「エスタ王が誘拐された!?」
と一同は仰天しました。
「いったいいつ!?」
「犯人は誰です!?」
「どこにさらわれたのさ!?」
「親衛隊はどうしたのですか!?」
いっせいに質問されたノームの老人は、まだ自分をぶら下げていたゼンに合図をして床に降りました。難しい顔で答えます。
「わしはどのくらい空を飛んでいたのか覚えとらん。だから、あれからどのくらい時間がたったのか、よくわからんのだが、それほど前のことじゃないはずだ。無論、親衛隊はすぐ近くで王を守っていたし、城だって大勢の兵士に守られていた。このロムドほどじゃないが、魔法使いだってたくさんいる。守りは万全のはずだったんだが、犯人はいつの間にか城に侵入して、王をさらっていった。王の部屋に残されていたのは、王がいつも手にしていた真実の錫(しゃく)と、無残に殺された親衛隊たちの死体だけだ」
全員は顔色を変えました。
「シオン大隊長は!? ご無事ですか!?」
とフルートは尋ねました。エスタ城や都を警護をする親衛隊の最高司令官で、フルートたちとも縁がある人物です。
「大隊長はたまたま城下に見回りに出ていたから無事だった。だが、王が誘拐されたので半狂乱になっとる。なにしろ、誘拐現場を見たものが誰も生きていないから、犯人がわからんのだ」
「占者たちにもわからなかったのですか?」
「魔法使いたちにも何もできなかったと?」
とユギルと白の魔法使いが口々に尋ねました。占者も魔法使いも、城に侵入者があれば、いち早く気づくことができるはずなのです。
ピランは小さな両手を広げて見せました。
「占者たちの占いの道具がいっせいに使いものにならなくなったんだ。魔法使いたちは突然全員が昏倒した。何事かと皆が驚いて王に知らせようとしたら、国王がさらわれていたというわけだ」
ポポロとルルは顔を見合わせました。
「魔法のしわざだわ……」
「城を守る魔法使いはかなり強力なんでしょう? それがいっせいに昏倒したってことは、ものすごく強力な魔法の使い手が侵入したってことよね」
「すると、やはりセイロスのしわざか。よりによって、エスタ国王をさらっていくとは――」
予想外の事態にロムド王はうめきました。エスタは軍事力が充実した大国です。セイロスがロムドを攻めるためにエスタをかすめることはあっても、まさかエスタ城に乗り込んで王を人質にしていくとは思ってもいなかったのです。すぐさまリーンズ宰相やワルラ将軍や白の魔法使いと話し合いを始めます。
一方、ユギルはピランに質問を続けていました。
「エスタ城にはシナ殿がいらっしゃるはずです。シナ殿は占いに道具はお使いにならない。それなのに何もお気づきにならなかったのですか?」
ノームは首を振りました。
「シナはしばらく前から具合が悪くて伏せっとったんだ。いや、医者が言うには、シナの体はどこも悪くないんだが、どうやらユラサイにいる双子の姉のほうが具合が悪くて、それがシナに伝わっているらしいんだな。おかげで、最近は占いどころじゃなかったんだ」
シナというのはユラサイ生まれの女占者で、その双子の姉というのは竜仙境にいる占神のことです。占神の具合が悪いらしいと知って、フルートたちは顔色を変えました。これもセイロスのしわざだろうか、と思わず考えてしまいます。
「んで? じっちゃんがいしゆみで飛んできたのはどうしてなんだよ? いくら急いでいたからって危ねえだろうが」
とゼンが尋ねました。世界最強のいしゆみといっても、飛ばすのはあくまでも矢であって、人を飛ばすための道具ではないはずでした。しかも、まだ未完成だったのですからなおさらです。
ピランは急にまた不機嫌になってきました。灰色のひげの中で口をへの字に曲げて言います。
「しかたあるまい。王がさらわれて大騒ぎになっているところに、ジャーガ伯爵が押しかけてきて都を包囲したんだからな。おかげで都から出られなくなったんで、わしはやむなく未完成の大いしゆみで脱出することにしたんだ。弟子たちにわしを矢に縛りつけさせてな」
わしを縛ったあの鎖も自分の発明品だから非常に丈夫で……とピランがまた自慢を始めそうになったので、フルートはあわててさえぎりました。ノームの話には聞き捨てならないことが含まれていたからです。
「ジャーガ伯爵という人は、エスタ王が誘拐された直後にやってきたんですか? すぐに?」
「そうだ。近々戦争が起きると聞いてはせ参じた、王に面会したい、と言ってやって来たんだが、まるで王が誘拐されたことを知っているようなタイミングだったぞ。王は急病のため面会できないと断られると、王が元気になるまで自分が都を守る、と言って軍隊で都を包囲してしまったんだ」
すると、それを耳にしたロムド王が、また話に加わってきました。
「ジャーガ伯爵という人物の動き、看過できぬ感じだな。どのような人物だ」
近隣諸国の情勢にも詳しいリーンズ宰相がそれに答えました。
「以前、エスタ王の弟のエラード公が王位簒奪(さんだつ)を企てた際に、エラード公に肩入れをしたために処罰された領主です。領地替えさせられて、東の辺境に追いやられたと聞いております。そんな場所から軍隊を率いて都まで来ていたこと自体、できすぎに思えます」
「ということは?」
とフルートたちに聞かれて、ロムド王は難しい顔になりました。
