするためには、皇太子が邪魔になるのよね。皇太子は次のエスタ王なんですもの……」
フルートはうなずきました。
「セイロスがエスタ王をさらったときに、どうして皇太子をそのままにしていったのか、その理由はわからない。でも、とにかく皇太子はまだ無事でいるし、いつセイロスに命を狙われるかわからないんだ。だから、皇太子の親戚のオグリューベン公爵に協力してもらって、皇太子を守る。そうすれば、国王派の領主たちがセイロスに寝返ることが防げるし、エスタ王救出にも力を貸してもらえるはずなんだ」
そのために彼らはエスタ国に向かっていたのです。
すると、腕組みして考えていたゼンが急に声を上げました。
「だめだ、やっぱりわかんねぇぞ!」
「あら、やっぱりゼンには難しい話だったの?」
「やだなぁ、ゼンったら。こんな簡単なこともわかんないのかい?」
ルルやメールに馬鹿にされて、ゼンはじろりとにらみ返しました。
「そうじゃねえ。今くらいの話なら、俺にだってちゃんと理解できらぁ。そうじゃなくて、セイロスがどうしてこんなに面倒なやり方をするのかわかんねぇ、って言ってんだよ。飛竜で攻めてきたいんなら、前と同じようにまっすぐ飛んでくりゃいいじゃねえか。なんでエスタ王を誘拐したり、領主どもを味方につけたりしようとするんだよ? 面倒だろうが」
「ワン、飛竜の中継地点がほしいからじゃないですか? いくら飛行距離が伸びたからって、全然休まずに飛ぶことはできないんだから。エスタの領主たちを仲間にして、飛竜の中継基地を作りたいんじゃないかなぁ」
とポチが言いましたが、ゼンは納得しませんでした。
「そんなら力尽くで途中の町や村を征服すりゃいいはずだ。飛竜を使えば簡単だぞ」
ゼンらしい単純なもの言いでしたが、それだけに真理を突いていました。そう言われれば、と仲間たちは顔を見合わせます。
「ロムドは飛竜に用心しているけれど、エスタではそこまで警戒はしてないはずよね。セイロスがその気になれば、攻撃して征服するのは可能だわ。不思議よね」
「領主を味方につけるのに余計な時間もかかるもし、確かにまどろっこしいやり方か。――どうしてなのさ、フルート?」
ルルやメールに言われて、フルートはちょっと考え込みました。
「ぼくはセイロスじゃないから、正確なところはわからない。でも、何度攻めてもロムドの守りは堅いし、同盟の国々も必ず助けに来るから、同盟の分裂をはかることにしたんじゃないかな。エスタの領主たちを敵対させて、ロムドが攻められても助けに駆けつけられないようにしたいんだろう。エスタはロムドにとって一番強力な味方だからな」
「でも、そんな計画、ばればれになってるじゃん。あたいたちがこうして分裂を防ぎに向かってるんだからさ」
とメールがあきれると、フルートは首を振りました。
「思い出せよ。ぼくたちがこんなに早くエスタの異常事態を知ることができたのは、ピランさんが矢に乗ってディーラまで飛んできたおかげなんだぞ。そうでなかったら、エスタ王が誘拐されたことなんて、何週間も先にならないとわからなかったんだ。それから動き出したって、その間に大勢の領主がセイロスについてしまっていたはずだ」
あぁ、と仲間たちはいっせいに言いました。確かにその通りだったのです。
ゼンが腕組みしたまま言いました。
「ピランじっちゃんも言ってたが、あの矢がエスタ城からディーラまで届くなんてのは、絶対にありえねえ。それがどうして届いたのか不思議なんだよな」
「ワン、超越した力の手助けがあったはずだってことですか? でも、それってなんだろう?」
とポチも首をかしげます。
すると、ポポロが突然手を打って身を乗り出しました。
「ねえ、覚えてる、フルート!? オリバンの部屋で話し合いをする少し前に、天空の国が東のほうへ飛んでいくのが見えたわよね!? あれってきっとエスタに向かっていたのよ! だから――」
「じゃあ、天空の国の誰かが、魔法でピランさんの乗った矢をディーラまで飛行させてくれたのか!」
とフルートが言ったので、仲間たちはいっせいにある人物を想像しました。短い銀髪に黒縁眼鏡の、少し取りすました顔をした少年です。
けれども、フルートは考えながら話し続けました。
「レオンかもしれないし、天空王の命令を受けた他の貴族の誰かかもしれない……。とにかく、天空の国の手助けでピランさんが飛んできたのは確かだろう。そのおかげで、ぼくたちはこうしてセイロスの企みを防ぎに行くことができるんだ」
そう話すフルートの脳裏には、ポポロの両親の顔が浮かんでいました。
「君に話して聞かせたいことがあるんだ。ポポロやルルやゼンたちを連れて会いに来てくれ」
そんなポポロの父親の声も耳の底によみがえります。
フルートたちはまだ彼らに会いに行くことができません。それでも、どこかで二人が自分たちを見守り、そっと力を貸してくれているような気がしてなりませんでした。
降るような星空の中、彼らはエスタ国へと飛び続けました──。