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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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第3章 派閥

8.トーラ

 「ねぇったらさぁ! あたいたち、本当にこのまま待ちぼうけなのかい!?」

 ロムド城のフルートとゼンとポチの部屋で、メールはまだ文句を言い続けていました。

「しかたないじゃない。今はまだ私たちが動くときじゃないってロムド王が言うんだもの」

 とルルがなだめますが、メールは聞き入れません。

「いくらロムド王に言われたからって、必ず言う通りにしなくちゃいけないなんて限らないだろ! フルートは同盟軍の総司令官だよ! 言ってみりゃ、ロムド王より偉い立場なんだからさ!」

 けれども、フルートは何も言いませんでした。長椅子に座ったまま、じっと何かを考え続けています。

 メールが腹を立ててますます騒ぎそうになったので、ゼンは顔をしかめました。

「ったく、本当に待つのが嫌いな奴だな。待てねえ猟師にゃ獲物がねえんだぞ」

「あたいは猟師なんかじゃないよ! あたいは海の戦士さ! 戦士がすることもなくてただ待ってるなんて、ありえないんだよ!」

「ワン、だからって、タイミングも考えずに飛び出していったら、たちまちやられてしまいますよ」

 とポチも言ったので、とうとうメールは爆発して、ポチやゼンと口喧嘩を始めました。

 ルルはそんな彼らをあきれて眺め、ポポロはおろおろと立ちつくします。

 

 すると、フルートがいきなり長椅子から立ち上がりました。

「よし、決めた! 聞きに行こう!」

 仲間たちは喧嘩をやめてフルートを振り向きましたが、フルートが足早に部屋を出て行ったので、あわてて後を追いかけました。

「聞きに行く? 何をさ?」

「どこに行こうとしてるの?」

「トーラさんのところだよ。さっきの陛下たちの話から察するに、エスタ国では領主たちの動向が戦闘の鍵を握っているようだ。ロムドとは状況が違うようだから、詳しい話を聞いてみたいんだ」

 トーラはエスタからロムドに派遣されている魔法使いでした。双子の弟のケーラはエスタ城に残っていて、双子間の心話でロムド城とエスタ城の連絡係を務めています。

 トーラの部屋の前でフルートが扉をたたくと、中から若い男の声が答えました。

「どうぞ……」

 なんだか沈んだような声です。

 部屋に入って行くと、黒い長衣に短い金髪の青年がベッドに座り、両手を握り合わせて背中を丸めていました。フルートたちが入ってきても顔を上げようとしません。

 一行はは思わず足を止めました。

「すみません。お仕事中でしたか?」

 とフルートが尋ねます。トーラがケーラと連絡を取り合っているのかと思ったのです。

 ところがトーラは頭を振りました。

「いいえ、大丈夫です。弟とは話したくても話すことができませんから……」

 やはり暗い声です。

 フルートはあわててトーラに駆け寄りました。

「ケーラさんがどうかされたんですか!? エスタ城がセイロスに襲撃されたことは聞いています。まさか怪我をしたとか!?」

 トーラは驚いたように顔を上げました。とまどいながら答えます。

「いいえ、そんなことはないと思いますが……。昨日から急にケーラと連絡が取れなくなったので心配していたのですが、つい先ほどエスタ城がセイロスに襲撃されて王が誘拐されたという話を聞かされました。エスタ城の魔法使いは全員が魔法を使えなくなったそうで、弟も私と連絡する能力を失ってしまったようです。いずれ回復するかもしれませんが、当分は魔法使いとしての役には立たないでしょう。城がそんな状況だというのに、私はここにいて、何もできずにただ座っています。その状況が情けなくて……」

 青年がまたうなだれてしまったので、勇者の仲間たちは困って顔を見合わせました。トーラの気持ちはよくわかりましたが、彼らにもどうすることもできません。

 

 けれども、フルートだけは言い続けました。

「ケーラさんたちは本当にご無事なんですね? ぼくたちはロムド王からまだここにいるように、と引き留められました。でも、もしもエスタ城で怪我人が発生しているのなら、今すぐ飛んでいって金の石で治してきます」