「ジャーガ伯爵はセイロスと手を組んだようだな。セイロスは一気にロムドを攻めずに、まずエスタ国に足がかりを作ろうとしているのだろう。そのためにエスタ王を誘拐したのだ」
「ジャーガ伯爵がカルティーナの都を包囲したのは何故ですか?」
とフルートはまた尋ねました。王を誘拐したのなら、都にはもう用がないように思えます。
「エスタ城は王が誘拐されたことを内密にしている。それを明らかにして、国内の動揺を誘おうとしているのだ。エスタ王の求心力が弱まったところで、エスタ国内の反対勢力を味方につけようとしているのだろう」
「でも、セイロスと手を組むだなんて、馬鹿もいいとこじゃないか! 相手は闇の竜だってのにさ!」
とメールが憤慨すると、ワルラ将軍が苦々しく言いました。
「セイロスの外見は人間そのものですからな。しかも、かつて王族だっただけに、人を従わせる力が半端ではない。以前からエスタの体制に不満だった者ならば、だまされて手を組もうとしもおかしくはないでしょう」
それを聞いてゼンも舌打ちをしました。人間って奴はまったく……という表情をしています。
「これからどうなるの? エスタ王はちゃんと生きているわけ?」
とルルが言いました。縁起でもない話ですが、すでにセイロスに殺されている可能性もあるのですから、考えないわけにはいきません。
ロムド王が言いました。
「万が一の事態がないとは言えんが、無事である可能性のほうが高いだろうな。エスタは諸領主の力が非常に強い国だ。エスタ王を処刑してしまえば、国王派の領主たちが結束して対抗するようになる。セイロスもジャーガ伯爵も、それは避けたいはずだ」
とたんにフルートが窓へ歩き出したので、リーンズ宰相があわてて引き留めました。
「お待ちください、勇者殿! どちらへ行かれるおつもりですか!?」
「もちろんエスタです。ジャーガ伯爵を問い詰めて、エスタ王を助け出してきます」
フルートの返事に、宰相は激しく頭を振りました。
「とんでもございません! 勇者殿たちに万一のことがあったら大変です! これは勇者殿たちを誘い出す罠かもしれないのですよ!」
すると、ロムド王も重々しく言いました。
「今の段階で勇者の一行が救援に向かうのは得策ではない。ジャーガ伯爵がエスタ王を誘拐したという証拠はないのだからな。金の石の勇者は同盟の旗印だ。エスタ王が見つからなければ、伯爵は『同盟からあらぬ嫌疑をかけられた』と言って騒ぎ出すだろう。普段から同盟に反感を持っている領主たちが賛同して、エスタ国内で分断が起きるかもしれん。敵の思うつぼだ」
「でも、このままではエスタ王が――!」
とフルートが食い下がると、ユギルが口を挟んできました。
「わたくしがエスタ王の居場所を占ってみます。他国での出来事は、ロムド国内のことを占うほど正確には読み取れないのですが、なんとかエスタ王が囚われている場所を探し出しましょう。どうかそれまでお待ちください」
すると、ワルラ将軍も言いました。
「わしの部隊にカルティーナへの出動をご命じください、勇者殿――いや、総司令官殿。名目は、セイロスの襲撃に備えて東の守りを固めるため、とすればよろしい。わしは軍を率いてエスタに入り、カルティーナをジャーガ伯爵の軍から解放します。うまく伯爵を捕らえることができれば、エスタ王の居場所やセイロスとのつながりも明白になるでしょう」
フルートは唇をかみました。エスタ国までは風の犬に乗ればほんの数時間の距離です。フルートたちが行けばカルティーナの都はたちまち解放できるし、エスタ王を見つけて助け出すことも難しくない気がします。けれども、そうすると、別の面倒な状況が引き起こされてしまうのです。ひょっとすると、それこそがセイロスの狙いなのかもしれません──。
フルートは拳を堅く握ると、絞り出すような声で答えました。
「わかりました……今はユギルさんとワルラ将軍にお任せします」
ったく! とゼンも舌打ちしましたが、どうしようもありませんでした。
「では、わしは出動の準備にかかります」
と老将軍はフルートとロムド王へ敬礼をすると、大股で塔の最上階から出ていきました。
ユギルは占いを始めるために自分の部屋に戻り、白の魔法使いも仲間たちと心話で打合せを始めます。
リーンズ宰相がピランにかがみ込みました。
「エスタ国王陛下や都のことはご心配でしょうが、今は少しお休みください。すぐにお部屋を準備させますので。矢と一緒に空を飛ぶような大変なご経験をされたのですから、後ほど医者もお部屋に向かわせます」
ところが、ノームの鍛冶屋は頭を振りました。
「いいや、そんなものはいらんいらん! それより、わしにロムド城の鍛冶場を貸してくれ! セイロスは必ず飛竜で押し寄せてくるぞ! わしの大いしゆみを、このロムド城に作ってやる!」
「大いしゆみは飛竜用の武器でしたか!」
とロムド王は身を乗り出しました。宰相も交えて、さっそく大いしゆみの性能や必要な材料についての話し合いが始まります。
フルートたち勇者の一行は顔を見合わせてしまいました。みんなそれぞれに役目を持って行動を始めているのに、彼らには当面するべきことがありません。
「ねぇさぁ、あたいたちまた城で待ちぼうけさせられるんじゃないだろうねぇ?」
不安そうに、不満そうに、仲間たちの気持ちを代弁したメールでした――。