 真剣に話すフルートに、トーラはまた顔を上げました。まじまじと勇者の少年を見つめて言います。

「大丈夫だろうと思います。弟が生きていることだけは、離れていても感じられるのです。おそらく他の魔法使いも無事でいるだろうと思います。でも、驚きました――」

 驚いた? とフルートが聞き返すと、トーラはすぐに謝りました。

「申しわけありません。世界を救う勇者で同盟軍の総司令官でもある方に、失礼なことを申し上げました。ただ、そんな偉い方が私や弟のことまで心配してくださるのが、不思議に思えまして。私は単なる食客ですのに」

「食客ってなんだ?」

 ことばの意味がわからなくてゼンが尋ねると、ポチが答えました。

「ワン、他人の家で食べさせてもらっている人のこと、要するに居候(いそうろう)のことですよ」

 なぁんだ、とメールは言いました。

「フルートが誰かのことを心配するのなんて当たり前だよ。別に不思議でもなんでもないさ」

「そうね。敵や闇の怪物まで心配して助けようとするくらいなんだもの」

 とルルも言います。

 トーラは目を丸くすると、フルートがまだ心配そうに彼を見ていることに気づいて苦笑しました。

「ご心配をおかけしてすみません、勇者殿。もう大丈夫です――。それで? 何か私にご用でしょうか?」

「エスタ国のことについて話を聞かせてもらいたかったんです。エスタ王の誘拐にジャーガ伯爵という人物が関わっているようです。ジャーガ伯爵はエラード公に肩入れしていたというし、エスタ国では領主たちがいくつもの勢力に分かれて対立しているとも聞いています。ジャーガ伯爵と同じような考えの領主は、セイロスに味方するかもしれません。だから、そのあたりのことを詳しく教えてもらいたいんです」

 話すうちに、フルートの優しげな顔は大人のような表情に変わっていました。状況を分析して敵味方の動きを予測しようとする、同盟軍の総司令官としての顔です。

 見る間に雰囲気を変えた少年をトーラはまた驚いたように見つめ、すぐにうやうやしく頭を下げました。

「そういうことであれば、喜んで話をさせていただきましょう、総司令官殿。まず何からお聞きになりたいのでしょうか?」

「まずは、エスタ国の中の勢力関係から。それと、ぼくのことはフルートでいいです、トーラさん」

「そうはまいりません。総司令官殿こそ、私には敬称などつけずに、ただトーラとお呼びください」

 エスタ国の魔法使いは律儀にそう言うと、考えをまとめるように少し黙ってから、おもむろに口を開きました。

 

「最初にお断りしておかなくてはいけないのですが、私もエスタ国内の領主の動向や力関係については、それほど詳しくないのです。私と弟のケーラは地方の小さな都市の生まれで、魔法の力を認められて国王陛下に召喚されたので、政治的な人間関係とは無縁だったのです。これからお話しすることは、エスタ城の中で一般的に言われていることであって、実体とは違っているのかもしれません。そこのところだけはお含みおきください──」

 トーラの話はそんな前置きから始まりました。

「世界の国々にはそれぞれ特徴があるものですが、エスタ国にも独特の雰囲気があって、それはこのロムドとはだいぶ違っております。一番の違いは、身分によって決められた厳格な階級制度です。もちろんロムドにも階級はあって貴族も平民もいますが、エスタとは比べものにならないくらい自由に見えます。エスタでは子どもは生まれたときからもう職業を決められています。男ならば親の仕事を継ぐし、女ならば結婚して妻となり母となるのです。だから、領主の座も代々子どもに受け継がれていきます。エスタは古い国なので、それがもう何百年も続いているのです」

「ワン、エスタの身分制度の厳しさは有名ですよね。上下関係もはっきりしてるし」

 とポチが言うと、トーラはうなずきました。

「相手がどんなに自分より若くても、身分が上であれば下の者は敬意を払わなくてはいけません。上の者の命令は下の者には絶対です。だから、エスタ国内には身分の高い領主を頂点にしたグループがいくつも存在します。グループは星の数ほどもありますが、その中でも特に力の強い勢力は五つです」

「それは?」

 とフルートは尋ねました。他の仲間たちもトーラの話に耳を傾けていますが、ゼンは五つと聞いてちょっと不安そうな顔になっていました。そんなにたくさんのグループを覚えられるだろうか、と考えていたのです。

 トーラは何かを探して部屋の中を見回し、テーブルの燭台に目をとめるとフルートたちを招きました。

「ちょうど良いので、これで説明をいたしましょう。この五本の蝋燭を五つの勢力とお考えください」

 燭台の上で手を振ると、長さの違う五本の蝋燭にいっせいに灯がともりました──。

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